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    はじめ

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    はじめ

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    おとな面あた
    曖昧な関係かつ焦れったい距離感の二人

    #面あた
    face
    ##大人面あた

    アフターファイブ 昼休みや定時前など、おそらく手持無沙汰な時間を使って社長室にやってきては、ソファでだらけたり窓の外を眺めたりと適当に時間を潰すあたるの姿が面堂の日常となり、一体どれくらい経っただろうか。
     まるで息をするように、そうあることが自然の摂理のように、見事なまでに違和感なくそばにいるものだから、始まりがいつだったかなんて忘れてしまった。
     あたるの横顔が日常に溶けていくのは、悔しくもありつつどうしてか悪い気はしないので、面堂はそれがあまり腑に落ちない。

     あと十分で定時というタイミングでドアノブをひねる音が聞こえたときは、いつものごとく面堂の邪魔をして去っていくものだとばかり思っていた。
    「よう」
    「また諸星か」
     案の定、半分ほど開いたドアからあたるが顔を覗かせる。おどけた顔はいとけなさを残しているのに、シャープな輪郭は成長した大人の男だった。
    「…貴様な、せめてノックをしろ」
    「あれ? してなかった?」
    「一切しとらんわ!」
    「にゃはは、すまんすまん」
     てんで悪びれる様子もなくドアの隙間から室内に体を滑り込ませ、ゆっくりと扉を閉める。その様子を肩を竦めながら眺めた。西日を遮るためにすでにブラインドは下ろしてあり、蛍光灯の人工的な灯りがあたるのスーツを鮮やかに照らす。
    「この無駄に広い部屋は、やっぱり落ち着くな」
     いつもそうだが、折り入って話があるような素振りはあたるに一切ない。暇つぶし、という言葉が一番しっくりくるが、それを許容してしまうと負けを認める気がして、面堂はいまだにその答えを探している。
     遠慮も愛想もないような態度で社長室に佇む社員なんて、宇宙中探したってこいつくらいだろう。堂々と欠伸をしながら室内を見回し、本棚の本を出したり戻したりと奇妙な動きをしたかと思えば突然飽きたのか、中央のソファにどっしりと腰を下ろす。
     しばらくの間、沈黙を分け合っていると、不意にあたるが口を開いた。
    「………暇じゃ」
    「お前、何しに来たんだ?」
     ため息交じりに何たる言いぐさ。無視を決め込むつもりが、あんまりな物言いについ口が出てしまった。机の上に散らばった書類を片付けつつ、訝しげな面持ちであたるを睨む。
    「なにってぇ、お誘いだよ、お誘い」
     ソファにだらしなくもたれるあたるが、視線だけを動かして面堂を見る。
    「…お誘い?」
    「好きだろ、面堂くんも」
     意味ありげな笑みを浮かべて、両手を頭の後ろで組む。あたるが動くたびに、特注のソファが高い音を立てて軋んだ。
    「…好きってなにがだ」 
    「ああもう、面堂くんのいけずぅ、この時間に俺が来たってことは、分かるだろ?」
    「分からん、一切なにも分からん」
    「え~? とぼけてるんじゃなぁい?」
    「ええい、変な声を出すな」
     突っぱねはすれど、何故だか胸の奥がざわついて、正面からあたるを見られなかった。不意にブラインド越しでも日が翳るのが分かる。廊下からは社員の足音と話し声が響いているから、定時を過ぎたのだろう。社長室には、面堂とあたるの二人きりしかいない。
    「――変ってなんだよ。どんな声?」
     余裕ぶった声がしんそこ憎くて、しんそこ狡いと思う。おそるおそる視線を移動させると、悠然と笑うあたると目が合う。
    「お、どうやら定時を過ぎたようだな」
     外の足音を察したのだろう。独り言のように呟いては、下から覗き込むようにして面堂の顔を見る。まるで反応をうかがっているみたいだった。
    「…ああ、お前の言う通り定時は過ぎたが、お前は帰らんのか?」
