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    魔法舎解散後の一幕です。ネロとファウストの左右不定カプです。

    アンコール「最後にいっこ、わがままきいてくんない?」
     ファウストが箒にまたがって、まさに飛び立とうとする瞬間、覚悟していたよりあっさりと声が出たので驚いた。昨日から、というより、こうなることがわかってから、ずっと言おうか言うまいか悩んでいたことだったので。そして、いざ言おうと決めていたって、本当に言葉にできるだろうかと思ってもいた。
     大いなる厄災が力を弱め、各地で起こる不思議な災害が減って数年が経っていた。若い魔法使いたちの訓練がまだ必要だろうということで、しばらくは同じ顔ぶれで共同生活を続けていたが、先日ついにとうとう解散が言い渡された。今後は一年に一度、長いあいだ賢者の魔法使いたちがそうしてきたように、厄災の時期に集まることになる。各々がそれぞれの場所に散っていき、賑やかだった魔法舎も今ではずいぶん寂しげになっている。東のこどもたち、ヒースクリフとシノはまっさきにブランシェット領に戻ってしまった。
     そんな中で、ファウストが魔法舎に留まってくれたのは、きっと自惚れではなくネロのためだった。ファウストは嵐の谷に自宅がある。定期的に帰っていたこともあり、今すぐ魔法舎を発っても何の問題もなかっただろう。対してネロは、賢者の魔法使いとして喚ばれてすぐに店を畳んでしまっていたから、いざさあ解散しましょうと言われてもすぐに帰れる場所はもうなかった。新しい店を探さなくてはならない。長い共同生活のうちにすっかりネロの料理を気に入ってくれた面子から、やれ西の国はどうだ中央の国もいいぞと言われたる中、何も言わないけれどじっと見てくる三対の瞳が頭から離れなくて、東の国の小さな街の空き家を借りたのがつい先日のことだ。店の場所が決まった途端にファウストが家に戻ると言ってはじめて、ネロは彼がなんのために魔法舎を離れなかったのを知ったのだ。あんまりいい場所が見つからねえ、と愚痴をこぼしたときに、ゆるく見つめてきたファウストを思い出す。
     その彼はいま、ちょうど地面を蹴ろうとしていた足をおろして、目を丸くしていた。すぐにふわりと微笑む。出会った頃が信じられないほど、頻繁に顔をゆるめてくれるようになった。ファウストの内側に入っている。見慣れたそれに今はなんだか気持ちが浮ついて、ネロは少し目を逸らした。
    「いいよ。君のわがままなんて珍しいね」
    「え、そう……? 俺けっこうお願いしてなかった?」
    「わざわざ言うのが珍しいよ」
     ふ、と吐息で微笑をもらしたファウストの帽子の縁に、小さな白い花びらがくっついていた。いつだったかの春、賢者が故郷の花に似ていると言っていたそれは、異世界では出会いと別れの季節の象徴らしい。ネロは彼の帽子に手を伸ばして、その花びらが舞い上がる前につまみあげた。
    「いや……、たいしたことじゃないんだけどさ。しばらく会えなくなるだろ? だからさ、」
     言葉を切って、唾を飲み込む。
    「うちの店……さあ、開けたら、たまにでいいから、飲みに来てよ。あんたが引きこもりたいのは知ってるけど、たまに、だったら街で飲むのもいいだろ?」
     ひといきに言い切って、ふうと息を吐く。妙に緊張しているから、ファウストの顔を見ることができない。うつむいて、指先でつかまえた花びらがひらひらと揺れるのを見るともなしに見る。横顔にファウストの視線が突き刺さっているのを感じた。このひとが案外、まっすぐに見つめてくるのをネロは知っている。
     沈黙の間に、風が二陣吹いた。耐えきれなくなって顔を上げる。ファウストは笑いをこらえているのと呆れているのの中間くらいの顔で眉を下げていた。
    「君、そんな……」
    「えっ、そんなだめ?」
    「ふふ、いや、そうじゃなくて」
     とうとうこらえきれなくなったファウストが声をあげて笑う。
    「それ、君のわがままなの?」
    「……ええと、どういう意味?」
    「僕のわがままなんだと思ってたよ。君もそうなら、別に心配することじゃなかったね」
    言って、ファウストは今度こそ地を蹴った。箒がふわりと浮き上がって、目線がすこし遠くなる。声の調子から上機嫌なのが伝わってきた。何度も、数え切れないほど交わした晩酌のおかげで、ささいな感情の機微がわかるようになったことを、ネロは改めて思う。
    「一年後が待てないのは君だけだと思ってたのか?」
     顔が熱くなっているのがわかる。ばかなことを聞いたな、とも思うし、今のせりふを聞くために言ったのかもしれないとも思う。自分だけが心地よく思っているわけではないことだって、ずっと知っていた。東の魔法使いは他人の感情に敏感なのだ。ぬるい風が頬を撫でたけれど、春の湿り気を含んだ柔らかなそれは熱を冷ましてはくれなかった。
     じゃあ行くね、と言ったファウストがもう一段高いところに昇り、思い出したように振り向いた。ファウストの声は空からでもよく届く。昼間、授業中や任務中の凜と張った声と、夜のまどろみを混ぜ込んだようなひそやかな声のどちらも、ネロにはなじみ深く忘れがたい。
     今のはわがままにならないから、別のを考えておいて。
    扉を叩いたら顔を出してくれて、部屋に誘ったら訪ねてくれる日々は終わる。上着をたなびかせながら遠ざかっていく後ろ姿を眺めながら、ネロはようやく指先の花びらを解放してやった。力をこめていたせいですっかり萎れた花びらは、それでも風に舞い上がり、他のものと混ざって見えなくなる。とりあえず、開店のお祝いに来てほしい、と告げる日はそう遠くないだろう。
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