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    15saihasaikou

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    15saihasaikou

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    50代ロがやっとド(合法ショタのすがた)に出会うが、孤独がしみついてしまっていて…みたいな話です
    ハッピーエンド
    ドは外見が育ちにくい設定で中身は大人です

    #ロナドラ
    lonadora

    ロナルドさんちのノラネコ 遮光カーテンは安物だったが、毎日けなげに朝日を遮ってくれている。昼近くになってやっと日差しがまぶしく感じられる。今日目が覚めたのも朝とは呼べない時間帯だった。朝はやくに起きることが健康に良いことを知識として知ってはいても、それを実行はできない。【ロナルド様】はいつも夜遅くまで活動していた。【ロナルド様】でなくなった今も、その習慣が抜けきらない。

     食卓には一人分の空のおわんと、箸と、コップがきちんと並べられていた。冷蔵庫をあけると料理の乗った皿がふたつ置かれている。今回用意されているのはさんまの蒲焼と、ほうれん草のおひたしのようだ。さんまは茶色く美味しそうな色合いをしていて、ほうれん草はまだ瑞々しい色合いで綺麗に同じ方向をむいて並んでいる。さんまが乗っている皿はレンジにいれてボタンを押した。そして、しょうゆを探す。……見つからない。以前だったら冷蔵庫に入っていたのだが、今は無いようだ。棚にも見当たらない。あまりなじみのない名前の調味料ばかりが見つかる。ちょっと見ないうちに台所はすっかり自分のテリトリーではなくなってしまった。
     ボンッとさんまの弾ける音が鳴る。しょうゆを諦めて、レンジから皿を取り出し、おひたしとともに食卓に置いた。おわんを持って炊飯器をあけるとほかほかと湯気がたちのぼる。つやつやとした白米を、一人分より多いくらい乗せて、すこし考えて適量に戻した。食べ過ぎると怒られるのだ。ジョンの分だったのに、と言われると、ジョンの悲しい顔が頭をよぎってなにも反論できない。……それからふと思い出して、冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。

     ……いただきます。頭の中でそう言って、食べ始める。さんまからは丁寧に骨がとりのぞかれている。うまい。本当はもっと濃い味付けが好みだが、わざわざ自分のためにつくられた料理である、というだけでかなりの付加価値が感じられ、感動的ですらある。おひたしにしょうゆをかけたかったことなどすぐに忘れて、うまいうまいと食事を進めた。麦茶もなぜだかやたらと美味しく感じる。

     ごちそうさま。頭の中でそう言って、食後と記載されている白い紙袋から薬を取り出し、麦茶で流し込む。そうして食事を終えて、洗面台に寄ったあとは、なにもやることがなくなった。現在は退治人業を休職中で、執筆作業はその更に前から辞めている。そして家事は居候がやってくれる。

     家に閉じこもらずに、運動をしてください。医者から言われた言葉が頭をよぎる。しかし何処へ行けばいいのか……。カーテンを開いて窓の外を見ると雲一つない青空が広がっていた。途方にくれるほど、遠くまで蒼い。
     視線を室内に戻してうろつかせると、扉にメモが貼られているのを見つけた。外にでるなら以下の物を買ってくるように、と書かれていて、下には食材や日用品が書き連ねられている。助かった、という気分で、そのメモを懐にしまった。メビヤツに声をかけて、預けていた地味な色合いの帽子を被る。

     ――50代になってから、不摂生がたたって体を壊した。体は鍛えているから大丈夫だと思っていた。いつまでも若い時と同じように過ごしていたのが悪かったらしい。それでもなんとか退治人業を続けようとしたが、一度倒れて以来、周囲から心配のまなざしで見られ続けることに耐えかねて、一時的のつもりで休職した。【ロナルド様】は生活習慣病を心配されたりなんかしないと思った。どうすればいいのかわからなくて、困ってしまった。栄養指導を受け、宅配の塩分制限された弁当なんかも紹介されたが、味気なくて気が滅入った。【ロナルド様】はこんなことで悩んだりしない。

     くさくさしていると、休職中だとは知らずに依頼人が来た。凶悪な一族だと噂されている吸血鬼に子どもが捕らえられたらしい。念のためギルドにも連絡をいれ、マスターからの制止をふりきり、先行した。刺し違えてでも子どもを助けるのは【ロナルド様】らしいじゃないか。そう頭の片隅で考えていた。

