監督生となった藤丸立花のある日。カラン、と扉の開く音。
お客様が来たと顔を向けようとすると「こんにちは〜」と聞き覚えのある声が耳に入り、ああ彼女が来たのだと笑顔をそちらへ向ける。
「いらっしゃいませ、“リツカ”さ、ん………?」
*
藤丸立花は“元”人類最後のマスターだ。
彼女がここ、ツイステッドワンダーランドに来たのはレイシフトでは無い。ならば事故かと問われるとそういった訳でも無い。
ならば何故?と問われると、それは“立花自身にも分からない”と答えるのが正解だろう。
そもそも、そもそもの話。
ーーー藤丸立花は一度、死んだはずだった。
全てが丸く収まり役目を果たした立花はその先、そこそこの年月を平穏に生きて天寿を全うし、穏やかに息を引き取った……瞬間にはあの棺桶の中。
立花は困惑した。まさかまだ生きたままに葬式をされているのかと慌て、次に棺桶を開けようとして目に写った手のひらに驚く。
彼女の身体は、カルデアにいた頃のそれだったのだ。
どうなっているのかと戸惑っている内に猫のような狸のような魔獣に出会い、学園長と話し、ナイトレイブンカレッジのオンボロ寮(その名の通りかなりボロ屋であった)に魔獣と共に置いてもらう手筈となった。
雑用だけで生活させて貰えるというのはありがたい話だ、と立花は学園長に感謝する。
野宿が慣れていないとは言わないが、見知らぬ世界でサーヴァントも、カルデアに居た職員達のようなサポートも無いのは少々辛い物があった為、居場所を用意して貰えるだけで儲け物といった心境だ。
話が脱線してしまったが、そこから彼女は新入生の1人に絡まれ、彼と魔獣、そしてもう1人の新入生がシャンデリアを壊した事により、巻き込まれる形で退学されかける。
それを取り止めて貰う為に材料を求めて入った坑道で化け物に出会った彼女は、2度目の人生で早速死にかけた。
化け物から逃げる途中、うっかり滑りこけたのだ。
ーーーあ、終わった。
なんだ、私は結局サーヴァントが、ドクターが、ダヴィンチちゃんが、職員さん達が居ないとこんな物か、とぼんやり思いながら慌てた様子の彼らを見ながら、背後から聞こえる唸り声を聞きながら、彼女は目を閉じようとした。
……瞬間である。
左手が痛いほどの熱を帯び、紅く輝いたのは。
「ーーーこの程度で諦めてんじゃ無いわよ!!」
ぶわりと背後へ炎を放った彼女は、かつての彼女の、サーヴァントであり、
「ほら、抱えるわよ。しっかり掴まんなさい」
ーーージャンヌ・ダルク
否、かの聖女では無い。
立花に手を差し伸べた彼女は……ジャンヌ・ダルク・オルタであった。
そうして、
立花は2人の新入生と魔獣と力を合わせて化け物を撃退し、材料を持ち帰って見事退学を取り消して貰ったのだった。
その上立花は魔獣ーーグリムと2人で1人の生徒として認めて貰う事となったのだ。
良い方向良い方向に事が運び、るんるんで寮に帰った立花は、そういえばとオルタへ声をかける。
どうして来れたのか、何故左手に先程まで無かった令呪が出たのか、そもそもどうして私はこんな事になっているのか。
最初以外は知ったこっちゃ無いといった反応をされたが、最初の質問には答えてくれた。
曰く、本来この世界に居ない筈の彼女らは来れる筈が無い。
が、“元々の世界でもいる筈の無かった者”“英霊になる筈が無かった者”が来れる状態……らしい。
ジャンヌ・ダルクは元々居る人物だ。だがオルタとなると話は変わる。
例えオルタの名は出さず、彼女の事を聖女ジャンヌ・ダルクとして説明した所で「そんな人だったっけ?」と首を傾げられるかもしれない。
まあ、つまり……一般人に認識されていない者はこちらへも来れる、らしい。
“そういう状態”という事は理解したが、何故そうなっているのか、細かい所は知らないとか。
「あれでしょ、令呪の不思議パワーとでも思っときなさいよ。分かんないんだから」
「れいじゅのふしぎぱわー」
そこまで答えた所で彼女は一度消えた。
藤丸立花は考える事を諦めた。
……余談だが、学園長にオルタの事は使い魔と言えば納得したようだ。何もつっこむまい。
さて置き。
一部のみではあるがかつての仲間を呼べるというのは大きな収穫である。
ジャンヌ・ダルク・オルタを始め、オルタと名のつく者、エミヤ、エリセ、イリヤ、美遊、クロエ、ジーク、X師匠や、Sイシュタル、ジェーン、グレイ……何故来れたかよく分からない赤兎馬とキャット、
アルターエゴは道満とシトナイ以外は来れるようであった。BBも当たり前のように自らこちらへ来ていた。
そしてフォーリナー。彼らは全員こちらに来れるらしい。
何故?と首を傾げたが彼女らは「気にする事無いわ」とクスクス笑っていた。
呼んでも来ない者から、呼ばれても無いのに来る者まで様々だったが、1番驚いたのはマーリンだ。
そう、誰もが知るグランドロクデナ……グランドキャスター。花の魔術師。知名度は抜群、英霊となるのも普通であろう彼がこちらに来た事があった。来れる条件に一切ハマってないはずの彼が何故来れたのか問うと、
「面白そうだったから自力でちょちょいとね?」
