人を殺した🔮と親友の🐑が逃避行に出る話①ep.1
『雨は、空と地面とをつなぐ世界で一番きれいな糸なんだよ、だからね』
雨という字形も意味も綺麗な漢字をそろそろ嫌いになりそうな程毎日雨が降り続く6月、梅雨の季節。
ちょうど今みたいな時間と同じような雨のシーンを描いた小説に指を挟んでを1度パタンと閉じ、組んでいた足を解いた。
機械でできた足が少しのモーター音とともに両足で床を踏みしめる。
放課後の学校図書館を利用する生徒は意外と多い。
雨で部活が無くなった生徒が多いからだろうが、誰も好き好んでこんな古典文学の黴臭いコーナーには来ない。
だからここは入学以来俺の城になっている。
ちらりと右目を動かして銀の髪ごしに時計を見たら、最終下校時刻30分前になっていた。
軽く息をはいて緩く括っていた銀髪を解く。
ストレートで少し目にかかる長さの銀糸がサラリと流れた。
図書館の奥深くにある文学コーナー唯一の窓から入る柔らかな西日が銀を透かして輝いている。
解いたゴムは手首に嵌め、浮奇からの借り物なので無くさないようにしっかり確認した。
浮奇の部活の終了を待って本を開いてからきっちり2時間、そろそろ彼がやってくるだろうと思い本に挟んでいた指を抜いて代わりにお気に入りの羊の栞を挟んだ。
去年の誕生日に幼なじみのsunnyが買ってくれた黒羊と白羊が向かい合っているデザインの栞はとても可愛く、ここ1年のお気に入りになっている。
いつもなら部活が終わった瞬間にメッセージがとんでくるのに、今日は音沙汰がないスマホを一瞥し、fulgerは荷物をまとめ始めた。
空気が質量を伴って体にまとわりつく梅雨独特の雰囲気を感じながら、浮奇を探しに校舎をうろつく。いつも浮奇は空き教室で活動しているから毎回活動場所を見つけるのに苦労するが、fulgerはこの浮奇を探して閑散とした学校を歩くのが結構好きだった。
...おかしい。普段なら俺の床を踏みしめる音がすると笑顔でとんでくる浮奇が今日は5階まで見回っても来ない。
なんでわかるかは分からないがあの男はいつも図書館がある1階から最上階の5階まで歩こうとすると2階辺りで後ろから抱きついてくるのだ。砂糖菓子のような声で、俺の名前を福音でもつぶやくように呼ぶのだ。
浮奇とは高校からの出会いなのでかれこれ3年目だが、まあそういう日もあるよなと思って気にせずに帰ることにした。
浮奇に一言「先に帰る」とメッセージを送り、昇降口から出ようとして、あ。と動きを止める。
傘を教室に置いてきてしまったのだ。
口から出た悪態をそのままに5階まで階段を駆け上がったら
教室前に経つ人影が見えた。
自分と同じように傘を忘れたのかと思い、「よお」と声をかける。
人影はちょっと不自然なくらいに反応した。その影は顔見知り程度の仲のクラスメイトだった。
「うわっお前...なんだfulgerかよ」
「なんだとはなんだよ、誰か待ってたのか」
「いや、そういうわけじゃな...てかお前は?いつもこの時間図書館だったよな」
「ああ、そうだな。傘を忘れてしまって」
「あー。今は雨上がってるもんな」
「そうなのか。図書館にいたから気づかなかった。」
「お前、よくそれで傘の事思い出したな」
他愛のない会話を繰り返して互いに自分の傘を傘立てから探す。折りたたみ傘なので見つけるのに苦労していると自然と下を見ながら会話することになった。
ふと、彼が傘を探していないことに気がついた。