     しかしそうして向かった先にいた吸血鬼は、年若い少年の姿をしていた。血筋は確からしいが能力も蘇ることだけ、細い体をしていてすぐに死ぬ。噂なんてアテにならないものだ。城を訪れてすぐに依頼人の誤解に気づいた。しかし、自らの意志で城に不法侵入していた子どもと追いかけっこをするうちに、城が盛大に爆発した。まるで派手な吸血鬼退治のワンシーン。現役時代だったら絶対にロナルドウォー戦記のネタにした。
     いや、そんなことよりも吸血鬼……ドラルクが心配だった。ほぼ自業自得だったとはいえ15歳くらいの年頃の子が住居を失ったのである。城ががれきまみれになった頃には、そろそろ朝日が昇る時間帯でもあって、ひとまず使い魔のジョンとともに、ドラルクを家へと招き入れた。

     そしてよくよく話を聞いてみると、ドラルクは15歳ではなく238歳なのだという。外見が育ちにくい体質なだけで、中身は大人だから、もう実家暮らしはキツい、ここに住むと言い出した。
     それが嘘だとしたら実家に帰りたくない複雑な事情があるのかもしれないし、本当だとしても、見た目が15歳であるドラルクと可愛らしいばかりであるジョンをほうり出すのは気が引けた。とりあえず数日、と思って居候を許可したら、あれよあれよという間にドラルクは台所の主になり、そして手料理が食べられるということのありがたみに絆されてしまった。招かれないと家に入れなくて不便だというからドラルクキャッスルマークⅡと書いた張り紙も扉にぺたりと貼ってやった。今は休職中であるし、子どもの悪戯みたいなものだと思うことにして。

     最初ドラルクはからあげなど脂っこいものを作っていたが、さいきんはすっかり大人しめのレパートリーになった。からあげは昔も今も好きだが、胃がもたれるようになってしまっていたので、魚中心でも不満はなかった。それに大人しめといっても驚くほどさまざまな料理をつくってくれる。
     日常サイクルを邪魔するようなこともなく、日がでている間はひっそりと棺桶で眠り、真夜中も騒ぎすぎることなく、どこかへふらりと出かけていった。ドラルクが出かける前に話すこともあり、その間は大変に賑やかだが、しつこく絡んでくるようなことはない。絶妙な距離感を意識的に保たれていることが感じられた。やはり本当に大人なのかもしれない。
     現役時代ならば一晩中でもドラルクのばか騒ぎに付き合えたかもしれないが、今ではきっと無理だろう。ドラルクの父親が遊びに来たことがあり、見事な白髪をなびかせていたが、それでも自分より若く感じられた。長時間ずっとドラルクとわいわい話していたからだ。そんなドラルクたちから年下扱いされているのは非常に奇妙な感覚だった。

     人外とそうして暮らし始めて、気づけば数ヶ月が経とうとしていた。基本的にはべつべつに暮らし、たまに食事をともにし、話すという生活は、孤独をすこしなぐさめてくれた。ご隠居が手のかからない動物を飼うとこういう気持ちになるのかもしれない。過干渉はせず、お互いのペースを保ちながら、穏やかな生活が送れる。刺激は体に、悪いのだ。セロリの襲撃や珍妙な取材のような刺激は友人ふたり分だけでいい。
     しかし……。【ロナルド様】は刺激を避けたりなんかしない。【ロナルド様】に戻れないままもう数ヶ月経ってしまった。このまま、もう戻れないまま、あとはただ、抜け殻として生きていくのだろうか。それを具体的に想像できることが、なによりもおそろしかった。【ロナルド様】を手放そうとしていることが。

     ……バナナジュースでも飲むかい。声をかけられて、はっと閉じていた目を開いた。冷や汗がこめかみを伝い、顎から落ちる。以前執筆に使っていたデスクで、長時間うつむいて考え込んでいたらしい。いつの間にか夜が更けている。ドラルクは傍らに姿勢良く立っていて、蝙蝠が翼を閉じているみたいに夜色のマントを身にまとっている。年若い顔つきに似合わない落ち着き払った瞳と目が合う。
     ジョンがバナナ味を欲していてね。君も好きだろ、バナナ。
     ヌー!
     ああ、ジョンが、飲みたいんなら。そううなずく。はっきりと誘導尋問に乗らされているのを感じた。しかしドラルクは哀れみの感情を見せず、ジョンとイチャつきながら台所へむかった。

     首を真綿で締めるように取り囲む、やさしい心配のまなざし、を思い出す。……大丈夫。大丈夫だ。ここにそれは無い。【ロナルド様】でいられなくなる自分を象徴するものは、ここには。あるとしたら頭のなかにだけだ。台所から響くミキサーの音に耳を傾けながら、呼吸を整えた。大丈夫。大丈夫だ。

     やがてドラルクがふたつのグラスにいれたバナナジュースをもってくる。やわらかいクリーム色のジュースに、シリアルがちょこんとひとつまみ乗っている。ひとつのグラスにはおおきなハートマークを描くストローが刺さっている。ストローが刺さっていないほうをデスクに置き、ストローが刺さっているほうをジョンに渡した。
     甘ったるいことを覚悟して飲んだが、意外にもさらっとしたやさしい味わいだった。これなら糖質という単語を意識せずに飲める。ジョンはもっと甘いのが好みなんじゃないかと思ったが、美味しそうにすぐ飲み干していた。

