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    いずみのかな

    @runco_a

    もともと創作文芸にいましたが最近は二次パロ小説ばかり書いてます。主にパトレイバー(ごとしの)、有栖川作家編(火アリ、アリ火)。甘くない炭酸が好き。

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    いずみのかな

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    有栖川作家編 学生時代、酔っ払いと片思い。暗いっていうか陰気です。アリス→火村

    #有栖川作家編
    editedByArisugawaWriters
    #BL

    あらしの前 年に一、二度こういうことがある。

     本棚に囲まれた狭い畳敷き部屋の隅で、すっかり呑まれて眠り込んでいる火村を起こさないように、有栖は散らばった酒の缶を台所に運んでいた。
     スルメとカワハギと、ワンカップとビールとそしてキャメルの匂いが混ざったこの部屋は、ヘタな場末の酒場よりもすれた雰囲気になっている。火村といえばアルコールが回ったからか、眠り込む直前「暑い」といってシャツのボタンをいくつか外していたから、春になり多少空気が温くんだとはいえ、どこか寒そうに素肌を晒している。健康的というより典型的な酔っ払いの肌がほんのりと赤く色づいているのが、先ほどから何度も有栖の目に飛び込んできていた。
     このつまみ類を片付けたらあのボタンを留め直そう。
     そう順序を決めて、改めて机の上に散らばった乾き物をすべてごっちゃにして適当なプラスチックの容器に入れていくうちに、ふとちゃぶ台の上に置きっぱなしになっていた素朴な指輪を見つけてしまい、有栖は思いっきり顰めた面を作った。
     火村は滅多なことでは人に心を開かない。女性の殆どはウザいだけだ、と公言するだけあって、そこそこの容姿ゆえか時々なされる告白も大抵は切って捨てている。ヘタな期待を抱かせるよりは、が口癖だが、だからと言って冷たすぎるのも問題だろう、と以前苦言を呈したら、盛大に嫌な顔をされて「来るもの拒まずのお前に言われたくない」と返された。その頃の有栖は火村が言ったとおりに、告白されるままに女性と付き合っていたから上手い反論が見つからず、結果としてやっぱり嫌な顔になってしまい、そのすぐ後二人で笑いあったものだ。もっとも言い訳するならば、大してもてるわけではないから告白された回数もたかが知れているのだが。
     その火村もごく偶には恋をする。普段すべてに対してそっけない分、その真摯さは見事なものだ。しかも、それは静かに控えめに相手に示される。押し付けない、しかし引かない。そんなスタンスで意中の女性に接する。火村がどんな顔で、どんな言葉で女性に愛を告げるのか、有栖は知らない。大抵は有栖が知らないうちに火村は誰かと恋に落ち、気付けば学内を二人で歩いていたり学食で談笑している姿を見るのが常だった。
     そして、二、三ヶ月後には振られる。そのときだけははっきりと有栖にも判る。善意の第三者かただの野次馬か、下手をすると名も知らない誰かが「なあ、さっき火村のやつ振られとったで。あんだけの顔で振られるんや、よっぽどの甲斐性無しなんやなあ」とわざわざ教えてくれるからだ。そうすると有栖は「まあ、人の不幸を喜んでるやからに比べれば相当甲斐性のある奴やけどな」と返して、酒を買い込んで北白川へと乗り込んでいくわけだ。すると火村は小さく笑って、二人で酒盛りへとなだれ込んでいくのが常である。
     甲斐性がないと、口さがないものは好き勝手言うが、有栖に言わせれ火村ほど甲斐甲斐しい男も滅多にいない。口はきついし態度も判りにくいし、一見相手に全く気を払ってないような行動を取るが、よく観察すればそれらは全て表面的なものであるとわかる筈だ。さりげなく出される助けの手とか、タイミングよく言われるちょっとした助言、なによりもこちらを尊重してくれている態度。ただ尽くせばいいと勘違いして、せっせと女性に媚を売る男性と根本が違うのだ。
