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    claclaclalan

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    ⚠️死ネタ
    お盆の怪奇風呉カル。CPなし。お兄ちゃんな凌統と賑やか弟ズ。凌統は泣くのが遅そうという妄想です。

    #呉カルテット
    kureQuartet

    落花枝に帰らず げんなりする程の熱帯夜なのに、背筋はずっと寒いままだ。目を輝かせて策を語る陸遜と、げらげら下品に笑いながら酒を呷る甘寧。狭い室の中で盛り上がれていないのは俺だけだった。
    「呂蒙殿、私は火計だけを推しているのではなく、場面に応じた最適解を検討した結果、全て燃やすのが妥当と判断しており」
    「喧嘩なんざ覚悟決めてぶっこみゃいいんだろ」
    「このような不届き者がいることも承知しております。火を着ける順序は臨機応変に対応できます」
    「あっちぃのに火の話止めろや! あ、おっさん酒もうねえぞ!」
    「呂蒙殿に対してあまりに不躾ですよ!」
     陸遜と甘寧が言い合っている。賢い軍師さんの言い回しを一切理解していないあたり、かえって馬鹿が優位そうだ。後ろの戸がかたんと音を立てる。閉まった戸に向かって、輩は煩い声をぶつけた。
    「食うもんももうちょいな!」
    「甘寧殿のせいで呂蒙殿に策を聞いて頂く時間が減りました!」
    「お前酒も飲んでねえのに同じ話しかしてねえぞ! おっさんも飽きてんだろ」
     これだけ癖のある二人に慕われてるんだから、呂蒙さんも大変だ。しっとり飲みたいと思って開いた会がまさか喧しいやり取りで溢れるとは思わなかった。だが、以前の卓では甘寧と口論になって同じことを呂蒙さんに言われたのを思い出した。想像以上に耳が痛い。
     杯に残っていた少しの酒を一気に飲み込んだ。甘いのか酸っぱいのかもあまりよく分からない。後味は苦いように感じる。音を立てて杯を置くと、二人の視線が降ってきた。
    「そういやお前今日大人しいな」
    「どこか具合がよろしくないのでしょうか」
     途端に口論を止めて身を案じてくれる。根っこは良い奴らだ。多分俺は、この中で一番性格が曲がっている。こんな苦痛な会をさっさと止めちまいたいからだ。
    「興ざめさせちまったね。今日は帰るよ」
     引き留める声が背に掛かったが、無視して戸を後ろ手で閉めた。もう月も上ったというのにじめじめした不快な熱気が抜けない。ふう、と無理やり呼吸をしてからその場を立ち去った。俺がもっと真っ直ぐな人間だったなら、今日の宴を楽しめたのだろうかと自問を繰り返した。


     翌晩すぐ、同じ面子で集まることになった。発案者は陸遜だ。年若いのに同世代ではなく年上の人間と過ごすだなんて、俺には出来なかった。ずけずけとした物言いに青さを感じることもあるが、素直に慕ってくるところが可愛がられるのだろう。
     呂蒙さんの部屋に赴くと甘寧が既に寛いでいたので、片手を上げて適当な挨拶を済ませた。こいつと肩並べて戦うのを許すどころか、同じ部屋で飲む程にはその存在を認めている。すぐに陸遜も入ってきた。抱えた籠には人数分の果物が乗っている。酒より健全なそれに齧りつきながら二言三言交わす。どっちかが言い出したら、立ち上がろうと決めていた。
    「おっさん遅ぇな」
    「見てきましょうか」
    「いいよ。俺が行く」
     ほぼ期待通りに甘寧が言い出した。陸遜の手を下げさせて、腰を上げる。珍しいとでも言いたげな丸い目を流して室を出た。得物は腰帯に刺してきた。あらかじめ引きずり出して脇に挟み、帯を整えて中庭へ向かった。

