写真には紫外線と空気が天敵らしい。遠い地から届けられた、アルマジロと宇宙人に似た生き物のあたらしい写真を額縁に挟み、太陽光の届かぬ部屋に保管する。なんだか棺桶で眠る吸血鬼のようだ。自分が生まれるより前から吸血鬼の棲んでいるこの城は、写真の保管にも適している。写真ばかりがずらりと並べられたその部屋は静かに歴史を積み重ねている。
並べられたその写真にうつるアルマジロたちはしょうじき見分けがつかない。我がパートナーではないということしかわからない。そして自分にとってはそうでも、彼には見分けがつくのだろう。あるとき写真を見つめてしばらく元気をなくしていた頃があった。それは彼の両親の寿命がきそうな頃のことだった。
自分には経験のないそれに、どう寄り添えばいいのか皆目見当もつかなかったが、とにかくあたたかいものを食べてあたたかい場所にいてほしくてあれこれと行った。いま思えば彼は元気を出すよりも悲しんでいたかったかもしれない。しかしそれでも自分のために笑ってくれた。
――両親。血族。その穴は自分には埋められるはずもない。埋められないから距離をおこうと……したのだった。かつて使い魔契約を結ぶ前、アルマジロの群れにいる彼を見て、アルマジロではない自分では駄目だと思った。代わりをつとめられないと。何にも替えがたい存在がいる場所から彼を連れ去っていいはずがないと。そして城へと帰り、自分は彼の代わりを求めた。昔お気に入りの靴下のサイズが合わなくなったとき、寝るときいつも抱き締めていたぬいぐるみがボロボロになってしまったとき、泣きながら代わりを求めたのと同じように。しかし。
(私の頭のなかから出ていけ)
自分が何かを失ったと感じたとき、そう思わなかったのは、彼に対してだけだった。
靴下やぬいぐるみを失ったときは悲しみのあまり頭から記憶を閉め出そうとした。もう無いものが心を支配しないでほしかった。でていけ、でていけ、と呪文のように唱え、代わりのものを盲目的に愛した。
どんなものであってもいちど愛着のわいたものの穴を埋められるはずがないのに。形のちがうものがそこにあるだけなのに。彼というおおきな穴が生まれるまでは、そんなことにも気づかなかった。
部屋に転がる大量の丸いものと、どうしても捨てられなくて、部屋の隅の箱にしまいこまれたかつての宝物たち。
(私の頭のなかから出ていけ)
――そんなことを思ってごめん。昔お父さまから贈られたお気に入りの上等な靴下も、お母さまがいなくて寂しいときに泣きながら抱きしめていたぬいぐるみも、君たちの他にはいない。君たちはずっと私の一部だ。
愛している。あの子と血族の次に、だけど。
そんなことを取り留めもなく考えていたら、彼のほうから永い旅を経て会いに来てくれたのだった。
アルマジロとよくわからない生き物が仲良く並んでいる写真の額縁から、ひとつひとつ、埃を丁寧に取り除いていく。彼らの代わりになれないなどと考えることこそが不遜だった。私にとって彼の代わりはおらず、彼にとって私の代わりはいないことを考えれば、当然のことだった。
ヌー!と部屋のそとから声が聞こえ、どたどたと、五歳児のたてるうるさい足音がつづく。今日は五歳児が見たいと騒ぐからこの城へとやってきたのだ。掃除もそろそろ終わりにしていいだろう。城の探検にいそしみ腹を空かすであろう彼らの食事をつくらなくてはならない。
彼の両親に挨拶したときのように礼儀正しく胸に手をあてて、かけがえのないものたちに敬意を表してから、退室した。
ご子息をお預かりします。これからもずっと。
完