ロキ→メビウス流れてくる昔のロックミュージック、ビリヤードの球が弾ける音、昔のゲーム機から恐ろしそうな声が聞こえてくる。アンティークと呼ぶにはまだ若い、一昔前のものに囲まれているバーの中で、シルヴィはバーボンをワンショット一気に飲み干してからバーテンダーに「もう一杯もらえる?」と言った。
「それで、詳しく聞かせてよ」
隣のスツールに腰掛けて項垂れているロキに好奇心一杯に目を輝かせながらシルヴィは言った。TVAを救わねば、とシルヴィの前に現れたロキに何度もやり直しをさせて何度目かにようやく「友達を取り戻したい。独りは嫌だ」と本心を引き出したシルヴィは、さらに深い本心を聞き出したくてうずうずしていた。シルヴィにとってはロキの言う崩壊しかけているTVAの行く末などどうでも良く、ただ別な世界の自分がここまで言い切った相手について知りたくて仕方がなかった。チラリとロキはシルヴィへ視線を向けたが「今はそれどころじゃない」と言って突っぱね、立ちあがろうとした。だがシルヴィはそれを許さずにロキの腕を掴んで「今だから、だって」と、そのままスツールに引きとどめる。
「今を逃したら永遠に自分の気持ちを吐き出せないままになる。私が何度もやり直しをさせなかったらさっきの言葉だって出てこなかった、そうだよね?だから、ほら、吐き出しなよ」
「吐き出すって、何をだ」
「だから、あなたがさっき言った『友達』について」
シルヴィと同じ色をしているはずだというのに、今は深い暗闇の中にいるような影が差しているロキの緑色の目を覗き込んでシルヴィがまた尋ねる。ロキは自分の手を掴むシルヴィの手を振り解く事なく、そのまま少し考え込んでから口を開いた。
「……友達は、TVAのみんなだ。メビウスやB-15、OBにケイシー、それに君だ」
合わせた視線を逸らして答えたロキに、シルヴィはほんの少し呆れと怒りを露わにしてちょうどバーテンダーが運んできたバーボンをまた一気に飲み干した。
「またそうやって自分を誤魔化す。どうして?自分の事を知るのがそんなに怖い?」
「シルヴィ、これは一体なんなんだ。私は尋問でもされているのか?」
「尋問じゃない。これはあなたのためのいわばセラピーだよ。自分を見つめるための。本当に自分が欲しいもの。それが分からないと自分が何に向かって走っているのか分からなくなるでしょ。あなたが言った『友達』それって誰の事?」
「だからさっきも言っただろ。TVAのみんなだ」
「それは嘘じゃないけど、本当でもないよね」
貫くような鋭いシルヴィの声と視線にロキは言葉を詰まらせる。真実を言い当てるシルヴィの言葉を誤魔化すようにロキは目の前に置かれたままのバーボンのショットを口にする。グッと一息に飲み干すと、甘く香ばしい香りの後に喉がカッと熱くなりロキは少しだけ咳き込んだ。これよりもアルコール度数の高い酒を過去に何度も飲んでいるが、こんな風にロキは咳き込む事はなかった。バーテンダーが差し出した水で口を潤しながら自分でも驚くほど動揺しているロキに、今度は優しくシルヴィが尋ねる。
「聞き方が悪かったかな。さっき『友達』と言った時、あなたの頭の中に浮かんだのは誰の顔だった?」
「誰なんてのはない。あれは咄嗟に出てきた」
「そうだよね。でも、今はどう?あなたの取り戻したい『友達』って誰?あんたの頭の中に浮かんでるのは誰の姿?」
シルヴィの言葉は魔法を使っているわけでもないのに、ロキの脳裏に一人の姿を映し出そうとしている。一緒に過ごした時間はロキが生きてきたとても長い時間の中ではほんの一瞬だというのに、駆けずり回ってでも取り戻したいと願ってしまう人物。ロキは分かっているのに、その名前をシルヴィに言うのが怖いと思ってしまう。内に秘めたままであれば、それは現実になっていない。だが、一度言葉にしてしまうと現実としてこの世界に事実として残ってしまう。ロキは逡巡しながら口を開いた。
「……メビウスだ」
両手で掴んだ水が入ったグラスを見つめながら、ロキはメビウスの名を口にした。TVAに連行されてからずっとロキを見て来ていたメビウス。どこでもどの時代でも、ロキが何者なのかを知ろうとしてくれたメビウス。ロキに優しくしてくれて、ロキも優しくしたいと思える、そんな相手がメビウスだった。シルヴィの言う、取り戻したい友達はTVAのみんなである事は間違いがない。だが、何をしてでもどうしても取り戻したい人物を思い浮かべると、ロキの心の中に現れるのははにかんだような笑顔をメビウスだった。いつの間にかメビウスはロキが心の底から愛おしいと思える存在になっていた。
「私はメビウスを取り戻したいんだ。メビウスがいない世界に独りでいたくない。だから何としてでもTVAを元に戻したい」
「ほら言えたじゃない」
そう言ってシルヴィは満足したのか、にっこりと笑顔を浮かべるとロキの背をポンと叩いた。