     だが、火村が火村なりに紳士的な態度で真剣に恋人に向き合っても、恋は長くは続かない。
     有栖には彼女たちが火村から離れていく理由が少しだけ判る気がする。正直言ってこの男と正面切って付き合っていくと怖くなってくる。そして寂しくもなってくるのだ。火村は懐に入れた人間に対して、見せてもいいところはおおっぴらに見せる。しかし、見せないと決めた領域は絶対に晒さない。どんなに強く願っても決して開かない扉があって、それに気付いてしまったら大抵はお終いだ。誰だって人目に見せずに抱えておきたいものはいくつか存在するが、それでも火村のように強固な壁は張り巡らせていない。人の全てを理解したい、なんて夢物語をいう年代は過ぎつつあるが、それでも、と思ってしまうのが恋する人間の特徴だ。そして勝手に絶望したり悲しんだりする。
     つまりは双方の問題であり、克服することも出来ない傷害だということか。
     火村がどういうつもりでこの指輪を贈ろうとしたのか、有栖は余り考えないことにする。一度だけ教室前で見かけた彼女は、地味な顔立ちながら利発そうな目と、ややショートカット気味な短い髪が印象的だった。服装は動きやすさが第一で、流行はその次なそっけなさがあった気がする。その他の細かいことは覚えてないが、アクセサリー類と無縁なことは確かだ。三つの細い輪が絡み合った指輪はシンプルで控えめだが、やっぱりあの女史の指には余る気がした。
     指輪を見て呆けてたのは多分ほんの一瞬だけのことだろう。有栖は無表情で指輪をちゃぶ台の端によけて、淡々と乾き物を片付けていく。そして、机の上がだいぶマシになったところで、今度は奥の部屋に行き、万年床からタオルケットを引っ張り出すと、無造作に火村の上にかけた。彼も肌寒かったのだろう、すぐにそれを掴んで、包まるように体に密着させる。その様子が妙にかわいらしく映って、有栖は少しだけ顔をほころばせた。人間は寝ているとき大抵無防備だ。あどけないとか邪気がないとか、そういう単語からは程遠いが、それでも普段の、どこか警戒しているような蔭はだいぶ薄れていた。よく見れば頬にはうっすらと髭が生えてきている。それが妙にやさぐれて見えて、昔の邦画に出てくる鉄砲玉のような雰囲気を結果的にかもし出しているように思えた。
     それは普段からか、と有栖は思い直す。この男はどこか規格から外れているのだ。普通に学業を学び、バイトで本代を稼ぎ、時々は友人(大体は有栖だ)のバカ話に思い切り笑い、こうして失恋して凹むこともあるのに、でもその全てがちょっとずつはみ出している気がする。鬱気質ではないが生への執着は薄そうに思えるし、なにか大事なものを得ようとしても最後には諦めてしまうようなあっけなさもあるように見える。
     それらは全て有栖が勝手に受けている印象だが、あながち間違ってはいないだろう。多分。
     目を離したら消えそう、とは言わないが、ある日下宿に来たら何処かに越してそうなのだ。
     ん……、とちいさくうめいて、火村が少しだけ寝返りを打った。新年度が始まり、目の前の御所の桜も散りはじめているとはいえ、夜はまだ肌寒い。後で起して、布団に叩き込まないと、とぼんやりと考えた。
     でも今でなくてもいいだろう。
     柱に掛かった古い時計は、少し前に次の日が訪れたことを無言で告げている。外を走る車もないのか、薄いカーテンの向こうから聞こえてくるのは沈黙だけだ。火村を起して自分も寝ようか、と一瞬考えたが、結局有栖は薬缶を火にかけて、火村と差し向かいに座った。
     湯が沸くまで少しぼおっとしているつもりだったが、どうしても机の上の指輪に目が行く。
     彼は、どんな顔でこれを選んだのだろう。無表情で、それとも多少の笑みは口に乗せてたのだろうか。いずれにしても、そこに込められているものと、いかようにも込められる意味が濃縮された輝きは、余り綺麗に感じられない。
