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    koneko_neko

    行き場のない落書き置き場/🐉如その他
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    koneko_neko

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    クリスマスのお話。
    パスワードはイベントスペースにてご確認ください。イベント後、pixivで公開予定です。

    桐生チャンはサンタクロース「お、サンタさんや」
    12月25日、クリスマス。
    チラチラと細雪が降る中、コンビニの前でガタイのいいサンタクロースを見つけて立ち止まる。
    「くそッ…」
    赤い帽子に赤い服、白い髭こそないものの、クリスマスケーキ販売中というプレートを抱えたサンタクロースは、真島が足を止めるなり面倒くさそうに舌を打った。
    「なんやぁ桐生チャン、ここのコンビニでバイトでも始めたんか?」
    話しかけてくれるなとばかりにプレートで顔を隠してしまったサンタさんに近付き、その顔を覗き込んでみると、案の定、迷惑そうに尖った瞳と視線が交わる。
    今にもため息が零れ落ちそうな男の表情に、堪らず笑みが溢れてしまったのは言うまでもなく。そんな真島を見て、サンタさんこと桐生はとうとう形のいい唇から深いため息を零したのだった。
    「ただのヘルプだ…」
    白く染まる吐息と共に桐生が吐き出した言葉はまさに予想していた通りの言葉。桐生の隣で申し訳なさそうに頭を下げている店員を見れば、彼がどのような経緯でサンタさんをやる羽目になったのか容易く想像がついてしまった。
    「まーたお人好し発揮しとんのかい」
    懲りない奴だとこれ見よがしにため息をついて腕を組むと、ようやく桐生はプレートから顔を出し、ジトリと目を細めて真島を睨んだ。
    「俺が何処で何してようとアンタには関係ないだろ…」
    お人好しだと言われたことがよっぽど気に食わなかったのか、寒さに淡く色付いた唇がツンと上を向く。しかし、どれほど恐ろしいしかめっ面で睨まれようと、サンタの格好では迫力もくそもあったものではない。
    むしろ、ムッと唇を突き出す様は幼子のようで可愛らしい。
    なんて、ガタイの良い男にはおおよそ似つかわしくない感想を抱きつつ、その姿を上から下まで舐めるように眺めてしまった理由は、当然物珍しさだけではない。
    「それはそうかもしれへんけど…、何もそんな邪険にせんでもええやんか」
    なぁ?と何の気なしに蚊帳の外になっていた店長と思わしき人物に同意を求めてみれば、店員は困ったように真島と桐生を見比べた後、曖昧な笑みを浮かべて「そうですね」と隣にいるサンタではなく真島に同意を示してみせた。
    「おい、店長…!」
    まさかの裏切りに桐生の表情が絶望に染まる。それがまた面白くて小さく笑い声を漏らすと、馬鹿にされたとでも思ったのだろう、すぐさま人を射殺さんばかりの視線が真島を睨み付けた。
    「おぉこわ…っ!サンタさんがしたらあかん顔しとるで桐生チャン」
    態とらしく自分の身体を抱きしめ、こわいこわいと恐ろしがってみれば、忌々しそうに「邪魔するなら帰れよ!」と桐生が吠える。が、これで分かりました、と言われた通りに帰るようではストーカーの名が廃ると言うものだ。
    「えー?なーんも邪魔してへんのにお客さんに帰れなんて言うてええんか?そんな酷いこと言うて怖い顔しとったら売れるケーキも売れへんで?」
    まだ一つも売れていなさそうなケーキの箱たちをチラリと一瞥して告げる。すると、途端に桐生の表情が険しくなり、言葉よりも雄弁に売れ行きの状況を教えてくれた。
    クリスマス当日に駆け込みでホールケーキを買う客がどれほどいるのかは知らないが、現状を見るに、思ったように売れていないのは間違いなく、日が暮れてしまえば更に悲惨な状況に陥るだろう。
    がしかし、こんな現状を前にしても悲しいくらいにお人好しである桐生は、助けてくれと泣き付かれた手前、無理だと言って頼みを跳ね除けることもできず。不本意に思いながらもケーキを売り切るまで迷惑な客の相手をする羽目になっているのだ。
