占い「おや、あれはなんだろう?」
飛空艇の食堂で朝食を食べ終えたブラスカ御一行は、何やら人集りが出来ているのに気づいた。
キャアキャアと響く黄色い声に少女と呼べる様な年齢の仲間が多い事だけはかろうじて分かったが、三人には何をしているのかは想像もつかない。そこを丁度ティーダも通りがかったので、ジェクトが無遠慮に袖を引き問い掛ける。
「おいティーダ、なんのイベントだこりゃ?」
「オヤジ知らねぇの?ケット・シーが占ってくれんの!」
「占い…?」
輪の中心を覗き込めば、ちょうどユウナが占われているところだった。
「失くした指輪、彼氏さんの部屋にあるんとちゃいます?」
「あ!そう言えば、昨晩そこで外しました!」
すごーい、という少女たちの声が響く。しかし、今のブラスカにとって聞くべき箇所は占いの精度ではなかった。それはもちろん、娘の彼氏、という直接的な言葉と、それから指輪が発見された場所である。
ブラスカは何も言わないまま、ジッと目の前の少年を見つめた。
そうかも、などと納得したように呟いていたティーダはその視線に気付いた瞬間ぎくりと全身を震わせた。
そして仕切りに首を振りながら、ブラスカは何も言っていないのに早口で捲し立てた。
「そんなんじゃなくて、みんなでオレの部屋でトランプしたんスよ!ほんと、ほんとっス!」
「ふぅん?」
その言葉に偽りはないのだろう、ちょうど聞いていたらしいワッカも「そうなんすよ!」などとティーダを庇うように仰々しく頷いて見せている。
本当にこの子供たちは面白いと、ブラスカは思った。もちろん自身のガードであったジェクトとアーロンも面白いが、成熟した大人である彼らとは違う素直な可愛さがある、と思った。
「夜にみんなで集まってするトランプは楽しいからね」
そう言ってにっこり笑いかけてやれば、ティーダは引き攣った笑いを浮かべながら答えた。
「ほんと、超楽しかったな〜!あはは…ってかさ、おっさんたちも占って貰えば?」
早急に話題を変えたかったのだろう、なんの脈絡もなく実父と養父に向かってティーダは提案する。
「何を言ってるんだ、ティーダ。俺は占いたいことなんて特にないが…」
ティーダの考えなしの提案にアーロンが困ったように返事をした。しかし、ケット・シー
もこちらの会話に気付いたのか、ぴょこぴょこと近付いてきて言った。
「お二人の相性占いでもしましょか?」
お二人、と指さされたのはアーロンとそれからジェクトである。
「いい歳こいた男二人でなんの相性を占うというんだ…」
「おもしれーじゃん!頼むぜ!!」
「は!?」
「そうですわ、遠慮せずに!」
狼狽えているアーロンをよそに、ジェクトとケット・シーは乗り気だ。
「はは、せっかくの機会だから占って貰いなよアーロン」
かつて三人で旅をしていた時のように窘めれば、かつてと同じようにアーロンはブラスカには逆らうことができないようであった。
嫌そうな顔をしているが、フンと小さく答えただけで、勝手にしろという意思表示のつもりらしい。
「ほな、占いまっせ〜!!」
デブモーグリをケット・シーがゆさゆさと揺さぶると口から何かが印刷されているらしい丸めた紙が出てきた。
そこに書かれていたことを、独特の方言の猫型ぬいぐるみが勿体ぶったように読み上げる。
「えーっと、なになに…?お二人の相性は…」
不惑も程近い男の矜持として二人とも興味のないふりをしているがしっかり聞き耳を立てているのが面白い。ブラスカはつい笑ってしまいそうになるのを堪えながら、ケット・シーの次の言葉を待った。
「今がピークです」
その言葉を聞いた瞬間の二人の表情はちょっとした見ものであった。普段なら占いなんてものを信じなさそうな二人が、ハッとしたように表情を強ばらせている。
全く同じ反応の二人に、本当に仲良しなんだから、とブラスカは思ったが本人たちはきっと否定するに違いない。
固まったままの二人をよそに、占いは続いていく。
「しかし、未来は変えられます」
その言葉にあからさまにホッとした様子なのは、ジェクトであった。
アーロンはむしろ、さっきよりも困ったように眉を顰め、サングラスに隠した瞳を泳がせている。
おや、今度は両者違う反応だ、と思ったが何故アーロンが困ったような顔をしているのか分からなかった。
ジェクトはホッとした表情を浮かべたのも束の間、すぐにいつもの騒がしさを取り戻し大人気なく占いの結果に文句をつけている。
「おい、今がピークってのは、どういう事だよ!」
「そないなことボクに言われても…それに未来は変えられるともあるさかい、今後仲悪なることがそんなに怖いなら、未来を変える努力をせいっちゅうことですわ」
「はは、言ってくれるねぇ。その通りだよ、ジェクト」
「なんで俺ばっかり責めんの〜!」
デカい図体で地団駄を踏むように暴れられても困るので、ブラスカはぽんとその剥き出しの肩を叩き言った。
「君がアーロンを困らせてばかりだからだろう?それにまぁ、占いはお遊びのようなものだし」
「そうそう、ボクの占いはいい加減で有名なんですわ」
うんうん、とわざとらしいほどにこのぬいぐるみとロボットは目を閉じて同意するように何度も頷いた。
だが、何か引っかかる気がする、とブラスカは思った。さっきの失くしたユウナの指輪はピンポイントで場所を特定していたのだ。案外、この占いは当たるのではないだろうか。
ともすれば、二人の関係も自分の預かり知らぬところで、絶えず変化しているのかもしれない。そして、この世界が終わる頃には、余所余所しく、まるで他人のようになってしまうのだろうか?
そこまで考えてブラスカは少し寂しい気持ちになったが、三人であの旅の続きの気分を味わえてるとはいえ、そもそも自分達は個々の独立した大人の男なのである。どういう風に関係が変わろうが、本人たちが納得しているのなら、他人が口を挟むべきことでもないだろう。
それに指輪の件は、昨晩ティーダの部屋に中のいい仲間たちが集まっていたことを知っていた可能性だったあるのだ。
だから、気にする必要などない。そう理屈でわかっていても、何処かブラスカは付き合いの長い、かつては10歳も年下で可愛がってきた男の、占いへの反応が気になって仕方がなかった。
「アーロン、おめぇも俺様と末長く仲良くするための努力をしろってんだ」
駄々っ子のようにジェクトが言いながら、アーロンの肩に腕を絡み付ける。アーロンは鬱陶しそうにそれを振り払いながら、飛空艇の廊下へと歩き出した。
「残念だが、変えるも何も…。俺たちに未来なんてないさ」
そう断言するアーロンの表情は、本当は存在するであろう未来のことを考えているのではないか、と根拠などなかったが漠然とブラスカは思う。
だが、未来について考えるには、あまりにも諦めたような、切ないような、そんな瞳をしていたような気がした。