     そして、指輪は拒否された。
     その有り触れた残酷さを思うと、有栖は少しだけざらついた気分になった。
     耳に蒸気が出始める勢いの良い微かな音が届いたので、有栖は台所へと戻り、粉をカップに入れてインスタントコーヒーを作る。湯気と共に立ち上る高尚でなくても香ばしい濃厚な香りを少しだけ楽しむと、また先程と同じ、火村の顔が見える辺りに座った。
     ミルクを入れる気にはならなかった。こんな夜は、苦味を舌で味わうのが相応しいだろう。
     再びひっそりとした部屋で、ニ、三口続けて熱いコーヒーを嚥下する。そっと置いたつもりだが、マグカップは鋭い音を立ててちゃぶ台に収まった。
    「……俺にも」
     聞こえた、枯れた声に顔を見ると、明らかに寝惚けた様子で火村が有栖のことを見ている。焦点の合ってない目に映る自分を見返しながら、有栖はそっと声を掛けた。
    「悪い、起したか?」
    「いや……、いい匂いがしたから……」
     もそり、と体を起して、ふと自分の肩辺りを見た火村は、ふと柔らかい表情を浮かべた。
    「悪いな。気ぃ使わせた」
    「そんなん……、ちょっと待っとれ。さっき沸かしたばっかやからすぐ出来る。牛乳は?」
    「いい」
    「わかった」
     目を醒まそうと何度か頭を軽く振る火村を横目に、有栖はまた台所へと立った。
     今日は本当に、静けさが降り積もっているような日だ。火をつけるため捻るスイッチの音も、いつもの倍耳に鋭く響く。間もなく沸騰した湯を注いで、自分よりも少し薄めのコーヒーを作った。彼がこれを飲むのはもう少し後だが、香りだけなら入れたてから存分に味わえる。
    「ほれ。……ほんまに牛乳ええんか? もっと早く飲めるようなるのに」
    「いや。……今日みたいな夜には、なんか無性にブラックを飲みたくなるんだよ」
     訳なんかねぇけど、と受け取ったカップから香りだけを存分に嗅いで、それをちゃぶ台に乗せる。そうしてから改めて周りを見渡して、
    「……悪いな、なにからなにまでやってもらって」
    「謝るな、気持ち悪い。それにこれは結構高いで」
    「だろうな。バイト代が出てからにしてくれると助かる」
    「しかたないから、それまで待ってやるわ」
     有栖の言葉に火村は、「そりゃありがたい」と笑った。
     屈託なく笑う男だと、有栖は思う。余り笑わないし、偶に見せるのも皮肉めいた笑みを貼り付けたそれが多いから、彼を表面的にしか知らない人はそれこそ冷ややかなイメージしかわかないだろう。
     実際は笑顔の安売りをしないだけだ。愛想笑いを振り撒くこともなく、その場のおべっかを使うこともない。有栖は、そんな火村の笑顔が好きだ。自分以外に見せるな、と暗く願うほどには。
     ただ見とれているのも間抜けな気がして、目線を下へとずらす。と、無意識に気にしていたのだろう、自然とテーブルの上の、鈍い光りに目が行った。
    「遅かったらしいぜ」
    「え?」
     火村は、今度はいつもの皮肉めいた笑みを浮かべながら、あごをしゃくった。
    「今更気持ちを形に変えられても困る、だってさ。ほんと、出ててついてないだけで、違うもんなんだな」
     胸ポケットを探り、煙草を一本取り出して火を付けながら低く嗤う。「察せられない、っていうのは致命的な欠陥なんだろうよ」
    「そんなことない」
     有栖は即座に否定した。そんなことを聞きたくはない。
    「言わん方にも責任があるやん。羊の皮を被っとったらなんでも許されるわけやない」
    「そうか?」
    「当たり前や。なんでもそうやろ。自分の努力を放棄して、相手の努力不足をなじる、っていうのは良くない」
    「アリスらしいよ」
    「どこがや」
     自分で言った言葉が跳ね返ってくるようで、有栖は複雑な顔で笑った。火村は天井へと顔を向けて煙を吐き出す。白いものが薄く霧散して消えていった。
