海霧に霞む哀慕のカルタ・ナウティカ 2話 食堂での会話の2日後、賢者と賢者の魔法使いたちは西の国北部にあるサラバスという港町へやってきた。この町の酒場で依頼人から話を聞き、提供された船に乗って件の海域へ向かう手はずになっている。
箒やアルシムを使わない移動方法であるのには魔法舎の誰もが疑問を呈したが、理由を聞けば皆納得した。
というのも、行方不明者には魔法科学をもとに作られた魔動力船の乗組員や魔法使いも含まれていることから、移動中に魔法が使えなくなってしまうリスクを考えたのだ。危険な魔法生物が棲息する海上で魔法を封じられたまま放り出されれば、いかに賢者の魔法使いといえど命はない。
今回同行する賢者の魔法使いは、なぜだかノリノリで参加しているブラッドリーと成り行きで同行させられたネロ、西の国での任務ということで西の魔法使い全員、双子に賢者作の消し炭とマドレーヌで接待されながらしつこく言われて出てきたミスラとそこにちょうど居合わせたリケというあまりない組み合わせである。
リケの同行については主にネロとオズが反対したが、本人の強い希望と編成に年長者が多いということで渋々ながら承諾した。
「《聖域》、ですか?」
リケが水の入った樽ジョッキを両手で包んで、床に届かない足をぶらぶらしながら尋ねる。依頼人の青年―ジョンはそうだと頷いて語った。
曰く、近づいた者は船であれ人間であれ魔法使いであれ忽然と消える魔の海域・《聖域》。約300年前から存在すると伝わるそれが最近になって性質が変わったと言う。
「あそこには元々諸島があって、海賊の魔女が根城にしていた。結界魔法が得意なやつが仲間にいたんだろう。結構強力な魔法でな、漁師仲間でもうっかり立ち入って身ぐるみ剥がされちまったやつや、殺されたんだか仲間にされたんだかわからねえが戻ってこなかったやつが大勢いる。だがな、最近はちっとやりすぎだ。結界の範囲が広がってるのもあるが、近づくやつを積極的に喰らってやがる」
ジョンの言葉にクロエがサッと青ざめる。
「結界が船を食べるの?」
「大丈夫だよ、クロエ。彼は結界が漁船を引き寄せるようになったと言いたいんだ」
ラスティカの言葉にジョンは静かに頷く。
「なるほど…。お話は分かりました。調査は任せてください」
その後も調査の流れなどを確認した後、賢者はこう締めくくった。
いよいよ錨は上がり、賢者の魔法使いたちは大海原へと漕ぎ出す。最後の花弁は海霧の中に。