    お人好しは彼の美徳でもある。だからこそ周囲の人間に愛されるのだろうが、毎度こうしてどうにもならない状況に追い込まれているのを見ると、何でもかんでも一つ返事で引き受けてしまうのはどうなのだろうかと可愛い弟分が心配になるばかりであった。
    「ケーキ買う気もねえくせして何がお客さんだ」
    そんな風に桐生の難儀な性格を憂いていれば、何とも憎たらしい言葉が返ってくる。
    端から桐生を揶揄いに来たと思われているのか。そうだとしても可愛げのない言葉に、弟分を構いたい心が余計に煽られてしまった。
    「なにも買わんとは言うてへんやろ?」
    「…なんだと?」
    「桐生チャンが兄さんの"相手"してくれんのやったらいくらでもケーキ買うたるで?」
    含みを持たせ、どうする?と煽るように問いかければ、桐生は眉根を寄せて訝しげに目を細める。
    言葉の真意を探っているのか、はたまた何やら計算しているのか。真島の言葉を耳にするなり、桐生は顎に手を添えて何やら真剣に悩みだす。そして、しばらく考え込んだ後、おもむろに口を開いてこう言った。
    「……、1ホールにつき1分だけなら相手してやってもいいぜ?」
    と。帽子にくっ付いた白い玉房を揺らしながら桐生はケーキ販売中のプレートをテーブルに立てかける。どうやら先ほどの長考はどうしたら真島をこの場から追い返せるかを思案するためのものだったらしい。
    「はぁ?1ホールにつき1分?桐生チャン、お前…下手なホストクラブよりエグい商売するやん…」
    「嫌なら別に構わないぜ?その場合は客じゃねえからとっとと帰ってもらうがな」
    神室町のヤクザもびっくりな商売に堪らず抗議の声を上げる。すると、桐生は緩慢に腕を組み、これ以上の文句は聞かぬと外方を向いてしまった。そんな可愛さの欠片もない桐生を眺め、考えるのは『どうすれば桐生をその気にさせられるか』である。
    「……そんなら、6個買うたるわ」
    「なに…?」
    長年の付き合いもあって、桐生も真島の嗜好を把握している。もちろん、真島が進んで甘い物を食べないということも。
    だからこそ、1ホールにつき1分などという理不尽な要求をしてきたのだ。
    それで真島も手を引くはずだ、と予想して。しかし。
    「そんなんで俺が怯むと思ったんか?あまいでぇ…アっマアマや桐生チャン!!」
    「なんだと…?」
    「俺を誰やと思っとんねん!東城会直系の組を持つ組長様やぞ!俺が食わんでも代わりに食う奴なんぞいくらでもおるわ!」
    目の前に並ぶホールケーキ達よりもアマい!と桐生の考えを笑えば、凛々しい眉がぴくりと跳ねる。本当にそこまでは考えていなかったのだろう、悔しげに舌を打つ姿に笑うなと言う方が無理な話だ。
    ひとしきり詰めの甘さを笑った後、にやにやと口許を歪ませ、どう言い返してくるかを待っていると、桐生は心底悔しげな表情で「そう言って後で捨てる気じゃないだろうな?」と失礼な言葉を吐き捨てた。
    「失礼やなぁ。俺のことなんやと思っとんねん!自ら金出して買うたもんを食いもせずゴミ箱に捨てるほど人として終わっとらんわ」
    ポケットから財布を取り出し、代金よりも多めの金をトレーに置く。早くケーキを渡して相手をしろと告げる代わりに両手を差し出せば、渋々といった様子で不機嫌なサンタさんは真島の手にケーキの箱を乗せた。
    「6個やから6分やな」
    積み上がっていく箱を横目に桐生へ笑いかける。
    が、箱を積み終わっても桐生は真島の顔をジッと見つめ返してくるだけで。
    「…?桐生チャン?」
    どうしたのかと問いかけてみるが、しかめ面のサンタさんは黙ったまま動かない。
    お互い無言で見つめ合うという謎の時間に首を傾げれば、不意に申し訳ないが、と一言言い置いてサンタさんは「次の客が待ってるから終わりだ」と、とんでもないこと言い出した。
    「はぁ?!」
    信じられない発言に驚いて、通りに響き渡るくらいデカい声を上げる。後ろを見てみろとばかりに顎で真島の背後を示す桐生に従い、チラリと振り返って後ろを確認すると、確かに仕事帰りらしいサラリーマンが所在なさげに立っていて、律儀にこちらの会話が終わるのを待っているではないか。
    「ケーキも渡したし、もう用は済んだだろ?」
    「いやいやいや、ちょお待てや!何のためにケーキ6個も買うたと思っとんねん!こんなん詐欺やろ!」