    「帰らん。さっきも言っただろ、誘いに来たって」
    「誘いって、お前、ま、まさか…。――なあ俺、仕事中もずっと体がうずうずしてて、したくてしたくてたまらなかったんだ、ねえもう我慢できない、早くここで抱いて――とか言い出すんじゃなかろうな。馬鹿言え、ここは社長室だぞ? お前は倫理観というものを知らんのか? まったくTPOをわきまえろよ。…まあ、お前がどうしても、というのなら、受け止めてやらんこともないが………」
     たっぷり三秒は沈黙が続いて、あたるが困ったように目を眇めた。
    「…なあ、その妄想癖、どうにかならんか?」
     一人でようしゃべるやっちゃな。呆れたため息とともに、あたるが勢いよく立ち上がった。つかつかと面堂のもとに近付き、ネクタイに触れる。
    「――飲みに行かんか?」
     掠れた声で誘われた。気ままな猫のような仕草は、不覚にもどきっとするような色っぽさで、面食らうほどだった。
    「…は?」
    「せっかくの花金よ、面堂くん。ぱぁ~っといこうぜ、お前の奢りで」
    「おい」
     最後の一言はなんだ。あたるの肩を掴んでしばし言い争い。やいやい言い争っている間にも時間は刻々と過ぎていく。夜は深まる。
    「…ああ、もう、時間がもったいないぞ。どうする? 行くか?」
     ちらりと腕時計を見やったあたるの休戦合図に、面堂も心を落ち着けた。
    「…まあ、貴様がそこまで言うなら行ってやらんこともないが。花金に誘う相手が僕しかおらんとは。はっ、さびしいな、諸星」
    「………お前さ、自分で自分の首を絞めとること、気付いとるか?」
     その台詞そっくりそのまま返してやるわ。やけに落ち着いた声が大人びていた。伏し目がちの目、涙袋のあたりに睫毛の影が落ちる。
    「………お前、今夜は一人なのか?」
     思わず尋ねると、「ん~」とはぐらかされた。答える気はないらしい。
     その横顔は涼やかにも寂しげにもいかようにも見えた。とことん不思議なやつだ。意地っぱりにも見えるが、その実心は異様に繊細で、それなのに人一倍の生命力と逞しさを感じる。
     年を重ね精悍さを帯びた横顔。ときおり子どもよりも幼い表情を浮かべることがある。子どものまま、大人になったようなやつだと思い、目が離せなくてほとほと困る。
     そうと決まれば早く行こう、と急いで身支度を整え、社長室の電気を落とした。
    「――面堂、何食べたい?」
     答えたところで主導権は譲らないだろうあたるが、楽しげに尋ねてきた。
     ドアを開ける前の真っ暗な部屋でキスはせずに頬だけ撫でた。一日中風にさらされたぱさついた髪の毛を、指で何度も梳く。心地よさそうに目を閉じたあたるは、まるで喉を撫でられた猫みたいだった。
    「…そうだなあ、何が良いかな」
    「せっかくの奢りなんだし、どうせなら高級レストランでも、と思ったが、フレンチだのイタリアンだのは食った気がせんからな。普通の居酒屋で良いだろ」
    「おい待て、いつ僕が奢るって言った」
    「え、奢ってくれんのか?」
    「お前な、強引にもほどがあるだろ」
     こちとら至極真面目に言い返しているのに、あたるは意に介さずにけたけたと笑っている。

     社員用とは別の専用出入口からネオン街へと出た途端、おもむろに腕を組まれた。初夏の夜風はやたらと温い。
    「――あとさ、面堂くん」
     もういっこお誘い、と腕を掴まれ、耳打ちをするように囁かれる。
    「――飲みに行くだけで良いの?」
     甘い吐息。絡みついてくる腕。密着した肌。カッターシャツの上から感じる体温。鮮やかなネクタイが視界を覆う。
    「――え?」
     返事をする間もなく、面堂の腕からあたるの手がするすると離れていった。にいと笑うとこぼれる八重歯。白い煌めきに釘付けになる。
     困惑する面堂をよそに、数歩前を歩くあたるが、ネオンのなかで振り返った。
    「――夜はこれからだろ」
     まるで子どもみたいな無邪気さで、狡い男の顔をする。
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