    「俺は……、だいぶお前に甘えてると思うよ。アリスが甘いから俺がつけ上がる」
    「つけ上がっとるのか」
    「上がってないか」
    「最近うなぎのぼりやな。……冗談はおいておいて、気にし過ぎや。それに……そういうんは気分悪い」
    「……悪かった」
     ばつが悪そうな顔をして低く謝ったあと、火村はあー、と小さくうめいて頭をがりがりと掻いた。「こりゃ相当に酔ってるな。お子様思考になってるぜ」
    「お子様なのはいつものことやろ」
    「は、俺のどこらへんがお子様だ」
    「そうやって言い返してくるあたりが」
    「今は酔ってるからいいんだよ。……って、まただぜ、くそ」
     ちっ、と舌打ちした様子が、それこそ中学生ぐらいに見えて、有栖は思わず笑ってしまった。火村はなんだよ、と言わんばかりに睨みつけてくるが、いかんせん酔っ払いだから目に力が余りない。
     面白くないといわんばかりに吸おうとした煙草がだいぶ灰になっているのを見た火村は、ああちくしょう、とうめいて灰皿にそれを押し付けてごろんと横になった。うーとかあーとか小さく唸っているのを見る限り、自己判断とおりいかにも酔っ払っている。
    「おい、寝るなら布団いけ」
    「寝ないよ」
     即答するあたりが怪しいものだ。
    「水持ってくるか?」
    「いや、いい。ありがとな」
    「礼言われるほどのことか」
    「言わせろよ」
    「なんやそれ。大体なぁ」
    「いいから。……本当、感謝してるんだ」
     その代わり普段略してるからバランスは取れてるだろう、と火村は小さく笑う。普段から言いやがれ、と突っ込みながら横っ腹を軽く叩くと、全くだな、とますます笑いながら答えてきた。
     いかにもじゃない。正真正銘の酔っ払いだ。
     しかし、こんな風に酒に身を任せるような男ではないことを知っている分、有栖の心は小さく軋んだ。
    「……好きやったんやな」
     つい漏れたその一言に滲んでしまった色に、有栖は一瞬慌てた。が、火村は気付いたのか気付かないのか、天井を眺めたままだ。
     何を言うべきかを見失い、有栖はただ手持ち沙汰にコーヒーを呷った。それはとっくに冷めていて、喉に半端に染み渡る。耳に嚥下する音が響いた後、暫くは他に何の音もなかった。
    「どう思う?」
     火村がぽつりと口を開いたのは、時計の針が何分度か動いた頃だった。相変わらず上を向いたまま、火村はもう一度「なあ、どうなんだろうな」と繰り返した。有栖に話しているというよりも自己への問いかけのように、それは感じられた。
    「……どう、ってなにが」
     それでも敢えて、有栖は相槌を打つ。
     火村がそっと、顔を有栖の方に向けた。目のあたりがほんのりと赤い。少しだけ潤んでいるようにも見える瞳の奥の方に、なにかを嘲笑う光があるように思えた。
    「そうだな……、多分、別れたことは全然ショックじゃないんだ。ああ、そうか、で納得して、全く引きずっちゃいないんだ」
    「……」
     有栖は火村を見下ろした。顔にも声色にも、これといった表情はない。事実を事実として、ただ淡々と話している、そんな印象を受ける。せめて話してる内容と釣り合う表情をしてみろ、と有栖は内心毒づいた。
     いつもそうだ。内心は感情で溢れそうなくせに、それを表層にまでもってこない。さも平気な振りをして、全てから距離を置く。
     七面倒くさい奴だ。
    「初めからいてもいなくても変わらないんだったら、そりゃあ振るだろうさ。さっき言ったろ、言わない方にも責任がある、って。全くだな」
    「そしたらつまりお互い様やん。どっちかが浮気した、とかそんなことやないんだったら、そもそも悪い悪くないって論点が成り立たんとちゃうんか。それに……、スタート時に問題がある、ってことなら、やっぱり互いに原因があるやろ」
    「はじめて聞く論理だな」
    「違うか?」
    「さあな」
