推し事の憂鬱「お前さ、知ってる?23だぞ、23!」
「へ?何が?」
朝、教室に来るなりエースが私に詰め寄ってきて放った言葉。よく分からない数字に首を傾げるとエースは「ーもう!」と苛立った様子で頭を搔いた。
「ジャミル先輩が貰った手紙が23通!」
「え?何それいつの間にジャミル先輩宛のファンレターの応募先が出来たの?私知らないんだけど。」
「ファンレターじゃねぇ!ガッチガチのラブレターだわ!」
「…Love Letter?」
「Yes.It ’s all a love letter to him.」
「oh my god…」
「いつまでこのノリ続ける気だよ!飽きろ!」
「エースが乗るからじゃん。」
いつも通りの馬鹿なやりとりをしているが私の心の中は嵐が吹き荒れていた。23通のラブレターとかマジですかジャミル先輩。もうヴィル先輩とかに頼んで事務所とかに入った方がいいですよ。ガチ恋勢とか危ないですから。私も人の事言えないけどな!
「で?これを聞いたお前はどーすんの?」
「24通目のファンレターをしたためる?」
「お前のそれはツッコミ待ちなの?天然なの?」
「もちろん前者。」
「しばく。」
「すみませんでした。」
エースは「もーお前疲れるわー」とため息混じりに項垂れる。そんな事言われたって仕方がない。ジャミル先輩の事は好きだけど「好きです」なんておこがましい事言えないから、「推し」として応援して愛でているのだ。ジャミル先輩と同じバスケ部で私のマブでもあるエースはそれに気が付いているから、何かと彼の情報をくれる。臆病な私の背中を押すために。
「せめてファンレターじゃなくてラブレターにしろ。」
「それはガチじゃん。」
「ガチでいいじゃん。」
「え、無理無理無理。どうすんの?鼻で笑って目の前で破られるかもよ?『ハッ、面白い冗談だな陰キャ風情が』ビリビリビリィつって。」
「いやお前の中のジャミル先輩そんな極悪非道なの?」
「誰が極悪非道だ!ちょっと笑顔が悪人面なだけだわ!」
「ホントにあの人の事好きなのかお前…。」
「好きだわ、ばーか!」
心の安寧の為にも保険はかけとくに越したことはない。最悪のシナリオも思い描いておけば、もしそうなった時に耐えれるかもしれない。ジャミル先輩が優しいのはわかっているが、それは『後輩』としてだ。練習試合の時だって女の子達に群がられて迷惑そうに軽くあしらっていた。きっと好きだと伝えれば、私もあの女の子達と変わらない。『ただの後輩』から『言い寄ってくる迷惑な女』になるのだから。
「…いや急にめちゃくちゃ思い詰めた表情すんなよ。」
「ごめん。」
エースは俯く私を見て困った顔をした。こんな恋愛拗らせた奴絶対鬱陶しいだろう。じめじめとした雰囲気を変えようとエースはパチンと指を鳴らす。
「じゃあさ、ファンレターでも何でもいいからとりあえず書いたら?」
「読まずに捨てるかもしれない。」
「いや流石に顔見知りの手紙は目を通すだろ。何書いてるかわかんねーし。」
「…そうか。それもそうだね。」
確かにエースが言ったことは一理ある。顔見知りからの手紙なんて開けて読まなければ何の手紙かわからない、急用かもしれないし誰かに知られてはまずいような内容かもしれないから彼の性格上必ず目は通すだろうと思った。頷く私を見てニッと笑ったエースはポンポンと背中を叩いて自分の席へ向かう。
しかし自分で言ったものの、正直ファンレターとやらを生まれてこの方書いたことがない私は頭を抱えるしかなかった。
ファンレターって何?
