矢が貫くその先はーん、ふわぁ〜…
目が覚める。まだ眠そうな体だが、なぜだか俺の脳は目覚めた。
再び眠る気のない脳を眠らせることを諦め、ふと今何時だろうと気になり、時間を見る。
「ふぅーん…4時前かぁ……はぁっ?!4時前?!」
えっーはやない…?でも今更眠られへんしな…どないしよ…
と、そこに廊下から足音が聞こえる。
ここは幹部棟。一般兵は基本立ち入ることは無い。
だとすると、今の足音は幹部の誰かもしくは侵入者…?
後者ではあって欲しくないが、一応確認のため部屋のドアを少しだけ開け、廊下を覗く。
「あれ、ロボロやん。」
予想外の人物だ…いや、侵入者だと思い込みすぎていたせいか、思わず素っ頓狂な声を出す。
「ん?あれ、チーノやん。珍しいなぁ、こんな時間に。他の幹部でも滅多に起きへん時間やのに。」
「ん、待て…ろぼろ…?」
「ん?せやけど…?なんか迷う要素ある?」
「いや、あまりにも見慣れへんなぁって思って…」
そう言いつつ、俺がロボロの全身を見る。
黒のハイネックのインナーに、オレンジのTシャツで上半身を包み、深緑色のズボンに茶色の動きやすそうなブーツで下半身を包み、首元に土星のネックレスをつけたその姿は、いつもの和服に身を包んだ彼を感じさせなかった。
「ん?あぁーもしかして、俺のこの姿が見慣れへんなぁーとか思いよる感じか。まぁ、せやろなぁ。普段こんな服装しとらんからな。」
「うん、見らへんなぁ…って、今からどっか行くん?」
チーノは湧き出た疑問をそのまま直に伝えてみる。その視線の先はロボロの背中からはみ出している物に向けられる。
「んぇ?見たら分からへん?いまから弓道場に行くんやで。」
「いや、えっ?今から?今から行くん?」
「えっ、うん。そうやけど?」
チーノはサラリと言うロボロに聞いてるこっちは困惑してんねんぞ、という念を込めてじっーと目を見ながら、
「イマ、ヨジマエヨ?ワカッテル?アタマバカ?」
「おい、誰がバカじゃい。てか、なんでカタコトやねん。んなこと知っとるよ。いつもこの時間やねん。この時間やないと大体空いてへんし。」
今のロボロの言葉でさらにチーノはびっくりする。
「え?いつもこの時間…?」
「せやけど。」
「えっ、まじか…やばぁ…」
「任務とか、深夜帯に監視じゃなかったら、いつも行っとるで。…てゆうか、時間無くなるからそろそろ行ってええか?」
ポカーンとした頭の中にロボロの声が入ってくる。そして、チーノはさらに聞いてみる。
「それ…俺もちょっとついて行ってもええ?」
「ん…?別に良いけど、練習せんのやったら暇やで?多分。」
「大丈夫、大丈夫。よし、じゃあ行こー!」
「なんや、こいつ…やけにテンション高ない…?朝やで…?」
「ん?なんか言った、ロボロ?」
「いや、なんでもないで。行こか。」
俺はその言葉を背に、何が嬉しいのか、ルンルン気分で弓道場へ向かった。
☆☆☆
ロボロは射的場の前に着くと、
「失礼しますっ!!」
と朝に似つかわしくない大声で言って、施設に入っていく。
うるさ…弓道場と幹部棟、離れとって良かった…
なんて場違いなことを考えながら、俺もロボロに習って、
「失礼します!」
と大きな声で言う。
中に入ると、ロボロはもう準備を始めていた。
俺はそれを邪魔しないように、近くに置いてあるベンチに腰掛ける。
静寂が身を包む。
何かが起こっている訳じゃない。
ただ、ロボロが準備をしているだけだ。
ただそれだけなのに、変に緊張する。
なぜ出たのか分からない冷や汗を早朝の少しひんやりとした風が撫でる。
ロボロは準備を終えたようで、彼は愛用している弓を持つと、まず30メートル先にある的の直線上。
線が引かれているところに立つと。
3秒間、静止して。
2秒間で、構えて。
1秒で、打つ。
ロボロの手が離した矢は、まるで閃光のように空を切り裂き、吸い込まれるように、的の中心へと当たった。
ロボロは矢のその様子を見終えると、次は60メートル先にある的の直線上。
線が引かれているところに立つ。
3秒間、静止して。
2秒間で、構えて。
1秒で、打つ。
今度の矢は、放物線を描きながら、これまた吸い込まれるように的の中心へと当たる。
ロボロはそんな矢の様子に満足したのか、今度は120メートル離れたところにある的の直線上。
線が引かれているところに立つ。
そして、ロボロは深呼吸を5秒間ゆっくりと行うと。
3秒間、静止して。
2秒間で、構えて。
1秒で、打つ。
今度の矢は先程よりも大きな放物線を描いたが、的の中心に向かってしっかりと飛んでいく。
その様子は、まるで龍が飛んでいるように力強く、矢自身に意志があると思える程に、的の中心を貫く。
その時だった。何かの波が俺の体に向かって来たかと思うと、そこで意識がプツンと途絶えた。
☆☆☆
「…だから言ったやん?!僕やシャオロン以外やと誰が体制持っとるか分からへんから、気をつけてって!」
「せやぞ!大体、お前さ集中しすぎるとそうなること分かってんねやったら、集中しすぎんように、的までの距離考えろや!なんで…」
「あー分かった、分かった。ゾム、シャオさん、一旦落ち着きーや。ほら医務室やし、チーノも起きたし。」
「「いや、誰のせいでこうなってると思ってんねん!」」
「こら、ゾム、シャオロン。あんまり騒がない。別に俺は大丈夫だけど、いいの?俺が2人を…」
「「アッ…イエ、ダイジョウブデス…。」」
「うん、それならいいけど。」
そんな会話が聞こえてくる中、ゆっくりと瞼を開けると、そこには申し訳なさそうにしているロボロと少し怒ったような顔をしたゾムとシャオロン、そして軍医のしんぺい神が立っていた。
「あれ…?俺、どした…?」
「ごめんなぁ、チーノ。…あーやってしもうたなぁ…」
後半は小さな声で呟きながら、苦笑いするロボロとそれを睨みつけてから、
「チーノ、大丈夫か?」
「チーノ、痛くないか?」
と、心配するゾムとシャオロン。
「お、おう。俺は大丈夫やけど…なんで倒れたんかがさっぱり分からへんのやけど…?」
「あー何でもないで…」
俺から目線を外し、目を泳がせるロボロ。
「いや、なんかあるやろ。」
「何でもない、何でもない。」
結局、何を聞いても、何でもないを貫くロボロに、聞いても無駄だと悟った俺は、ゾムとシャオロンの方を向く。
だが、2人も、何でもないと言い張るだけで、その後すぐにじゃあな、と言って2人は出ていく。
「えっー…お前ら、ほんまに教えてくれへんの…」
「うんまぁ、何でもないからなっ!」
「ふぅ〜ん。」
もう、何を聞いてもダメだと思った俺は諦めて、素っ気ない返事を返す。
そこで会話が終わり、ロボロが立ち上がる。
「んじゃあ、チーノ。俺も監視の仕事があるから、お先に失礼するで。動けそうやったら、ぺ神に言えば医務室から出れると思うで〜ほんまにごめんなぁ、チーノ。」
最後は申し訳なさそうに言うロボロに意味が分かっていない俺はとりあえず、返事だけをした。