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    ノクス×ダスク三話

    #小説
    novel

    狂月 三夜 気がついた時には夜は明けており、白濁と汗に塗れた身は清められていた。それを行った人物は今隣で深い寝息を立てている。
     最愛の者を奪い、陵辱し、辱めた男。
     本来食用肉を捌くのに使っていた黒曜石の小刀なら、柔らかい喉元を掻き切るのは容易い。
     小刀を逆手で持ち、煮え滾る憎しみの渦の中殺そうとした時だった。ノクスに甘えていたあの幼子たちの無邪気な声が外から聞こえてきて手が止まる。
     皆に慕われ、群れに貢献し、最期の刹那まで姉が愛したノクス。
     彼を私怨で殺したら、私もこいつと同じでは無いのか?
     私だけが知っている事実とノクスの凶悪性。しかしどこにもその証拠は無い。
     私がこいつを殺し、群れを抜けたらアルバはどうなる?病弱というだけで皆から冷淡な目を向けられているというのに、親友を同時に二人も失えば彼の未来がどうなるのか容易に想像できる。
     自殺をすればアルバが殺される。
     こいつを殺せば最悪の結末。
    「っ……!ふ……っ、く……ッ」
     逃れられない。それを自覚した瞬間憎しみで熱く滾っていた胸中は冷雨に打たれたように冷えていき、枯れ果てたと思っていた涙となって頬を伝った。
     


     狩りの当番で無い日は必ずと言っていいほど犯された。中には昼間、森林の中でされることもあれば獣の状態で強引にする事もあった。ろくに慣らすこともされず、人型の時のそれよりも痛みを伴い苦痛は増した。
     犯されたあとは雪夜の極寒であっても川へ入り身を清める。痛いほどに冷たい水で行為の感触を上書きしてくれればいいものを、そう都合のいいようにはいかない。この行為が祟ったからか、雪ではしゃぐ子狼達の声が風物詩となっている冬間に体調を崩してしまった。
    「お前が風邪引くなんて珍しいな……」
     見舞いに来たアルバが寒がりのダスクにと、持ってきた毛皮を追加で重ねてやる。獣の時よりも人型の方が回復力が高いのだが、冬毛がない分やはり寒さに堪えるらしい。
    「ゲホ……ッ……たすかる……」
    「まだいるようなら持ってくるぞ」
    「いや…大丈夫だ……」
     いつも風邪を引くのはアルバで、看病するのはダスクの役割だった。だからこそなにかしてやりたいのだが、あまり話しかけるのも病人には酷な事だろうと追求はしなかった。
     首元の汗を拭いてやり、水で冷やした布を額に乗せてやる。アルバと二人きりでいる間だけは、ダスクの心に波など立たず凪のように穏やかになれた。静かな時が流れていると二人に歩み寄る足音が洞窟内に響き、穏やかだった胸中がざわつき始める。
    「悪いなアルバ、ダスクの見舞いに来てくれて」
    「いや、いつも世話になってるしな……」
     ダスクが比較的食べやすい果物や茸を籠に詰め、ノクスが帰ってきた。
    「本当は付きっきりで看病したいところだけど……」
    「おいおい、俺がいるんだから大丈夫だって」
    「……それもそうだよな。じゃあダスク、また今度な」
     アルバはノクスの本性も、親友二人が肉体関係にあることも知らない。ダスクが陵辱されているということなど微塵も思っていないだろう。心細さから去ろうとする背中に手を伸ばしかけるが、拳を握りしめる。
    「次のボス候補は鍛錬でもしてろよ〜!」
    「おう!」
     親しげに会話をする姿は子供の頃からなにも変わらない。だからこそ、内面をまったく見せないノクスが恐ろしくてたまらない。
     アルバの気配が無くなったことを確認して、ダスクは話しかける。
    「……アルバを追い返して……なにがしたい」
    「ん?」
    「この状態でもヤりたいのか……?色慾狂いめ……ゲホッ……」
     ノクスに背を向ける形で寝返りをうち、悪態を吐く。
    「……ばーか。好きな奴がしんどかったら普通に心配するっつーの」
    「ハッ……貴様の日々の行いが、好いた者への振る舞いなものか……反吐が出る……」
     自身を按じる言葉でも、言い放つ人物が卑劣漢であれば信じることなどできない。
    「何もしないなら消えてくれ……お前が居るだけで疲弊する……」
     この悪態も弱った頭が引き起こす自暴自棄なのだろう。このまま消えてくれるなら好都合。苛立ったノクスに犯されようとどうでもいい。風邪が悪化して死ねればそれはそれで楽なのかもしれない。
     反抗を諦め、瞼を閉じた時。自分の肩を厚い掌が掴むと半ば無理矢理体を反対に向けられる。
    「っ……ふ……っ」
     息苦しくなったかと思えば、ぬるりとしたものが口内に侵入してきた。酸素が薄くなる深い口付けにズクズクと額に波打つ頭痛が一段と強まる。
    「風邪引いたの俺のせいだろ、俺に移してさっさと元気になれ」
     一瞬だけ身構えたが、口付けだけをしてノクスは体を離した。
    「……バカは風邪引かないらしいが」
    「お前弱ってる時の方がうるさいのな」
     ふはは、と笑うノクスを見てダスクはますます混乱する。何故、昔と同じ笑顔を作れるのか。どうして、狂気に歪んでしまったのか。
     朦朧とする頭で考えていても仕方がないと、重い瞼を閉じた。
     その日から意外な事にも情交の回数は減り、したとしても身体を清めるための湯をノクスは用意するようになったのだった。
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