星の夜、君とふたりきり 二人分の足音だけが響く夜。
二時間前に終わる筈だった防衛任務は交代直前のトリオン兵襲撃によって思った以上に長引いてしまった。
最後のトリオン兵を切り倒して、オペレーターに報告を終えた私は息を吐く。
元々今日は完全休日だったけど、急遽欠員が出たという事で私に白羽の矢が立った。友達と遊ぶ予定も、出掛ける予定も特に何も無かったから簡単に頷いたのだけど、流石に此処まで長引くとは思わなかった。突然の襲撃故に仕方が無い所もあるが、見たかったドラマの第一話が見れなかった事が残念だった。
そんな落ち込んでいる私の所に姐さん。と自分を呼ぶ声が聞こえた。掛け声に振り向けば私の弟弟子でもある太刀川慶が立っていた。
「今日はとんだ災難だったな」
「本当にね。・・・と言うか、いい加減自分でレポートを終わらせなさい」
そう注意すれば彼は何故か微妙な顔をする。欠員が出た大きな理由は目の前に居る男なのだけど。まぁ。慶のレポート案件は何時ものことなので、この際頭の隅に置いておくとして問題は帰宅時間だ。先程の襲撃で開いたゲートは本部から遠く離れた所だった。引き継ぎは既に完了したとは言え、現在地から本部までは相当な距離がある。なので家に着くのが遅くなることは確実だった。でも、別に明日は大学のみでバイトも本部に寄る用事も無いからベイルアウトしても良いかと思った時、
「一緒に歩いて帰ろうぜ。近道知ってんだ」
と慶は言って私の手を引いて歩き出したのだ。
「ちょっと、慶!!」
私の声を無視して慶はどんどん進んで行く。結局、私は先導する弟弟子の一歩後ろを黙って歩いた。
街灯の一つも灯っていない道を月明かりだけを頼りに迷わず進んでいく慶に少し驚きつつも、その後ろをついて歩く。最初は繋がっていた手は離れていた。
数十分程歩いた所で先導していた彼が急に立ち止まり、空を見上げる。
「見ろよ。星が綺麗だぜ」
「星?」
突然声を掛けられ戸惑いながらもを空を見上げる。視線の先には彼が言っていた通り満天の星空が広がっていた。現在立っているこの場所は第一次近界兵侵攻後時が止まった様に生活音や喧騒の一つも聞こえない閉鎖地域で、泣く泣く手放された場所にはライフラインは通っていないので一つも明かりは灯っていない。それ故に星が本来の輝きを放っていた。
美しくも神秘的な景色に日々の喧騒や任務の疲れも忘れるほど釘付けになる。
「確かに綺麗だね」
言いながら慶の方を見る。
ぱちり、と彼と目があった。次いでにこり、と微笑まれる。その表情に何だか恥ずかしくなり目を彼から背ける。
どきどきと高鳴った心臓はやけに煩かった。
「姐さん?」
「え?あ!大丈夫だよ!?」
「いや。全然大丈夫じゃねぇだろ」
彼の突っ込みは最もだが、今は高鳴る心臓を止めたくて咄嗟に視界に映った夜空を飾る星よりも一等輝く月を口にする。
「慶!月が綺麗だね!」
慶は私の指先を追ってその先にある満月を見る。その一瞬を狙って私は気持ちを落ち着かせる。
「・・ああ。そうだな」
少しの間をおいて慶がそう言った。
普段の彼とは違う雰囲気に気になって隣を見る。彼の横顔は何処か寂しげで悲しそうだった。何か変な事でも言ってしまったか。でも深く考える暇もなく慶が私の方を向く。
「姐さん。行こうぜ」
まるで何事もなかったかのように慶は私に手を差し出す。
「・・ありがと」
彼の手を取り隣を歩く。
繋がれた手は昔よりも大きくて昔と変わらず温かくて、何時までも彼と手を繋いでいたいと思ってしまった。