名乗り 穏やかな談笑の合間であったように思う。
そう。あのときは、まだ。
平家打倒はかたちの淡い理想でしかなかった。
伊豆の木陰で馬を休めて、木の幹にもたれて水を飲んで。
三郎は木々の狭間の空を見ていた。空の青を。弟たちは、三浦の牧の話をしながらそばに控えていて。
なぜそんな話になったのかは、覚えていない。
「名乗り。」
「うん。どうするかな、と思って」
相談というわけでもなかった。淡い思いを淡いまま呟きというかたちで外に出しただけだった。
与一は水筒を腰に結わえ戻した。
母から聞かされる工藤と三浦の血筋を思えば、三浦は桓武天皇の末孫高望王の末裔と高らかに謳う。一方工藤は藤原の清夏の末裔ということになろう。いずれにせよ三浦の人間として謳うのはおかしい。実際に華々しく名乗り上げて一騎打ちなど与一の柄でもないし、そんな場面があろうことをあまり想像できないので、ただの軽い思い付きだった。
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