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    ironago_twst

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    文庫メーカーで画像化してツイッターにあげたものの倉庫にしようかな

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    ironago_twst

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    2022年12月新刊進捗
    WEB企画に参加させてもらう予定で書いてたので旅するレオラギです(間に合わなかった)
    そのまま本にするか、頑張れたらR18をつけて本にします。
    お耳ない時のえっち書きたいという気持ちだけはあります

    #レオラギ

     海を思わせるほどの大きな川にはたくさんの船が行きかっている。貨物を運ぶ船、魚とりをする小型船、そして観光客を乗せたクルーズ船。
     海ではなく、川を走るために作られたクルーズ船は、横に長い二階建てで、中はホテルのようにレストランやラウンジ、ベッドと簡単なデスクとチェアが備え付けられた、客室がずらりと並んでいる。どの部屋も川に面したバルコニーがつき、そこからは雄大な川の流れと岸に広がる街並みや自然を楽しめるようになっている。
     青々とした常緑樹が生い茂る山、レンガつくりの建物、夕焼けの草原にはない景色だ。天を突くような円錐の屋根の巨大な建築物は、それなりに楽しく過ごしたあの校舎を思い出す。
     あの頃から、何年も経った。まるで川を流れる落ち葉のように、いつの間にか消えていったものも数えきれないほどあるが、目の前のハイエナは変わらずそばにいる。
     それに安堵という充足と、今後も離すものかという飢えを同時に感じるから不思議なものだ。
     風が揺らすビスケット色の髪の毛には、いつもの大きな耳はない。自分にも。魔法で耳と尻尾を隠し、身分を偽ってラギー以外の供をつけずに旅をする、それはラギーが役人として下積みを経て側近になってからの恒例の行事となった。
     ラギーの生まれた日に、プレゼントと一緒に飛行機のチケットを渡す。その行き先を見て旅行の計画を立ててレオナを案内するのがラギーからレオナへの誕生日プレゼントだ。
     学生時代のバイトに始まり、王宮勤めの役人として今に至るまで仕事で各国を行き来したラギーのプレゼンする旅は、公式の訪問とは違うその国の景色を見せる。
     今回ラギーが提案したのは船の旅だ。レオナが指定した国には、とある大きな川の源流がある。その川は人が勝手に引いた国の境を気にすることなく通り抜け海へと進んでいく。それを利用していくつかの国に立ち寄りながら船の旅ができるというわけだ。
     昨日からこの船旅は始まっている。耳も牙もなくした二人は、昨夜は客室に備え付けられた上等なキングサイズのベッドで随分と穏やかに抱き合った。年に一度くらいこんな時があってもいいだろう。
     バルコニーで風に吹かれながら紅茶を啜る。目の前ではラギーが朝食を片付けたテーブルに行程表の書かれたプリントとガイドブックを広げ、今回の旅の計画を話していた。
     そうしているうちに、船首の方から他の乗客たちの歓声があがる。バルコニーから身を乗り出して前をみると、今まで山々の隙間から歴史ある建物が覗いていた景色はがらりと変わり、大きく開かれた港が見えていた。そこから山に沿って美しい街並みが上へと続いている。そろそろ一つ目の滞在先に着くらしい。効きが悪くなった鼻でも風の匂いに異国の香りを感じるような気がした。
     
     このツアーにコンダクターはいない。港に降りたら基本的に自由行動だ。各々自由に過ごせるはずだが、タラップを降りた乗客たちはそれぞれ物珍しそうに周りを見回しながらも一様に街中へと続く道を歩いて行った。
     
     レオナとラギーはそれに従わず、港の一角にある店でジェラートを二つ買う。塩気のあるミルク味が口の中をさっぱりとさせた。
    「うまっ」
     横でラギーはスプーンを口に含み目を輝かせている。旨いものを口に入れたときの顔は何年たっても変わらない。きっといつもの大きな耳があれば、嬉しそうにぴんと立っていただろう。
     レオナは、今は耳のないその頭に手を伸ばした。ぐしゃぐしゃと撫でてやると、くすぐったそうに笑う。いい年をした自分をこうやって撫でるのが照れくさくて面白いのだそうだ。レオナがラギーの上で果てる時、ラギーもレオナの髪をゆるりと撫でているくせに。
     