     ジョンが君からサインを貰いたいんだって。ドラルクがおもむろに言う。こないだいっしょにロナ戦を読んだんだ。それで、すっかりファンになったんだって。
     ……ああ、そうなのか、嬉しいよジョン。俺なんかのサインでよければ、いくらでも。
     ジョンがファンのテンションでおずおずと差し出した色紙にサインを描く。ひさびさだったのですこし線が歪んだ。
     今は休職中みたいだけど、復帰と新刊いつまでも待ってますってさ。
     そう言われて素直に嬉しく感じた。休職という名の引退だろうとやさしいまなざしで気を遣われるほうが堪えただろう。
     ありがとうな、ジョン。そう伝えるとジョンが嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。色紙を自分の寝床にいそいそとしまいにいくのを、ドラルクとともに見守る。

     ふとドラルクがロナルドウォー戦記をどう感じたのか気になった。ドラルクも自分に【ロナルド様】を求めるかどうかということが、急に重要なことのように感じたのだ。ちらっとドラルクを見ると、察したようにやれやれ顔で肩をすくめられ、少々腹が立って血圧があがった。
     私はあまり完璧な存在には興味がないんだ。完璧な存在は私だけでじゅうぶんだからね。【君】のほうが人間らしくて、好みだ。
     そう言われて、動揺した。こころのやわらかい部分に踏み込まれた気がした。ドラルクが笑い、ひらりと身をひるがえして離れていった。マントが手を伸ばせば掴めそうな位置で翼のようにはためく。思わず手を伸ばしかけて、すぐにぐっと、こぶしをつくって耐えた。ドラルクとジョンはそのまま出かけていき、バナナジュースだけが手元に残された。

     その後しばらくジョンに【ロナルド様】ブームが到来した。ドラルクがジョンのサイズの赤い衣装をこしらえ、ジョンがりりしい表情でそれを身にまとい、パトロールに出かける。実際のルートが知りたいというので、吸血鬼の出没しない安全な日中に、ジョンといっしょに出かける習慣ができた。ジョンはすっかり街の人気者で、一緒に歩いていると、さまざまなひとに話しかけられた。ジョンの可愛らしさを話題の中心にできるので非常に交流がしやすく純粋に楽しい。

     アラッ、ロナルドじゃな~い! ギルドの近くを通りかかった際にシーニャと出会った。あいかわらず年齢不詳の美魔女といった雰囲気をただよわせている。キャア、ジョンなにその服、かわいいわ~! アタシの服も似合ってたしジョンはなんでも着こなせるのねえ! その時の記憶がよみがえったのかジョンは影を背負う。
     アンタのとこのクロネコちゃんが作ったんでしょ? あの子ギルドにもたまに顔を出すのよ、ほんと面白い子よね~。
     シーニャとしばらく近況を話して別れた。ジョンだけでなくドラルクもだいぶ街に馴染んでいるようだ。吸血鬼なのに吸血鬼退治人ギルドに出入りするのは馴染みすぎている気もする。

     それにしても、クロネコとは。やはりご隠居が猫を飼いだしたみたいな状況だと思われているのかもしれない。しかし猫は家事をしないだろう。それを考えると状況は逆になる。
     年老いて、テリトリーでの役割を果たせなくなったノラネコを、吸血鬼が気まぐれに世話しているのだ。こころのやわらかい部分に踏み込まれることをどうしても拒否してしまう今の自分は、ぜったいに腹を触らせないタイプの猫に似ている。

     ……たとえば。たとえばドラルクの見た目と同じ、15歳の頃にドラルクと出会っていたら。いや、そこまで昔じゃなくてもいい、たとえばロナルドウォー戦記がまだ数巻しか出ていないような頃、人生の半分以上前に、ドラルクと出会っていたら。そうしたらさんざん文句を言いながらも、腹を触らせていたかもしれない。この凝り固まった、厄介な孤独は、存在しなかったのかもしれない。そんなことを夢想した。

     ……でも、【君】が好みだと、言ってくれた。

     もうすこし今の自分を許してやってもいいのかもしれない。よく考えてみれば、腹を触らせない猫も、それはそれで良いものだ。

     ――適度な運動と食生活をしているようですねと医者に評価された。実際さいきんは体の調子が良い。もう下級吸血鬼相手の仕事ならば、周囲に心配をかけずにできるかもしれない。執筆も再開した。内容は過去話ばかりだが、そのうち今のことも描けたら、と思っている。
     そしてそこでは、相棒として、吸血鬼のことを紹介することになるだろう。


    ヌン
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