彼の手は一切傘を探していないのに、まるで傘を探しているかのようにかがみ込んで俺の顔の横で話すのだ。
「お前傘持ってるだろ」
「そうだよ。だから探してるんだろ」
「いや、そうじゃなくて、お前の傘は傘立てにないだろ」
「どういうこと?」
「なんでお前は傘を探している訳でもないのに俺に合わせてかがみながら喋ってるんだ?」
「そう?探してないってバレた?特に理由とかいらなくね?話したいからだけど」
クラスメイトはそういって少し焦ったように語気をはやめていった。
普通に考えて高校三年生男子がクラスメイトとの会話で至近距離で顔をくっつけたいと思うだろうか。
彼のセットされて遊んでる髪の毛が自分の耳をかすめた。
俺は厨二病を引きずっている腐男子なので、こういったシチュエーションは漫画の中だと大歓迎だがリアルではいただけない。
居心地悪さを感じて俺は傘を探す手をはやめた。
下の方に自分の傘の取っ手が見えた。
黒と赤をこよなく愛する兄と色違いの、シルバーと赤の折りたたみ傘だ。
タチが悪いことに途中で紐が解けたらしく、開いた傘のひだが長傘のあちこちに絡まりなかなか取り出すことができない。
「じゃあな。また明日」
ようやく傘を取り出せた俺はそう声をかけてクラスメイトが居る傘立てから立ち去ろうとした。
その瞬間、右腕を引っ張られる感覚がした。
「なんだよ、さっきから。そんなに俺と話したいのか?」
薄気味悪さを感じつつも軽口をたたきながら振り返った。
そこにはどこか茫洋とした表情のクラスメイトがいた。
「お前は、高校卒業したらどうする?Fulger」
熱にでも浮かされたようにクラスメイトが質問した。先ほどから様子がおかしい。
「急にどうした、俺は受験の結果次第だが大学に、」
「お前は良い奴だよな、誰にでも優しいし、俺みたいなやつにも気さくだし、なんでもできるくせに好きな物には一途だし」
「さっきからほんとにどうしたんだ、」
「Fulger、お前のそういうところが俺は」
クラスメイトの顔がどんどん恍惚的になる。
きつく掴まれている右手が痺れてきた。
少しずつクラスメイトが壁際に俺を追い詰めていく。
「おい、大丈夫か。」
「なあfulger、俺はお前が...」
その瞬間、けたたましいサイレンがなった。
「うわっ、なんだ「じゃあなっ」」
急な音に驚いて緩んだ男の手から抜け出してダッシュで階段を降りる。
昇降口を抜け、校門を抜けても足をとめずに走り続けた。
最終的に四つ目の信号で走ることが出来なくなったので息を整えながら歩くことになった。
所詮は文化部の体力なんてこんなものである。
その上自分は両脚が自分の生来のものでは無いのでなおさらだと言えるだろう。
先程まで自分に起こっていた不可解な出来事を反芻する暇もなく、滝のように流れる汗を同じく機械の手で吹いていると後ろから見知ったクラクションが聞こえてきた。
黒と赤のスポーツカーに乗った兄が窓から優雅に手を振っている。
「Voxy」
「よう、汗だらけじゃないか。」
「心配してくれるなら乗せて帰ってくれ。」
「お断りするよ。あいにく汗の匂いを車につけたくないのでね。」
「可愛い弟の為だろう?そんな非情なお兄様だとは知らなかったな。」
なんだかんだ言いつつvoxは助手席にfulgerを乗せ、車は静音で動き出した。
家までの道中、fulgerは兄に学校で起こったことを話してみた。
「私の弟は、私に似てたいそうおモテになるらしいな」