     一通り港を探索した二人は、ラギーが以前仕事でこの港町に滞在していた時に見つけたという定食屋へ昼食を取りに行くことになった。街の中心地へと歩いていくうちに、丘の上に立つ美しい城が見えてくる。その城から丘の麓まで、多くの人間が列を作っていた。並んでいる面々は歩きやすそうなカジュアルな服装を選んでいて、観光客であることがわかる。
     この城は現在王族が住むものではないが、この国の重要文化財として開放されている。塀には王家の紋章を中心に繊細な模様が彫られており、この国でかつて取れていた特殊な鉱物から作られた塗料が塗られているせいで、その模様は雨風に晒されても何百年も美しいまま維持されるという。
     先日訪問した際に通された現在この国の首長が住む建物も、形こそもう少し現代に近いものだが同じように美しい模様が壁面に張り巡らされていた。
    「こんなに並ぶのか」
    「そりゃ、あんたは王宮見慣れてるかもしれないッスけど、庶民からしたら憧れってもんッスよ。まぁキレイなもんが見たいって感じで本当に王様になりたいなんて思うやつ庶民でもそんないないと思いますけど。庶民の家はあんなにでかくないし、凝った模様なんて彫られてないですからね」
    「お前だって見慣れてるだろ」
    「いやいや、オレなんかいまだに毎日ビビッて震えてるんスから」
    「よく言う」
    「せっかくだから、城をバックに写真でも撮りますか」
     ラギーのインカメラに映る背景は、人の列を撮っているのか城を撮っているのかわからない。ラギーは気にせず自分たちの顔にピントが合ったことを確認すると、シャッターを切った。随分投げやりな自撮りだが、写っている自分たちの顔は悪くない。
     
     その定食屋は港から届く鮮魚を使った料理が美味いらしい。自分の好物からは少し外れるがラギーが自分に勧めるなら間違いないのだろう。出会って最初の何年かでもう誰よりもレオナの味の好みを把握しているのだから。
     近代的に整備され、観光客で賑わう大通りから折れ曲がり、一本裏へ入ると大通りのビルや煌びやかな店舗に隠れる様に小さく素朴な店舗が連なっていた。看板や外装は古びていて大通りと年代の差を感じる。それでも道は狭くはなく太陽が十分に差し込み、清潔さを感じられ、この街の治安の良さがわかった。
    「この通りは昔からこの辺りに住んでる人たちの店舗が多くて、ここを知るにはちょうどいいんス。飯もどこ選んでもだいたいハズレないし」
    「それで? ハズレのない中から選んだ店はどれだ?」
    「シシ、腹減ってきました? 次のブロックだからもうちょっとッス」
     引っ張る様に手を取られたので、指を絡める様に握り返す。自分より体温が少し低いのが心地よかった。
     
     ラギーおすすめの定食屋は、リーズナブル、よりは少し高い値段らしい。自分がいるからだろう。ほかの店の看板より少し高めに価格設定されているが、しっかりした店構えで広さもありそうだ。奥にはバーカウンターがあり、色とりどりのボトルが並べられている。
     開放されているドアから中に入ると、グレーの髪を流すようにセットした店主らしき男性が振り向いた。
    「いらっしゃい……」
     店主はラギーを見るとすこし目を見張ったように思う。
    「二名で」
    「はい。こちらへ」
     ラギーが先に人数を伝えると、店主は何事もなかったように席へと案内した。いくつかメニューの説明をして、去っていく。その姿を見ていると顎に手を当てて、左上のほうを見上げているようだった。
    「お前のこと知ってる風だったな」
     レオナが小声で問いかけると、ラギーはレオナに顔を寄せて返事をする。いつもとラギーの顔の角度が違うことで、今自分は人の耳がついていることを思い出した。
    「耳なかったから気が付かなかったんでしょ。夜には何度か来たけど昼には来てなかったし」
    「ここは五年前の時に使ったのか?」
    「そうそう。ちゃんとお仕事してるんスよ」
    「それは知ってる」
     まだラギーがレオナの公式の側近になる前に、レオナ直下の役人としてありとあらゆる国に派遣したことがある。ラギーがこの国に来たのはレオナの知りうる限り五年前と、側近になってから随行させた二年前だ。
     レオナは、夜のバーで店主と酒を飲みながら親しげに話すラギーを思い描いた。
     あのいくつも並ぶボトルから、ラギーが選ぶ酒はきっとあの緑色のボトルだろう。日常からよく選んでいるのを見ている。もしかしたら常連客とも顔見知りになっていたかもしれない。その場合、常連客にあわせて別の物を飲むこともあるだろう。
     あの頃はとにかく人から話を聞くのが仕事のひとつだったはずだ。愛嬌のある瞳に自分以外を映し、誰かに話しかける姿は仕事とはいえ、想像すると面白くはなかった。だが、それがラギーの魅力の一つなのも理解している。
    「夜にね、飯が結構おいしくて、昼のメニューも貼ってあったんですけどランチには経費といえどもちょっとね。ということで昼ははじめて。レオナさんと来たかったんですよね」
     にかりと笑うラギーに、頭にかかりかけた靄がすっと消えていった。自分の知らないラギーが過ごした日を知り、そして自分がいなくてもどこにでも行けるラギーが自分を選ぶことを感じることができる。
     旅の案内をさせるプレゼントを始めたとき、ラギーはそんなものでいいのかと首を傾げていたが、これ以上有意義なプレゼントはないだろう。自分はラギーのすべてを手に入れたいのだから。
    「それで、どれにするんだ」
    「えっとねぇ、やっぱ魚は外せないし、あ、この自家製のハム! うまいッスよ」
    「適当に好きなもん頼め」
    「払ってもらってなんですけど、一応誕生日祝いの旅行なんだからレオナさんが食べたいのも選びましょうよ」
    「任せる。一番うまいものを選べよ」
     ラギーはもう、と言いながらメニューへと集中しはじめた。一枚一枚ページを捲る指は、昔教科書をめくっていた頃より、節々が太くなったように思う。この店を出て歩くときはまたこの指に触れようと、レオナは食後の予定に思いを馳せた。
     