その日の夜、オンボロ寮で机に向かいながら考えてみた。調べてみると【ファンがひいきのスポーツ選手・芸能人などに出す手紙のこと。】と書かれている。間違ってもラブの方にならないようにしなければと思った私は書き方をスマホで調べた。そして練習試合のバスケのプレイが凄かった事、たまたま授業中窓から見えた飛行術をしている姿が素敵だった事、宴の料理がいつも美味しい事、彼の良いところを沢山書いてみた。優しいジャミル先輩にはいつも助けられてばかりだと感謝の言葉を添えて。
そして書き終わった手紙を読み返す。
「うっわ、きっも。」
とても気持ちが悪かった。授業中見てましたとかストーカーじゃん。怖いじゃん。
え?でもファンレターってむしろこれが普通なのでは?「見てます!応援してます!」って言うのが嬉しいのでは?でもそれは芸能人だけなのか?くっそ、こんな事ならルーク先輩にファンレターの書き方を教わっておけば良かった。ファンレターの定義がわからなくなった私はとりあえずエースに助言を求めようとその手紙を鞄の底に突っ込んだ。
◇◇◇◇◇
翌日さっそくエースに見せた。何で俺が、とかぶつくさ言いながらもちゃんと見てくれる優しいマブである。一通り手紙に目を通すとそっと手紙を折って封筒に仕舞う。
「うーん、なんだろな…。」
「言ってくれ、一思いにズバッと!」
「……ジャミル先輩観察記録?」
「うぉお、痛てぇ…致命傷だわ。」
「これなら普通のラブレターの方がいい。怖い。」
「追い討ちィ!!」
私も薄々気が付いていたけれどいざ言われるとなかなか殺傷能力が高い言葉だった。エースにここまで言われる手紙ってことは『面白い冗談だな陰キャ風情が』お手紙ビリビリコースも一気に現実味を帯びてくる。
「書き直します。」
「それがいい。」
「でもなんて書けば?」
「俺に聞くのかそれ。最初から言ってるじゃん、ラブレターにしろって。」
「ハードル高いわー。」
「いや観察記録の方がハードル高ぇのよ。」
そんな事言われても故意的に『観察記録』を書いたわけではない。しかし無意識に書いたファンレターが観察記録になってしまったという事実の方がやばい事に気が付いてエースに何も反論が出来なかった。
じゃあ、ラブレターって何を書くんだ?授業中も心ここに在らずでその事ばかり考えてしまう。しかもラブレターを書いたらもうそれは誤魔化しようがないだろう。そうか、誤魔化せたらいいのか。私は思いつくままにノートの切れ端に手紙を書いた。
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ジャミル先輩へ
ステーキは好きですか?
キッシュもいいけど私は断然ハンバーグ
デミグラスソースで食べるのが1番好きです
スマホで写真撮ってるんで今度見てください
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「お前、馬鹿なの?」
「真面目に!書いたよ!」
「ハンバーグへのラブレターなんだけど。」
「縦に読んでみて!」
「いや気付いてるからな!手紙でクソガキムーブかますな。何だよ縦に読んだら頭文字が告白になってるって。」
「めっちゃディスるじゃん。…これだったら世間話だけど縦で読むとあら不思議って感じで、もし気が付いて迷惑そうなら『たまたまですよー』って誤魔化せるじゃん。」
「はぁ…ホントお前って馬鹿だな。」
そんなに「馬鹿」って言わなくてもいいじゃないか。こちとらラブレターをどうやって誤魔化せるかと必死に考えた結果がこれなのだから。あまりの言われように我慢ならない私はエースを睨みつけた。
「ハンバーグラブレターをわざわざ渡す意味あんの?ジャミル先輩が縦読みに気付かなかったらマジで奇行だぞ?」
「!!!」
「いや今気が付いたのかよ。」
ストーカー型奇行種監督生の私はそのノートの切れ端をぐしゃっと丸めてポケットに突っ込んだ。
そんな奇行をするくらいなら手紙はやめとけ、とエースに言われた私は大人しく授業を受けることに集中した。可愛らしいラブレターなんて柄じゃない。でもきっと彼のお眼鏡に叶う可愛らしい女の子は可愛らしいラブレターを書くのだろう。そんな意味のわからない嫉妬をしたって仕方がないのに。
そもそも元を辿れば何故私はジャミル先輩に手紙を書いているのだろうか。あの時ジャミル先輩が23通もラブレターを貰っているとエースに聞かされて、何だかモヤモヤとしたのは事実だった。ジャミル先輩にもし彼女が出来ても、笑顔で「彼女さんとお幸せに!」なんて言える気がしない。
私の恋心はきっともう誤魔化せなくなっているのだから。
『好きです、ジャミル先輩。
絶対言わないけど。』
そう書き殴った文句に蓋をするようにノートを閉じた。
授業が終わるとエースが「寝ていたからノートを貸してほしい」と言ってきたので特に何も思わずノートを手渡した。私はこの時、ノートの端っこに書き殴ったラブレターと言うには随分可愛げがない文句のことなんかすっかり忘れていたのだった。
