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    爛れた大学生上一が爛れる前のはなし 出会い編

    上条当麻はレポートのために大学図書館にいた。
    これだけを聞くといかに上条が真面目な学生であるかと感心されるだろうが。
    レジュメを斜め読みして「あー面白そうだなー」なんて軽い気持ちで履修登録した授業が毎週レポート課題、しかも参考文献はポンポン買ってはいられない高額書籍ばかり。仕送りの額が限られている極めて一般的な大学生の上条としては、人生で1回しか開かないであろう本と明日の食費を天秤にかけ、もちろん餓えのない明日を選んだ、それだけのことである。
    平日昼間の図書館は、講義中の時間帯であるためかまばらに人がいるばかりだ。目当ての本が貸出可であることを入口付近の端末で確認し、メモした書架を探すべくゆっくりと奥に進んでいく。
    一歩ずつ、図書館の奥へ進むほど、並ぶ本の専門性は増し、周りに人はいなくなり、背表紙の文言も小難しくなっていく。メモと同じ番号の書架に辿り着いた頃には、周りにあるどの本もタイトルから内容を全く想像できないほどだった。一冊ずつ目当ての本を探すにも目が滑るので、何度も何度も同じ棚の前を行き来していた。

    「なァ、そこの本取らねェの?」
    「えっ?」

    背後から声がかけられるまで人の気配なんて感じなかった。驚いて振り返り、上条は目を見開く。
    真っ白い亡霊がそこにいた。
    聞いたことがあった。大学図書館の奥、稀にいるらしい、白い髪に白い肌の″図書室の亡霊″の噂。
    目立つ見た目をしているのに、図書館以外でその人を見たことがないからそう言われているらしい。心霊など信じていない、霊感もない上条としては、よくある噂か、大学デビューで派手髪にした学生か、はたまたハイセンスな教員かもしれないだと思っていたのだけど。

    「取らねェならどけ。俺ァそこに用があンだよ」
    「あ、ああ、悪い……」

    圧の強い物言いによろけるように上条はふらふらと離れる。すでに上条のことなど眼中にないらしい亡霊は、眼球だけを動かして本を探しているようだった。
    瞬きをいくつかしても、亡霊がそこにいる。
    噂通りの白い髪、白い肌。肩にかかる程度の髪は脱色剤で傷んだ様子はなく、青白く不健康な印象の肌も近くで見ると凹凸がなくつるんとしていて、人形とか陶器とか、生き物っていうより作り物みたいだな、とぼんやり思っていた。
    しばらくの間、亡霊を見つめていたらしい。亡霊が不意にこちらを向き直るので、慌てて視線を書架に移した。横目で確認すると亡霊の手元には数冊の本を抱えていて、既に用事は終わっているらしい。
    亡霊が俺をじっと見る。何か御用でせうか、と上条が尋ねる前に、亡霊が口を開いた。

    「おい、どの本だよ」
    「え?」
    「探してンだろ、ずっとウロウロしやがって」

    真っ白な手がひらりと揺れて催促するので、上条は探している本のメモを渡した。亡霊は上条の手から奪うように受け取ったメモを一瞥し、すぐ書架に向き合う。上条が亡霊に並び立ち書架を見るより早く、隣から一冊の本が差し出された。
    ありがとうと伝えて受け取ろうと、した。指先が本に触れる前に亡霊が腕を引き、上条の手は空を切る。

    「へ……うわっ?! あ、の、」
    「亡霊だと思ったかァ?」

    よろけて腰を折る様を見下ろして、笑う赤い目がまっすぐに上条当麻を見ていた。再度差し出された本を受け取ろうと上条がおずおずと震える手を伸ばすと、くつくつと笑う声まで漏れている。揶揄われているのはわかっているが何も言えばいいのかわからない。今度こそ受け取った本の裏で、亡霊の指が偶然に触れた。少し冷たい指先が確かにそこにあった。

    「残念だったな、ただの学生でよォ」

    ひらひら、白い手のひらを振って去っていく背中が書架の向こうに溶けるように消えていく。残された上条は白い背中が消えていくのをただ見ていた。見送って、それからずるずると床にしゃがみ込む。お目当ての本を見つけてもらったにもかかわらず、動けない。
    明らかに通路を塞いでいたが、相変わらず周りに人はおらず、上条ただひとりだけ。
    叫び出したい気持ちをこめて思いっきりため息をついても、誰の迷惑にもならないだろう。

    はあ。ーーとりあえず、ただの学生ではないだろ、おまえ。
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