     たっぷりと昼食を食べたレオナとラギーは食前にレオナが考えていた通り、指を絡めながら駅に向かい、ほどなくして到着した列車に乗り込んだ。線路ではなく道路を走るこの列車は、天井がドームのように丸くなっている。ちょうど立って目線を上げたあたりにも窓があり、建物の屋根の先までよく見えた。列車内は明るく、壁にはあの城の彫り模様のような繊細な模様がペイントされていて観光地を走るのに相応しい。この国が文化の保護と観光産業に力を入れているのがよくわかる。
    「次で降りますよ」
    「わかった」
     ちょうどタイミングよく、車内アナウンスが流れた。どうやらマーケットがあるらしい。ほかの乗客も降りる準備をするように持っていたガイドブックやスマートフォンをカバンの中へとしまいだした。
     駅について、マーケットへとぞろぞろと人が歩いていく。それに紛れる様にレオナとラギーも歩いた。まさか他国の王族とその側近がこうやって歩いているとは誰も思わないだろう。学園を卒業し、日常と非日常が逆転――いや、元に戻ってからはこうやって歩くのは、この旅行の時ぐらいだ。学生の間与えられた箱庭という非日常から、ラギーをこちら側へと引っ張った。躊躇いがなかったわけではない、それでも自分の人生に必要なものをもう一つも諦めたくはなかった。
    「ここのマーケット、いろんな国のもの売ってて面白いッスよ。この国の貿易会社が主催してて、売ってるのは現地の人じゃないですけどね」
    「へぇ、うちのもあるのか」
    「そう、それを買いたいんスよね」
    「なんでわざわざ買うんだよ」
    「行けばわかりますよ」
     色鮮やかな絹織物に、ランプ。木彫りの踊り子と男の人形にネックレス。美しいバラ、真珠貝でつくられた小物入れ。赤いリンゴのランタン。
     この国のモノも、他国のモノも入り乱れたマーケットは、植物園の極彩色の花々を思い出す。見つけたものを好き勝手に批評しながら歩いていると、ラギーが合図をするように繋いでいた手を引いた。
    「ありましたよ、レオナさん」
     ラギーが指さしたほうには、手のひらに収まるほどの大きさの、正方形の缶が積まれていた。
     王宮に勤めて、経済的に余裕ができたといってもラギーの金銭感覚は変わっていない。余計な無駄遣いはしないラギーが、地元でも買えるものを関税の上乗せされた価格でわざわざ買うというのだからレオナは不思議に思っていたが、この缶を見て腑に落ちた。
     金色の缶には、見慣れた幾何学模様のシールが貼られている。その幾何学模様に紛れる様に耳の大きな動物のマークがついていた。
    「みんなが作った紅茶ッス」
     スラムの安定的な雇用を創出する事業の一つに、紅茶の農園がある。そこは主に輸出用の高品質な茶葉をつくっている。輸出だからこそのマークだ。国内でも使えてこそだが、今はまだその段階にない。それでもこれはレオナとラギーの、そしてラギーの仲間たちの大きな一歩だった。
    「この国に来たら買っちゃうんスよね。本当は別の国の人に買ってもらうのがいいってわかってるんスけど。売り上げは売り上げだし。こうやってみんなが苦労して作った紅茶が売られてるんだって教えてやりたいじゃないッスか」
    「そうだな」
     見上げてくるラギーに微笑んでやると、ラギーは照れくさそうに笑った。
    「すいません、これ一つ」
     自らの財布から紙幣を出したラギーに、レオナはもう一つ分の紙幣を重ねた。
    「俺も一つ買う」
     驚いたようにラギーはまたレオナを見上げた。先ほどと同じように微笑んでやれば、嬉しそうに顔をほころばせる。尻尾があればきっと揺れているのだろうと思った。
     レオナは、卒業前にラギーの故郷に何度か足を運んでいた。もちろん身分は隠して。祖母だけでなく、街の仲間すべてが家族のようなところで、ラギーが愛されているのがよくわかった。ラギーが帰るたびに小さな子どもは足元にまとわりついて、大人たちは肩を抱いて喜んだ。NRCに入ったラギーは、レオナにとっては頼りない背中に地域の期待を背負っていた。 
     その期待に応えさせる代わりに、ラギーのことをスラムから取り上げたようなものだ。今でも年に数度実家に返してはいるが、自分が生きている限り、ラギーがあの街に住むことはないのだから。
     数年前ラギーを側近にするときに、一緒に故郷へとついていった。涙を流して喜ぶ住人たちが多くいたが、その中に、昔他の子どもと違ってラギーのことを少し離れたところでラギーのことを熱心に見つめていた娘の涙が、真新しく舗装されたスラムの道へと吸い込まれていく光景は未だに昨日のことのように覚えている。
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