「おい、どういうことだvox。俺は一言もその類は言ってないし、ただクラスメイトの様子がおかしかった話をしただけじゃないか」
「気づいてないなら教えて差し上げるが、彼はおそらくお前に気があるぞ。」
1番考えたくなかった可能性を突きつけられfulgerは辟易とした。
車はタイミング良く家に着いた。
このvoxの発言で夕飯を食べてベッドに入るまで、fulgerは頭の中に巣食うある考えを見ないようにしながら過ごす羽目になった。
ep.2
翌朝低気圧によって頭蓋に響くような痛みを訴える頭を抱えながら登校したfulgerは、階段を上る途中で国語担当のike先生に声をかけられた。
「お、ちょうどいいところにいるね。悪いけどこのレポートを3階の準備室まで持っていってくれないかな。lucaがエレベーターの緊急停止ボタンを押してしまって救出しに行かなきゃ行けないんだ。」
「了解だ。先生の机の上で大丈夫か?」
「ありがとう。机の上でお願いするよ。」
Ikeは兄の友達で昔はよく遊んで貰っていたので、fulgerは彼に対してついつい口調が崩れてしまう。
しかし当の先生は敬語ではなくても気にせずに流してくれた。こういう所が彼の人気を支えているのだろう。
留学した関係で最高学年をもう1年受け直している金髪にタトゥーが入っている先輩の無邪気な笑顔を思い出しながら、fulgerは階段をレポート用紙の山と共に上がる。
Fulgerが3階にたどり着いた時には、エレベーターホールからikeがlucaを呼ぶ声が聞こえてきた。
「Lucaaaaa〜〜〜😠😠」
「ごめんって、ike怒らないで! ちょっと気になっただけなんだって、だってすごくpogなボタンが...」
聞こえてくる怒号を受け流しながらレポート用紙を卓上カレンダーの横に置く。
カタン、と音がなって顔をあげると紫の髪に良く似合う紫のカーディガンを着た生徒が入口からこちらを見ていた。
「よお、浮奇。おはよう。」
「昨日、なんで先帰ったの。」
挨拶も返さずに、浮奇は入る光の角度で色がそれぞれ違う両の目でまっすぐfulgerを見て詰った。
昨日より少しズレている浮奇のアイラインの位置を見ながらfulgerは慎重に言葉を選んで言った。
「ちゃんとメッセージ送っただろ。昨日は校舎でお前の姿を見つけられなかったから先に帰ったんだ、最終下校時刻も迫ってたし」
陶器のような肌に夜明け前の空を煮詰めたような目、滑らかくしっとりとしたシルクのような声とそれを発する完全な曲線美を描く唇、
これら全てが本来あるべき場所にあるような完全美を体現した彼の真顔は怖いくらいに整っていた。
そしてfulgerはこういう顔をした時の浮奇は己の行動を簡単には許してくれないことを知っていた。
「そもそも、活動場所を教えてくれない浮奇にも非はあるぞ。いつもメッセージを送ってくるが昨日に限ってそれもなかったじゃないか。」
自身の赤い機械の腕を見つめながら言い訳がましいことを述べる。
「ふーふーちゃんの姿が見えなくて寂しかった。昨日携帯を見なかったでしょ。あの後何度もメッセージを送ったのに返信がなくて、俺まともに寝れなかったんだよ。」
拗ねたように自身の目じりに手をやる浮奇。
だから今日はアイラインが決まらなかったとでも言いたいのか。
確かに昨日は携帯を見る気になれなくて電源を落としていたが、だったら電話をすればいい話なのだ。PCはネットサーフィンに使っているから、電話なら出られたはずだ。
そもそもどうして先に帰ったぐらいで責められなければいけないんだ?
