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    『嵐と雨のエトワス』展示作品です。つきあい始めた左右不定ネロとファウストのカプ。魔法舎での朝の一幕について。

     窓の外でぱたぱたと足音がすると、ああ朝が来たと思うようになった。
     はじめのうちは常に人の気配があることに慣れなかったし、積極的に人と顔を合わせたいと思うようなこともなかったから、朝だからといって扉の外に出て行く気もなかった。予想外だったのは、ここの連中は人も魔法使いも、自分を放っておいてくれる人ばかりではなかったことだ。
     魔法舎での共同生活を提案した中央の快活な男は、頼みもしないのに毎朝扉をノックしてファウストを連れ出した。そういう関わられかたは煩わしく思われそうなものを、不思議とカインには鬱陶しさのような感情が湧き上がることも少なく、渋々とはいえ扉を開けてしまう。引きこもりのファウストを連れ出す理由はまちまちだったが、そのうちのひとつが「朝食にガレットが出る」というものだった。
    魔法舎の料理人は東の国の出身らしく気配りがきいていて、話した覚えもないのに各々の好物を把握したようだった。まめなことに、不公平が出ないよう順繰りに用意するようにしているらしいと気づいてから、なんとなくガレットの日は自分の日だな、と思っている。それほど食に執着する質ではなかったはずなのに、ネロの作るガレットを食べのがすのはなんだか惜しくて、そろそろかな、と思うとカインのノックがなくても朝から食堂へ向かってしまうようになった。
    今日がその日だ。ローテーションは常に一定なわけではなかったけれど、ネロと個人的に親しくなってからは前日の雰囲気でわかるようになっていた。
    階段を降りる。そのまま直進して十五歩、左折。魔法舎の間取りにもずいぶん慣れて、目を瞑っても歩けそうだった。キッチンの前に男が立っている。大きな窓から光が差していて、男の薄青の髪を透かしていた。フライパンに卵を割り入れる指先がすこし湿っているのがきらきらと光っている。
    「おはようネロ」
    「おはよう、ファウスト」
     振り返らないまま挨拶を返してきた男の横に立って、グラスに水を汲み入れる。フライパン二つを駆使して同時に二枚のガレットを焼いているネロは、丁寧に端を折りたたんで皿に盛り付けてから、やっとファウストのほうを見た。
    「先生、早起きじゃん。すぐ先生のぶん焼くから、もうちょい待ってて」
    「ありがとう。具のリクエストはきいてもらえるの?」
    「はは、いーよ。なんなりと」
    「じゃあ、グリーンフラワーがいいな。南のやつ」
     オッケー、今日は苦めの気分ね、と言いながらネロは棚をごそごそとあさる。お目当ての材料を見つけた彼を横目で見遣った。籠の中のグリーンフラワーを見せながらにっと笑うネロがかわいい。思ったままを口にすると、その顔のままへにゃりと眉が下がった。
     いつでもかわいいと言われたい男ではないと知っている。それでもファウストが言うそれを、満更でもないと思っていることも知っている。他人のことなんてわかるはずがないと思った自分が、ネロのことがわかると思えることが嬉しかった。
    「ね、先生、今日は先生の分で最後だからさ……、ふたりで俺の部屋で食べねえ? コーヒー淹れてよ。持ってくから」
     心なしか声をひそめて、耳元でネロがささやく。手にしたグラスの水面がゆらゆらと揺れた。まだ、慣れない。だれかに恋をするのも、だれかと恋人になるのも初めてだった。400年生きて起こらなかったことが一生起こらないわけではないと知った。世の中を呪っていた自分が、だれかとの幸福を望む日がくるなんて!
     小さく頷くと、ネロが笑う声が聞こえた。頬が赤くなっている気がして、ネロの顔が見られない。自分よりはるかに人づきあいの経験値が豊富なのだろう彼に、いつも些細なことで動揺させられている。ふとした瞬間に年上だということを思い出すように、ネロはファウストの気持ちをうまくざわめかせる。
     一歩ネロに近づく。肩が触れあう距離は、こういう関係になってからのものだ。少し高いネロの体温を感じる。ネロのエプロンの裾を握って、耳元で囁き返す。
    「じゃあ……待ってるから。きみの部屋で」
     顔を見ないまま、踵を返した。コーヒーはネロの部屋に常備されているのを知っている。湯を落としているうちに、この心音も落ち着くだろう。
     友達だけだったときには感じなかった動揺も緊張も、悪い気分ではないのが不思議だった。魔法舎で訪れた変化を快く思っている自分がそれなりに気に入っている。バターの香りとともに開くだろう扉を思って、ファウストは知らず微笑んでいた。
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