     火村は明後日の方に目を向けた。有栖もつられてそちらを見るが、特になにも見えない。或いは――短い蜜月の幻を見ているのか。
    「火村」
     大して張り上げてもいない声だが、部屋に良く通った。込められた感情がそうさせたのかもしれない。
     目線を自分の顔に戻したことに満足して、有栖は穏やかな口調で話し掛けた。
    「なあ……。火村、君、人ににもうちょっと甘えんと。不器用過ぎるわ、ほんま」
     火村の目が一瞬だけ揺れた。多分、少しの付き合いでは気付かないくらいの些細な幅で。
     出会ってからたった二年ぐらいなのに、もうそんな小さな感情も読み取れるくらい深く、彼と付き合って来た。
    「大体格好つけすぎなんや。いい彼氏演じようって思うから最後にボロが出てまうんやろ。ありのままの火村英生でぶつかってみいや。全部さらけ出せ、とは言わん。そんなの俺かて無理やし。でも、まがいもんなら最初から身に纏うのはやめ。……きっと」有栖はあごでテーブルの上のものを指した。「指輪の彼女も、完璧な彼氏なんて願ってなかったんやと思う」
    「……」
     そして、火村の目を軽く覗きこむようにして、
    「まあ、惚れた女に対して格好つけるのも当たり前やけどな。女っちゅうのはその辺を理解せえへん」
     火村は暫くの間、その黒い瞳で有栖の方を見ていたが、やがて、そっと目を和らげた。
    「……お前こそ格好つけすぎだぜ。そういうのは本命に取って置けよ」
    「生憎とそういうことにとんと疎くなってな。目下一番近しい人間に大判振る舞いや」
    「俺か?」
    「そう、お前」
    「そりゃ、ありがたいな」
     そう言ってほっとしたように幸せそうに微笑むから、有栖は急にわめきたくなる。
     その代わりに、思いっきり鼻をつまんでやった。
    「っ、なんだよ」
    「君が恥ずかしいリアクション返すから、こっちが居たたまれなくなるやろ」
    「そりゃ、お前の問題だろう」。火村が呆れたように有栖を見た。
    「君は笑って突っ込みでもなんでもいれりゃええのに。……あああ、恥ずかしい、俺も酔っとるな、こりゃ」
    「いいじゃねえか、男二人、せいぜいむさ苦しく生きていこうぜ」
    「むさ苦しい、と居たたまれないの間には恐ろしいほど距離があるで」
    「どうやって男だけだったむさ苦しくしかならねえだろうが」
     大丈夫だ、傍から見たらなによりもまず、わ、男くせー、としか思われねえと思うぜ、とくどい台詞を述べながら、火村はふあぁー、と一つ大きな欠伸をした。酔いがいよいよ回ってきたらしい。
    「ったく。ほんまに口が減らないやつやな。……俺以外には付き合いきれんちゃうか?」
    「んー、そうかもな。我ながらややこしい性格だとは思う」
    「しかも是正する気もないみたいやし」
    「一人でもわかってくれりゃあいいんだよ」
    「そりゃ光栄」
    「誰もお前とは言ってねぇだろ。でも……、そうだな、やっぱりお前に甘えてるんだな」
     言いながら、目をニ、三度擦る。全身に眠気が襲ってきたのだろう。夢現な表情で、火村は有栖をぼおっと見る。
     自分に無防備な顔をさらけ出している、そのことが有栖の中で暴力的な複雑さを引き出していた。
     不意にバイクが通り過ぎる、高めのエンジンが通りに響いた。その遠ざかる音を耳にしながら、有栖はふと、心の蓋のねじの一本ぐらいなら緩めてもいい気がした。今日なら何を言っても静けさの中に沈むような気がするのだ。そしてあらゆる感情が堆積していくなかで、それは上手くいけば、琥珀ぐらいにはなるかもしれない。
     なによりも、ここにいるのは酔っ払いが二人だ。何をしてもむさ苦しいだけの、男が二人。
    「そしたら、――いっそのこと、俺にしとくか?」
     小さく笑いながら告げた言葉に、火村はふっと目を優しげに細めた。
    「そりゃ無理だ」
    「即答やな」