    桐生の言う通り用件は済んでいるが、そうではない。真島がわざわざ買う必要もないケーキを買ったのは桐生に相手をしてもらうためだ。
    桐生のためだから惜しまず金を出したと言うのに、このまま帰ってしまったらただただ店に貢献しただけになってしまうではないか。
    そもそも、ケーキを買えば相手をすると言い出したのは桐生の方で、納得できるか!とケーキを抱えながら目を吊り上げたのだが「組員達のために買ったんだろ?」と、桐生はこちらの揚げ足を取って顔を背けてしまった。
    あまりの身勝手さに腹の底で怒りが渦巻く。人に対しては筋を通せだの何だのと言うくせに、自分は筋も何もかも無視して意見を変えるなど許されるのか。
    ギリギリと歯を食いしばり酷い男の顔を睨み付けてみるものの、桐生はもう既に次の客の相手を始めていて真島の方など見てすらいない。
    「桐生チャンのあほ!!」
    恨み言をぶつけてみてもサンタさんは振り返ることもなく、悲痛な叫びはしんしんと降る雪に吸われて儚く消えていく。
    両腕に重くのしかかるケーキたちに何故だか視界がくしゃりと歪んだ気がして。慌てて踵を返し、ぬかるんだ道を事務所へと向かって歩き出したのだった。


    「こんなに…!いいんですか?!」
    「おぅ…、あとはお前らの好きにしてええで」
    積み上がったケーキの箱を書類の散らかった机に置くと、事務所に詰めていた強面の面々が子供のように目を輝かせて集まってくる。
    たかだかクリスマスケーキごときで極道が歓喜の声を上げるのもどうかとは思ったけれど、誰かさんのように嫌な顔をされるよりはよっぽどマシと言うものだ。
    「今、親父の分も取り分けますね!」
    「あー…、いや。ワシはええ」
    「え、でも…」
    長時間気を使ってケーキを運んだせいで凝り固まった肩を回していれば、慌てて西田が皿の用意を始める。
    しかし、どうにもクリスマスだからと馬鹿騒ぎする気にもなれず、自分の分は不要だと伝えれば、組員たちは皆一様に眉を下げて極道らしからぬ悲しげな表情をしてみせた。
    可愛い子分たちが気を遣ってくれるのは有り難く思うのだが、やはり今は気が乗らない。多少の申し訳なさを抱えつつも、まだやることが残っているのだと嘘をついて自室へと続く扉のノブに手をかけた。
    自身の殻に籠るがごとく部屋の扉を閉め切れば外の喧騒も遠くなる。テレビでも見ようかとリモコンを掴んだものの、ソファに腰を下ろした途端、何故か急に見る気が失せてしまい、リモコンをテーブルに放り投げてソファに寝転んだ。
    「我ながら寂しいクリスマスやなぁ…」
    クリスマスだからと言って誰かと共にいなければならないだとか、特別な夜にしなければならないなんてことはない。と、真島は思っている。もともと世のイベント事には興味がないのでそこは別にどうでもいいのだが。
    「……、こっそり写真くらい撮っとけばよかったなぁ」
    先ほどの桐生の姿を思い返してため息をつく。桐生の対応に腹が立ってさっさと帰ってきてしまったが、本当はもう少しあの姿を、桐生と共に過ごす時間を堪能したかったのだ。
    「はぁ〜、ウチにもサンタ来ぉへんかのぉ」
    馬鹿馬鹿しいセリフを天井に向かって吐き出し、頭の後ろで手を組む。
    扉の向こうから聞こえてくる楽しげな声をぼんやりと聞きながらそっと目を閉じれば、意識は静かに暗闇へと溶けていった。

    ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

    温かな、それでいて骨張った硬い何かが優しく頬をなぞる感覚で意識が浮上する。
    うっすらと瞼を持ち上げると部屋の照明が目を焼き、眩しさに堪らず腕を持ち上げて光を遮った。
    「目が覚めたか?」
    「……?」
    頭上から落ちてきた声に目を瞬かせる。
    耳元で聞こえた微かな衣擦れの音に目を覆っていた腕を持ち上げてみれば、丸みを帯びた優しい瞳が静かにこちらを見下ろしているのが見えた。
    「……、桐生、ちゃん…?」
    目の前の人物を頭で認識するよりも先に、口が勝手に馴染んだ名前を音に乗せる。すると、見下ろす目が楽しげに細まって「寝ぼけてるのか?」と柔らかな声が笑いと共に落ちてきた。
    「……」
    「兄さん?」
    「…っは!なっ…なんで?!」