     月光を浴びた呂蒙さんが見えた。庭木の傍で空を見上げて静かに佇んでいる。
    「月見酒なら、そう言ってくださいよ。お部屋で愛犬たちが待ってますぜ」
     呂蒙さんが振り返った。立派な眉を下げて困ったように笑っている。日頃の苦労が浮かばれる眉間の皺に、胸が締め付けられた。
     呂蒙さんは腕を組んで突っ立ったままだ。どういうつもりか分からないが、俺は武将だ。頭で考えるより、体を動かした方が性に合う。甘寧のことを馬鹿に出来ない。脇で締めていた両節棍を取り出して構える。呂蒙さんが木に立て掛けていた戟に腕を伸ばした。そうこなくちゃ。
     軍師ってこうも腕が立つのか、と何代も思い続けている。周瑜殿に棍棒で背を叩かれた時は息が詰まり続けたし、魯粛殿に鈀で頭を殴られた日には一日中星が見えた。
     呂蒙さんと本気で打ち合ったことはあっただろうか。もっとガキの頃に稽古をつけてもらった記憶はあるが、模擬刀だったと思う。こうして得物同士で悲鳴を上げさせて打ち合うのは正直楽しかった。
     呂蒙さんはずっと困り顔だ。苦労人のままでいいのか。楽になっちまえばいいのに。もう解放されたんだから。
     節棍を投げ当て得物を奪い、ついに姿勢を崩した。でかい図体に乗り上げて刃先を顔面に向ける。息を乱しながらもぎ取った勝利に浸った。呂蒙さんは悔しがる様子もなく、こちらを見たままだ。ったく、どこに未練があるんだか。戦いたかったわけでもないのか。苦手な熟考を続けつつ口を開く。
    「……陸遜には、大都督になってもらう。ちゃんと背中を押しますよ」
     呂蒙さんが頷く。
    「……甘寧とも、それなりに上手くやります。実力は認めてるんでね」
     大きく頷く。これでも駄目なのか。分かんないって。あんた、なんで死んで尚うろうろしてんだい。甘寧と陸遜なんか、涙流したことも忘れてんだぜ。
    「お別れしただろ。割れた鏡は照らせない。然るべきところにいってくださいよ」
     呂蒙さんの口が動いた。りょうとう。俺の名を呼んでいる。俺? 俺の何が心残りなんだ。必死に呂蒙さんといた時のことを思い出す。そういやこの人、背を追い抜いてからもやたらと頭叩いてきたんだ。馬鹿にしてるわけじゃなくて、労わるように。そんで、一番怒られたのは合肥の後。思考の継ぎ接ぎを終えて、情けないが目がじんとした。
    「俺も、もう無茶しません。俺が生きてりゃ勝てるんでしょ」
     呂蒙さんが渋く寄せていた眉を緩めると、目尻に優しい線が集まった。淡い明かりが視界に充満して、眩しさに目を瞑る。再び見えた視界には地面だけが映った。俺の手には戟が握られたままだ。そのまま振り下ろして地面に刺す。結い上げた毛先が右耳を撫でた。重力に従って雫が落ちる。
    「なんだよ。いつまで人の心配してんだっつの。どこまでお人よしなんですかい。自分は苦しいとこ我慢して立ってた癖に」
     独り言が止まない。黒くなった地面にぶつぶつ言ってる狂った姿だ。分かってても止められない。この感情はなんだろう。悔しいのか悲しいのかムカつくのか分からない。全部混ざって苦しい。だが、没後すぐに発露出来なかった思いを全部詰めて泣いたら少しすっきりした。
     戟を頼りに体を起こす。刃先を引き抜くと地面にはしっかりと跡が残っていた。柄を握り締めて室に戻る。下らない言い争いか世間話で盛り上がっていると思った部屋は、人気を感じさせない程静まり返っていた。開けた戸の音にも反応せず、二人は黙って卓を見ている。手つかずの四つ目の果実。どういう理屈か知らないが、目が覚めたんだろう。俺は黙って布で呂蒙さんの戟を拭いて、卓上の水菓子を切り分けた。武器で果物切ったのは初めてだ。ちょっと背徳感がある。
    「凌統殿……下手ですね」
    「お前これ三等分のつもりか?」
    「うるさいっつの。黙って食う。……献杯」
    「梨ですが」
    「酒は?」
    「ほんっとうるさいよあんたら。呂蒙さんが呆れてるぜ」
     口に含んだ梨は瑞々しくて美味かった。散った人の分まで生きて、酸いも甘いも味わってやる。強く心に誓って飲み込んだ。

    【落花枝に帰らず】
    世の理を守って
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