    「そりゃそうさ」もう一度欠伸をして、火村は囁くように告げた。「お前は本当に俺のことを欲しいなんて思っちゃいないんだから」
     そして目を閉じて、それきり口を開かなくなった。
     規則正しく上下する胸から見て、ついに寝入ってしまったらしい。
     すー、すー、と、火村の浅い呼吸音だけが耳に響く。他にはなにも聞こえない。なにも。
    「君かて」
     もう聞こえていないであろう相手に、有栖はそっと返す。
    「君かて、俺のもんにだけはならんくせに」
     そして静かにかがんで、乾いた唇にそっと、人差し指を置いてみた。一瞬だけの手触りに恍惚としながら、ふとこのまま唇を重ねて、あの首筋に赤く痕が残るほど吸い付いたらどんなに幸せだろうか、と想像して、有栖は鬱蒼と笑った。
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    いずみのかな

    INFOこの度ごとしの結婚アンソロジー『隊長! 結婚おめでとうございます!』に「ふたつの世界、ふたりの世界」という短編で参加いたしました。
    『隊長! 結婚おめでとうございます!』は8/21 インテ6号館Aて62a あいぼしさまにて頒布のほか通販もあります。詳しくはツイッターアカウント https://twitter.com/gotonagumo を参照してください。
    ごとしの結婚アンソロジー参加のお知らせ 疲れた。
     この祝いの席に相応しい言葉ではないが、辟易とした気持ちをどうにか飲み込んで、しのぶは壁に寄りかかった。
    今日の装いは丁寧に結い上げた髪に肌障りも素晴らしい白藍にレースのワンピース。友人の幸せを祝うのは喜ばしいし、今日の彼女は美しかった。白磁のようなウエディングドレスに長く伸びるアイボリーのレース。花婿の顔を見て頬を赤くする様子はしのぶの心も温かくする。六月の花嫁は美しい顔で教会で愛を誓い、初めてのようなキスを交わして、飛ばしたブーケはしのぶの手元へと落ちた。
     しかしだ。先ほどのように「普通の女の幸せ」を掴んだ同級生たちに、ほら早く、私たちと同じく普通に幸せになりなさいと次々と笑顔で言われると思うとため息も出る。いわく「私もいまの旦那に会うまでは結婚なんてしないと思ってたもの、あなたも大丈夫よ」。毎度言われるこんな言葉にもいい加減慣れたが、そもそもなにが「大丈夫」なのか、こういう人を見下す善意のことをなんて言うのだっけ。
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    いずみのかな

    DONEパトレイバー ごとしの ささやかな休息と、光の休日と
    かわいいひと。「そうね……、麻布温泉とか都内なら」

     夏の嵐のあと、朝日が燦燦と照る関越道で、日帰り温泉への誘いに対してそんな風に返答したときの後藤の、あからさまにがっかりした顔を思い出すたび、しのぶは何とも言えないむずがゆさと、同時にちょっとした優越感を覚える。
     全く眠れなかったのだと素直に告白してきたことと言い、普段の人を食った言動や、避難という名目で入ったラブホテルで時折見せた、あのいかがわしい雑誌を毎週愛読しているに相応しいオヤジそのものの態度とは裏腹に、中身は臆病で、遠慮がちで、ナイーブで、驚くことになによりも愛すべき紳士なのだ、後藤という男は。
     もしあの夜、電気を消してベッドとソファでそれぞれが身体を横たえた後。相手が寝ていないと悟っていながら、互いが様子を伺いに行ったとき、どちらかが思い切って振り返ったら、そして相手の身体に手を伸ばしていたら。恐らくは一夜の情熱は手に入ったであろう。ただし、それは本当に一夜だけのもので、その後二人はそれぞれに相手の熱を振り返ったとしても、二度となにも口に出さなかったはずだ。それこそ自覚した思いでさえも。
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