なぜかはfulgerにもさっぱりだったが、浮奇は自分の思い通りにするために沈黙を上手に活用する。
そしてfulgerは毎回その沈黙に負けてしまうのだった。
「あーもう俺が悪かったよ!次からは校門とかで待つことにするが、お前もちゃんと連絡するんだぞ」
「寂しい思いをさせちゃってごめんね、ふーふーちゃん」
先程とは一転して天使のような笑顔を浮かべた浮奇は柔らかい声音で自身の非を詫び、次は必ず連絡すると約束した。その流れで互いの居場所が誤差1mでわかるGPSアプリを入れることになった。
一瞬の窮屈さを感じたが、昨日のようにすれ違ってしまうよりよっぽど楽だと感じたので了承した。
浮奇と一緒の教室に向かう道すがら、昨日の放課後の話をした。
どんどん彼の顔が険しく無表情になっていくのに対してfulgerは気がかりな事を共有できたことからくる解放感からいつもより饒舌になっていた。
ずっと前を見ながら話していたため、誰もfulgerが
「voxが彼が俺に惚れている等と嘯いていたが、まさかないだろうな。半分機械の俺を好きになるなんてよっぽどの物好きだろうさ」
と昨日の報告を締めた時に浮奇の顔に浮かんだ明確な殺意の色に気づいていなかった。
2人の教室の前に着いた。
するりと繋がれていた手が浮奇から急にほどかれた。
不思議に思い、少し後ろを歩いていた浮奇を振り返る。
まるで獲物を狙う蛇のような冷たい目をした浮奇に少し驚きながら何かあったのかと聞く。
「今日は、ごめんだけど、先に帰っててくれないかな」
浮奇はその冷たい顔からは思いもよらないほど優しい声でそういった。
なんなんだこの男は、さっきは一緒に帰るためにアプリまで入れた癖に約束した初日から例外を作るのか?と訝しながら了承し教室へ入る。
驚くほど平凡な一日が、梅雨のベールに包まれて過ぎていった。
放課後になり、待望の純文学の本が貸し出しから帰ってきたことを知った俺は足早に図書館へと向かった。
意外にもこの学校の純文学の本は借り主が一定数いるらしい。
あいにく図書館にいて同じような系統の本を呼んでいる生徒を見たことがなかったので、どんな人なのだろうと少し気になっている。
司書さんから本を受け取り、大事にバックにつめこんだ。
外を見ると土砂降りの雨だったので司書さんにビニール袋を分けてもらい、本が濡れないように丁寧に包み直してバックにしまい直す。
傘を持ってこなかったので職員室に借りに行くと、浮奇が職員室の中で先生と会話しているのが見えた。
用事があったのならそう言ってくれれば良かったのに、と思いながらさっさと退散した俺は少しでも早く小説を読むために帰路を急いだ。
ピンポーン。ピンポーン。
雨の音をBGMに家の自室で借りた本を読んでいると、珍しくインターフォンが鳴らされた。
小説はちょうど読み終わっており、作者あとがきを読んでいたところだったので本を閉じて席を立った。
「はーい。どちら様で...「ふーふーちゃん」」
思いもよらない客人に目を瞬かせていると浮奇が
「助けて、どうしよう、俺、おれ、」
っと切羽詰まった様に俺の家の前で泣き始めた。
「どうしたんだ、浮奇。俺に話してくれ」
情報を処理しきれていない頭でとりあえず彼を落ち着かせようと声をかける。
しかし言っていることは支離滅裂で、梅雨どきの雨がアスファルトを打つ音がやけに大きく聞こえて、上手く浮奇の言葉を拾うことが出来なかった。
彼のいつも綺麗にセットされている髪の毛や制服はずぶ濡れで、夏が始まっただと言うのに彼の体は酷く震えていた。
どうすればいいのかわからず、ひたすらに彼の次の言葉を待った。
浮奇は1度大きく深呼吸した後、表情の読めない角度のまま一言
「昨日、人を殺したんだ。」
といった。
湿度と気温が喧嘩をして空気が膨張する感覚、雨特有の匂いと天から降り注ぐ雨の音。
そのどれもが急に遠く感じられて
自分の境界線を見失いそうになった俺は、小さなモーター音で現実に連れ戻された。
長時間同じ体勢で固まっていたため、不自然な圧力値に反応した機械の脚が発した音だった。
とりあえず彼を家に招き入れ、シャワーを浴びさせることにした。
幸いこの家は兄と俺だけの城だし、兄は今海外に出張中なので実質支配権は自分にある。
現状を把握できない自分と同時に、どこか冷静に次やるべきことだけを考える自分がいる、不思議な感覚をfulgerは感じていた。
さてどうしたものかと考えながら浮奇がシャワーから上がった時に使うタオルを準備し、なにか食べ物を出そうとしてこの家には食料がもう無いことに気づいた。
Fulgerは浮奇に湯船に浸かることを勧め、コンビニに必要なものを買いに出た。