◾︎ 椎名ニキ (人間)
空腹と脚の痛みで倒れてしまった燐音をたまたま拾った中学生。最初は自身を人間じゃない(人魚だ)と言う燐音に面倒な人を拾っちゃったな…と思ったものだが、次第に惹かれ愛するようになる。「アイドル」に報われない恋をする燐音に、自分にすればいいのにと歯痒い想いを抱く。車の免許を取ったらその時はいの一番に燐音を海に連れて行ってあげる約束をしていた。海に連れて行けないぶん少しでも海気分を味わわせてあげたくて、お風呂の水に塩を入れてみたり、バケツやアヒルなどのオモチャを用意したりした。(燐音には、そんなことしなくていいのにと嬉しそうに呆れられた。) 人魚である燐音のことを終始人間として扱うが、なんとなく人でないことはわかっている。ある朝起きると燐音はおらず、浴槽の水に僅かな泡が浮かんでいた。その泡こそが燐音なのだと、なんとなしに気づいてしまう。

◾︎ 天城燐音 (人魚)
初めて海の上に昇った時に船上ライブを見かけ、「アイドル」に恋をしてしまう。呪術師にもらった尻尾を人間の脚に変える飲み薬を飲み、人間の姿に。「アイドルとして愛をもらうことができなければ、海の泡となって消えてしまう」と警告される。なんとか故郷の海を出て都会にたどり着くが倒れてしまい、通りかかったニキに拾われる。人間の脚だと歩く度にナイフで抉られるような痛みを感じるので、ニキの家にいる時は脚を休めるため浴槽につかっていることが多い。浴槽で歌を歌ったりニキとお喋りをしたりして過ごしていた。脚は依然痛むがどうにかステージに立って踊り、憧れだったアイドルとなりファンから愛をもらう。しかし時代の波に取り残され落ちぶれてしまい、自分は泡になって消えるのだと悲観に暮れる。どうせ泡になるならと自棄になり、自分(人魚)の肉を食べれば不老不死になれるだろうとニキに提案するもきっぱり拒否された。その後現れた故郷の使者に「親しい人間の返り血を浴びることで人魚の姿に戻れる」と包丁を渡されるがすやすや眠り寝言で燐音の名前を呟くニキのことを殺すなどできず、包丁を投げ捨てると浴槽に入り泡になって消えた。

▫︎▫︎▫︎
こんな狭い浴槽に押し込められていい人じゃない。僕だけが独り占めしちゃ駄目な人だ。わかっているのに、お風呂の栓を抜けばいよいよ燐音くんが自分の手の届かない場所に行ってしまうと思うとたまらない気持ちになった。足元に投げてあったオモチャのバケツを拾い、慎重に浴槽の水を汲む。バケツの中で泡もとい燐音くんがキラキラ瞬いた気がした。大きくなって車の免許を取ったら、今度こそ僕が海に連れて行ってあげるから。その時はちゃんと燐音くんを故郷に帰してあげるから。せめてそれまでは一緒にいてほしかった。僕はバケツを抱きしめて、その水面にそっとキスをした。