と良い笑顔で返ってきた。ここにフォウ君が居ようものならすぐさまパンチが飛んできたであろう。
兎も角、彼女は心強い仲間と共に“監督生”として新たな生活を始める事となったのだ。
*
さて、ここで話は冒頭に戻る。
すっかりNRCでの生活が身についた藤丸立花は、特に元の世界への執着も無くこちらの日常を満喫していた。学生としての勉学やバイト、学食もその1つである。
その生活の中に彼女のサーヴァントは常に共にあった。元の世界での常識はあれど、全員こちらの世界の事はさっぱりらしく、あるものは図書室に引きこもり、あるものは街に繰り出し、あるものは山へ向かい、元の世界に無い物を知識として漁って行った。
そして特別やりたい事が見つからない時は彼女の側に居る。周りの学生もそれに対して疑問を抱かなくなっていった。
今、藤丸立花はモストロラウンジに来ていた。グリムは誰かに預けて来たのだろう、姿が見当たらない。彼女は時々ここで食事をするのでそこについても一切問題無い。
彼女の横に見知らぬ者が居ても、それは彼女の使い魔なのだと誰もが理解出来る。そしてその使い魔について別段気にする事など無い。無いはずだ。
「(なのに、これはなんだ)」
アズール・アーシェングロットは戸惑っていた。否、戸惑いにも似た“恐怖”を感じていたのだが、それを本人はまだ理解していない。
“それ”は子どもだった。幼い子ども。ふわふわとピンクのメッシュが入った癖のある黒髪を揺らし、ゆるりと柔らかく藤丸立花の手を握るその様子は、側から見れば微笑ましくも映る。
ふっくらとした頬も、大きく丸い目も、小さな身体も、そのどれもが彼女を子どもであると理解させる。
だが、だが、
アズールにはまるで、その少女がバケモノにしか見えなかった。
姿形は愛らしいというのに、絶対的に近づいてはいけない、関わってはいけないと本能が警報を鳴らしている。
「アズール先輩、どうしました?」
彼が内心油汗を垂らしている事も知らず、藤丸立花は突然固まった相手に首を傾げながら様子を伺う。
アズールは慌ててにっこりといつもの笑みを浮かべると、大丈夫ですよ、なんでもありませんと立花へ顔を向ける。
「つかぬ事を伺いますが……その、彼女も使い魔なのですか?」
「あ、はい。リリィちゃんです。ここの話をしたら自分も行きたいと」
ここで、子どもは立ち入り禁止ですとか今日は客がいっぱいでとか、何とでも言えただろう。そうすれば彼女は大人しく帰る人間だ。(一部サーヴァントは兎も角)
だが、そうはしなかった。
「はじめまして〜、ここが素敵な場所だと聞いたので連れてきて貰いました、リリィと申します。お料理楽しみですね〜」
穏やかでほわほわとした口調。声。普段ならなんて事無いそれに、逆らってはいけないと脳がガンガン赤ランプを点ける。
正直、既に目眩がしそうだった。
「………そうですか、では席へご案内します」
「はい、ありがとうございます……あの、先輩
距離感どうしました?」
逃げたいという本能によって、つい無自覚でジェイドとフロイドの人魚姿5人分ぐらいの距離を置いてしまった。
だが明らかに可笑しくとも、正直もう近づきたく無かった。こちらは既にいっぱいいっぱいなのだ。
「ソーシャルディスタンスです」
「???距離置かなきゃいけないような事ありましたっけ……」
言いながらも深くまで突っ込まない彼女にホッとする。こうなったらさっさと満足させて帰らせるしかない。
メニューを置き、それではと下がって………厨房に入り、向こうから見えない位置になったとたん駆け出した。
*
アズール先輩の様子が可笑しい。
物理的に距離を置かれ、いつもなら「どうぞごゆっくり」とか「今日のおすすめはこちらで……」とか、胡散臭い笑顔ではあれど、可能な限り金を落とさせるため。かつ、強引になり過ぎ無いように、自然に接客する彼がどうした事だろうか。
何やら厨房の方向から大きめの物音も聞こえる気がするが、それはよくある事なのでスルー。
水槽に近い席に案内してもらった立花は、まあ気にする事でも無いかとメニューを開く。
「どれが良い?リリィちゃん」
「そうですね〜、では私はこの特製海鮮カレーライスを……」
どれを注文するかと和やかに話していた、直後。
「はぁ〜い、特製海鮮カレーライス1つとふわとろオムライス1つお持ちしましたぁ〜」
ッタァン‼︎とテーブルにカレーライスとオムライスが置かれる。
え、と見上げると、そこには笑顔のフロイド先輩がいた。
………まだ注文もしていないのに、いつの間に準備していたのだろうか。それに、私に至っては料理名を呟く事すらしていない。
「えっと……まだ決めて無かったんですが………」
「え〜、小エビちゃんオムライス好きでしょ?」
「いやまあ、好きですけど」
ならい〜じゃん、とフロイド先輩はさっさと戻ってしまった。いつもの倍以上の速さで。
リリィちゃんはすご〜い、料理が来るのとっても早いですね〜と笑顔ではしゃいでいたので、喜んでいるならば何も言うまいと料理に手を付け始めた。
が、今さっき作ってすぐであろうそれは、何故だかとても食べ易い温度で余計に謎が深まる。最近は温度にまで拘り始めたのだろうか?