    ジワジワと頭が覚醒し、目の前にいるのが"誰か"をはっきり認識した瞬間、慌ててソファから身を起こす。
    そこにいたのはここにはいるはずのない人物で。夢か、もしくは幻か、と何度も瞬きを繰り返してみるが、その姿が消え去ることはない。と、言うことはつまり。
    「どうしてここに…?」
    ようやく目の前の光景が現実だということは受け入れられたものの、相変わらず彼がここにいる理由は分からない。
    まだ微かにぼんやりとする頭を手で押さえながら何故真島組の事務所にいるのかを訊ねれば、質問が聞こえているのか、いないのか、突然現れた男ーーーもとい桐生はこちらの問いかけを綺麗に無視して「兄さん、ワイン飲むか?」と全く予想外な言葉を返してきた。
    「は?ワイン…?」
    視線を桐生の手元に移すと、その手には確かに赤ワインのボトルが握られている。が、
    「飲まないか?」
    「ワインは飲むけど…、それよりサンタはどないしたんや?」
    ワインよりも何よりも、アルバイトの方はどうなったのか。桐生に限って中途半端に放り出してきたとは考え難い。しかし、どうにも全てを売り切ってきたとは思えず同じ質問を重ねると、桐生はいそいそとワインの栓を開けながら「誰かさんが大量に買ってくれたおかげで早く終わったんでな」と、なんでもない風に呟いた。
    ポンッ!と栓が抜ける子気味のいい音をBGMに辺りを見渡せば、テーブルの上にはケーキとチキンが乗せられた皿と、ワイングラスが共に置かれていて。
    「それに…、」
    不意に、桐生の声色が変わる。
    不思議に思ってテーブルから桐生へ視線を戻すと、いつも自信に満ちている瞳が気まずげに逸らされる。
    「さっきは…少し、」
    ボソボソと囁かれた声は小さくてはっきりとは聞き取れなかった。けれど、ツンと上を向いた唇を見れば大概その内容は察せられる。
    確かに約束を反故にされ、無視された瞬間は腹立たしく思いもしたが、元はと言えば桐生の都合も考えず仕事の邪魔をしようとした真島にも少なからず非はあるのだから桐生が気に病む必要などどこにもないだろう。
    むしろ、こうして素っ気なくし過ぎたと気にかけてくれるくらいには、こちらのことを想ってくれているのだと嬉しく感じているあたり、真島の方がよっぽどタチが悪いのかもしれない。
    「これ、桐生チャンが買うてきたんか?」
    「いや、手伝いの礼にもらったんだ」
    ソファに座り直し、ワインの注がれたグラスを受け取ると、空いたスペースに桐生が腰を下ろす。安酒だが我慢してくれ、と桐生は肩を竦めてみせたが、安かろうが高かろうが、そんなものはどうだっていい。
    大切なのは誰と飲むか。それだけだ。
    「そっちのチキンもか?」
    「あぁ」
    クリスマスなんて自分には関係のないイベントだと思っていたが、ケーキにチキン、そしてワインまで揃えば立派にクリスマスパーティと言えるだろう。
    今日はもう顔を見ることもないだろうと思っていた桐生とこうしてワイン片手にクリスマスを過ごせるなんて、ほんの数時間前までは想像すらしていなかった。
    「兄さん、ケーキ食べるか?」
    自然と緩む口許を隠すようにワインを呷れば、苺の乗ったショートケーキを手に桐生が訊ねてくる。そこで改めてテーブルに目を向けてみると、断ったはずのケーキが二人分用意されていて、思わず苦笑いが零れ落ちた。
    「あー…、桐生チャン食いたいんやったら2つとも食ってええで」
    組員たちの気遣いに感謝しつつも、寝起きのせいかどうにも食べたいという気持ちは湧いてこず。仕方なくもう既にケーキを食べ始めている桐生に自分の分を譲ろうとすれば、何が気に食わなかったのか、もぐもぐと口を動かしつつ桐生はムッと唇を突き出した。
    「せっかく買ったんだから一口くらい食えよ…」
    なんだか今日はこの表情ばかり見ている気がする。と、関係ないことを考えている内にも、桐生は強引にケーキの乗った皿とフォークをこちらに押し付けてくる。
    このケーキに何かあるのか。珍しく引く気配のない桐生に首を傾げてみるが、それでも桐生は諦める様子がない。
    「そんなら…、」
    「ん?」
    「…桐生チャンがあーんしてくれんのやったら食うわ」