「………監督生。」
「あ、ジャミル先輩、こんにちは。」
昼休み、食堂で昼食を終えた私はマブ達とグリムを残して教室に戻ろうとしていた。午後から体力育成なので先に戻って着替えようと思ったからだ。しかし食堂を出て歩いていると聞き慣れた声に呼び止められてドキリと胸が跳ねる。振り返ると23通のラブレターを貰った男として話題沸騰中(私の中で)の彼が立っていた。
「君が一人でいるなんて珍しいな。」
「次、体力育成なので先に運動着に着替えようかなって。」
だから一刻も早くここから離れたい。エースと散々ファンレターやらラブレターやらと騒いだので、平常心でジャミル先輩の顔を見ることができなかった。じりっと足を動かして急いでいる雰囲気を醸し出してみるがジャミル先輩は気が付いていないようで、
「ちょっといいか?」
とツラ貸せ宣言してきた。ジャミル先輩と二人っきりだって?冗談じゃない。カリム先輩どこ行ったんだよ。なんて言えない私はこくりと頷くしかできなかった。
そしてやってきたのは空き教室。昼休みだからって気を抜きすぎじゃない?ちゃんと施錠した方がいいと思います、私の為に。誰もいない教室でジャミル先輩と私の二人だけ、個別のファンサイベント今日だったの?そういうのは事前に告知しておいてほしい。
「君に聞きたいことがある。」
「ぅえ!?な、なんでしょう?」
「これは君が書いたのか?」
ペラッと見せられたのは小さなノートの切れ端。そこには私の文字で『好きです、ジャミル先輩。絶対言わないけど。』と書かれていた。私はそれを読んで、また見直して確実に私のノートの切れ端だなと理解するまでに時間がかかった。読み込みが激遅ハードディスク。
いやいやいや、なんでジャミル先輩がそれをお持ちでいらっしゃるんですか?ノートの切れ端に書いただけでちぎってないのになんでちぎれてるの?しかもノートを教室から持ち出してすらないのに何故彼の手元にあるの?意味がわからない。怖い。あのノート、もしかして手紙書いたら独り歩きして本人に届けてくれるタイプのノート?
こちらを見つめる三白眼に向かってやっとの思いで絞り出した答えは、
「いやチョット分かんないっすね…」
「誤魔化すとしてももう少しマシな答えはなかったのか。」
自分でもそう思う。しかし思考回路がショートしてんだから仕方がない。
「これは君の文字だろう?ラブレターと解釈してもいいほどの可愛らしい内容だが?」
「先輩、ひっかかりましたね?それは私の文字に見せかけたデュースの文字です。」
「さっき食堂でエースから『監督生のノートにこんなの書いてありましたよー』ってニヤニヤした顔で渡されたんだが?」
「エースぅううう!!」
裏切り者は身内にいたのか。そういえば、とエースにノートを貸したことを思い出した。あの時にノートを破っていたのかと今更気が付いた所でもうどうしようもないが。
「それで?俺の事が好きなのか?ラブレターを書くほどに。」
「あ……う…いや…」
ジャミル先輩はノートの切れ端を笑みを浮かべた口元に寄せた。きっと揶揄っているのだろうその仕草も様になるのだから顔が良いとは罪深い。私はこの状況をどう回避しようかと脳みそをフル回転させるが全くもっていい方法が見つからない。それもこれも彼の目がいけないんだ。あの何でも見透かすような瞳で見つめられると喋るどころか息を吸うことすらままならない。しかしジャミル先輩は余裕の表情で私の顔を覗き込む。
「素直な告白の後に書いてある『絶対言わないけど』っていうのは?」
「う……あ、えっと…」
「好きと言わない理由は?」
「えっと…好きって言い寄る女の子は迷惑かと思って…」
だって実際練習試合や大会で女の子達がキャーキャー騒いでいるのにまるで聞こえてないといった表情だったし、軽くあしらっている所しか見たことがない。きっと従者である彼にとって恋人の存在は邪魔でしかないのだろう。ちらりとジャミル先輩を見上げると、眉を顰めて私を睨みつけていた。
「…………迷惑だと誰が言った?」
地を這うような低い声に思わず「ひっ…」と小さく悲鳴が漏れた。いくら馬鹿な私でもこれだけは分かる。ジャミル先輩は怒っていると。
「…先輩?おおお怒ってます?」
「怒っているように見えるか?」
「見えます!」
「察しがいいな。」
「当てちまったぁああ!!」
こんな時だけ察しがいい自分が憎い。ふふんと笑ったジャミル先輩は今日も顔が良い(2回目)。見つめていた綺麗なご尊顔はいつの間にか間近にあり、私は息を止めた。ジャミル先輩の距離感は今日もおかしい。
「好きでもない奴から言い寄られるのは迷惑だが、好きな奴から言い寄られるのは迷惑じゃない。」
「それはそうですよね。」
「君から言い寄られるなら願ったり叶ったりだ。」
「あ、そうですよね………………え?」
「思う存分口説いてくれないか?」
でここまで書いて『もっとギャグにしよう』ってなって3通目ボツになりました。たぶんどこにも使わないから供養しとく(笑)