違和感と違和感が積み重なって段々困惑していく。後でアズール先輩に聞こうか?いや、あまり色々言ってはクレームと思われてしまうかもしれない。
「とっても美味しいです〜、マスターさんのお話通りですね〜」
「気に入ってくれたようで何より、なんならデザートも」
「こちら珊瑚礁とイルカのホワイトパフェです」
ッシャァン‼︎と今度は煌びやかなパフェが置かれる。
デジャヴを感じて見上げると、今度はジェイド先輩が……
「……………あの、残像が見えるレベルで震えてますが大丈夫ですか?」
「オヤオヤオヤオヤオヤオヤそんな事ありませんよ監督生さんの気のせいでしょう僕はご覧の通りとてもいつも通りですええそんな事より食べ終わったこちらはお下げしますねそちらは当店からのサービスですのでお気になさらずそれでは」
ノン・ブレス。
一息でツラツラと言葉を並べたジェイド先輩は、マナーモードのまま食器をガチャガチャ鳴らして去って行った。
………今日は人魚の体調が悪くなる日だったりするのだろうか?だとしたら早めに帰った方が良いだろう。
リリィちゃんにパフェを勧め、追加注文は考えずに大人しく一緒に食べる。
彼女はイルカさんのチョコレートが乗ってて可愛いですね〜、とパフェがお気に召したようだ。このお店は映えも考えている。
*
「ご馳走様でした」
ようやく彼女が食事を終えた。いつもより短い筈なのに、とても長く感じたものだ。
ジェイドとフロイドとのじゃんけんで負けたのでレジに向かい、精算を済ませる。
これで安心して過ごせる、やっとこの緊張感から解放されると心底安心し、ニッコリと笑顔を向けた。
「アズール先輩、パフェありがとうございました。美味しかったです」
「それは良かった、次は是非注文してください」
「はい、そうさせてもらいますね」
それでは、と彼女がお辞儀した。
と、レジのカウンターにあの少女がぴょこんと顔を出す。
思わずビクリと仰反ると、少女は来た時と同じく穏やかな顔と口調でこちらへ語りかけて来た。
「アズール、というのですねぇ。お料理、美味しかったです〜」
「ど、どうも……どれも自慢の品ですから」
「私、とっても気に入りました〜……………………また、来ますね?」
少女の目の奥に、おぞましい何かを感じた。
それは到底人間が持って良いモノで無く、また、人魚でももっと慈悲があるような、
氷河よりも冷たい何かに、僕は青ざめながらも頷くしか無かった。
*
「……先輩達、やっぱ調子悪かったのかなぁ」
廊下をてくてく2人で歩きながら、立花は呟く。
彼の様子を思い出しながら首を傾げーーーそういえば他のオクタヴィネル寮の生徒や獣人の人達も顔色が良くなかったな、と気付くが、その理由は分からないままであった。
「ふふふ、可愛らしい方達でしたねぇ」
「可愛い……かは分からないけど。よっぽど気に入ったんだね」
「ええ、ええ!だってあの目………ふふふふふっ」
くつくつと愉快そうに彼女は笑う、嗤う。
その姿がぶわりと、光に包まれ……“人魚”が出て来る。
「ああ、本当に……とっても愉快な方々でした。私もう、昂ってしまって………“こう”ならないよう抑えるのがやっとでしたので」
「周りに他人が居ないから良いけど、その姿は男子校〈ココ〉じゃあちょっとね。なるべく早めに戻ってね?キアラさん」
苦笑いで嗜める立香に、リリィ……もとい、殺生院キアラは勿論です、と微笑んだ。
あの可愛らしい稚魚-獲物-の姿を思い浮かべながら。