    断り切れないと察して、それとなく自分の願望を入れ込んでみる。桐生のことだ、きっとすぐさま嫌そうな顔で文句を垂れるだろうと予想していたのだが、真島の言葉を聞くなり桐生は考えるような素振りを見せた。
    普段の彼からすればそれだけで既に驚くべきことなのだが。信じられないことに桐生はしばらく悩んだ後、フォークを手に持ち直して「なら口を開けろ」と言ってこちらに向き直ったのだ。
    「えっ!え…、ほんまに?」
    まさかの返答に聞き間違えかと己の耳を疑う。しかし、そうこうしている間にも、桐生はフォークでケーキの端っこを掬い上げると、至って真面目な表情でそれを戸惑う真島の口許へ近付けたのだ。
    「食べさせて欲しいんだろ?なら早く口開けろ」
    催促するようにフォークを唇に押し付けられ、甘いクリームが触れる。それに恐る恐る口を開いてみれば、そっと口内に甘い塊が入れられた。
    「……」
    「どうだ?」
    「………」
    「マズいのか?」
    口内に広がった甘味は決して不味くはない。
    不味くはないと思うのだが。
    「……桐生チャンが素直すぎて…、味が、よお分からん…」
    今目の前で起こった出来事があまりにも衝撃的かつ、非現実的すぎてケーキの味など味わう余裕がなかった。もしや地球は明日滅ぶのか?と一つきりの眼を丸めれば、心底呆れた表情で「なんだそりゃ…」と桐生は肩を竦めた。
    「一口食わせてやっただけで大げさだろ」
    「大げさなわけあるかい!普段どんだけ頼んでもしてくれへんのに…、これが、これがクリスマス効果なんか…?」
    「……」
    感動と興奮に打ち震えながら桐生の言葉に反論する。と、真島の言葉を聞いた途端、桐生はぐっと口を噤んで明後日の方向を向いてしまった。
    「いいだろ別に…、気が向いただけだ」
    おそらく、その言葉に偽りはなかったのだと思う。クリスマスの雰囲気に当てられて気が大きくなり、いつもはしないようなこともやってやるか、くらいの気持ちで桐生はケーキを食べさせてくれたのだろう。
    けれど、うっすら色付いている眦に気が付いてしまえば、そんなことすらもうどうでもいい。
    堪らず桐生の腕を掴み、無理やりこちらを向かせると驚いたように淡く染まった目が丸くなる。
    そして、そのまま有無を言わせず薄く開いた唇を塞げば、桐生の手からポロリとフォークが滑り落ちて床を叩いた。
    「ん…!…ぅ、」
    不意打ちの口付けにすぐさま文句なり拳なり飛んでくるかと思っていたのだが、これといって桐生は抵抗の意を見せなかった。
    調子に乗って舌を入れてみると、桐生は微かな声を漏らして瞼を下す。頬に長く影を落とすまつ毛はえも言われぬ色気があって、どうにも形容し難い想いが腹の底に蓄積していくのを感じた。
    部屋の外からは時折、組員たちの楽しげな声が聞こえてくる。あまりやりすぎてはと思うものの、一度こうして触れてしまうとどうしたって歯止めが効かなくなるもので、舌先で強引に歯列を割り、奥で縮こまっている舌に触れた。
    遠慮も何もなく舌を擦り合わせれば、ぎゅっと掴んだ腕に力が籠る。たったそれだけのことが何故だか無性に可愛らしく思えて、性急に舌を絡ませた。
    「ぁ……、んッ…」
    「ん…、…は、ぁ」
    さっきまで食べていたケーキのせいだろう。触れた舌がひどく甘ったるい。遠慮がちに差し出された舌を外へ引きずり出し、この先をねだるようにやわく歯を立てると、伏せられたまつ毛が震えて瞼の隙間からひっそりと熱を滲ませる瞳が覗いた。
    「…今日は、朝まで一緒におれるか…?」
    唇を触れ合わせたまま、夜を共にしてくれるかと問いかければ、また考えるように熱を隠しきれない瞳が宙を彷徨う。
    けれど、それは一瞬のことで。
    桐生が手に持っていた皿をテーブルへと戻した拍子に、カチャリと微かな音が部屋の空気を揺らした。
    「口説き文句次第では…、考えてやらないこともない」
    そう小さな声で囁いて、桐生は試すように真島を見つめ返す。
    その瞳に確かな熱を宿して。

    「朝まで、側におって欲しい」
    包み隠さず本心を曝け出し、些か乱暴にソファへ押し倒すと、愛おしい男は口許に薄く笑みを乗せる。
    そして、空気に溶けてしまいそうな掠れた声でまぁまぁだな、と囁いた。

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