生姜焼き弁当を食べさせる話類はオレの弁当をたまにねだってくる。
購買で食べれないパンを買っただの、お昼を忘れただの、理由は色々だ。交流しはじめのころは購買の惣菜パンと生姜焼き弁当を交換しようだなんて言わたこともあった。今考えても不当な条件がすぎる。オレは生姜焼きが好きなんだ。
そんなことをしてくる理由は筋金入りとも言える偏食具合のせいだった。あいつは野菜が嫌いだ。野菜なし餃子というものが家庭料理にあるくらいだ。おそらくそのくらい食べる食事のレパートリーが少ない。だから食べれるものを持っている相手に交換をもちかけたりするのだろう。
いや、自分で食べられるものを買ってくれ。それでも買えなかったのなら、あとで補填をくれる条件でわけてやってもいい。特に弁当は家族が作ってくれたものなんだ。大切に食べたい。
泣き落としまで使ってオレと交渉してこようとしてくる困ったあいつだが、卑しいというか意地汚いかと言われるとそうでもない。みんなで差し入れを分けて食べるときもえむにさりげなく譲っているらしい時がある。本当に食べられないからかもしれないが。
そもそも作業に没頭しすぎて食事を抜く、なんてことはざらでもないらしかった。何故それでオレよりも発育が良いとか、そんなことよりも体調の方が心配だ。隈をうっすらつけているときだって珍しくはないのだから。
まあそんな食事関係があったオレたちだが、今現在は付き合っている。無論交際の意味のほうだ。
告白はオレからだった。屋上でいつもの通り実験をしていて、上手くいって楽しくなって舞い上がって、そのときの気持ちの衝動のまま喉から出ていった言葉が「好きだ、類!!!!」だった。オレにも、それこそ類にもその瞬間までそんな気持ちの自覚はこれっぽっちもなくて、互いに互いを見つめて唖然としてしまった。
そのまま屋上にきた風紀委員に捕まって、いつもの注意と反省文の用紙を渡されて解放された。それからすぐに予鈴が鳴って教室にはいったので次に類と顔をあわせたのは放課後だった。午後の授業は何も頭に残っていない。告白してしまったことで頭がいっぱいでそればっかり考えていた。
A組の教室のオレの机で互いに顔を付き合わせながら反省文を書くポーズをする。申し訳ないが反省よりも類へ放った言葉の感情を自分のなかで整理整頓して明確にすることに忙しかった。何度も何度も思考したが「人間として愛している。」だった。
演出家としても人間としてもお前が笑顔であれば嬉しい。それでいて気持ちを自分のそばに置いておきたい相手。妹の咲希とも弟分の冬弥とも仲間のえむや寧々とも違う。友愛とカゴテリしようとして類の幸せそうな笑顔をもう一度浮かべたときに指を絡めて手を繋ぐ笑う自分がいて、そこにハマらないことを自覚してしまった。
想いの方向がハッキリと解ってドッと汗が吹き出す。身体が熱いが内心は冷えていた。屋上にいたときの類はオレの言葉をきいてポカンとしていた。何を言われたかわからない。そんな顔だった。その反応から友人として好きだと宣言した言葉ではないと受け取っているのがわかってしまう。
目の前の類を見る。一心不乱に反省用の原稿用紙に何かを書いていた。文のようだったが姿勢の都合で髪の毛が幕のようにおりていてよく見えない。ブツブツとよく聞こえない独り言を呟いて酷く集中している。この様子なら少なくとも反省文を書いているわけではないだろう。
ここで黙り込んでいてもどうせ時はくる。ならばハッキリともう一度、誤魔化さずに告げよう。
それで類との関係がどうなってしまうかなんてわからない。けれどみっともなく言い訳をするのは絶対に嫌だった。類を好きになったことについて恥じることも後悔することも、どこにもないのだから。
だからしっかりするんだ天馬司。そうしてこの時もう一度気合いをいれて類の方へと向き合った。話をしようと息を吸った瞬間だった。
「司くん!」
「うぉおあああ!!!???な、な、なんだ!?!?!?」
勢いよく顔をあげた類がこちらに身を乗り出してきてあわせるように仰け反る。急すぎてひっくり返るかと思った。
「屋上で司くんが僕に好きだと発言したことについてなんだけど。」
「!!あ、ああ。その事なんだがな!?」
想定していたよりも重たくない雰囲気で話を切り出され、先ほど気合いをいれたのが嘘のように落ち着きなく反応してしまう。情けなさすぎる。そんな風に慌てるオレに目もくれず類は話を続けた。
「あのあとからずっと考えていたんだ。僕は司くんのことをどう思っているんだろうって。君はあの時僕にそういった意味で好きだと言ったんだよね?だって、いや。それは今はよくて……とにかく、じゃあ僕はどう思ってるのか返事をするためにもはっきりとさせないと話は始まらないだろう?」
「お、おう。」
そう早口で捲し立てるようにして言われる。目線が左右にずっと泳いでいるのが珍しくて、相当落ち着かないのが伝わってきた。類はさらに続ける。
「友人、仲間。今まではそう認識していたんだ。だからチャートをしてみたんだよ。けれど考えれば考えるほど何だか違う気がして。それでね、試しに恋人としてキスをしてみたんだ。そしたら、そしたら自然に出来て、しまって。だから……。」
ぐしゃり。先ほどまでかじりつくようにしてペンを走らせていた原稿用紙が類の手の中でシワになっている。いやそんなことはどうでもいい。さきほどとは違ってオレは中も外も熱くて仕方なかった。
「演出家として最高の演出の中で告白出来なくて、今とても悔しい気持ちでいっぱいさ。君が相手だから尚更ね。だから、その分君への想いを書き出してみたんだよ。気持ちをはっきりさせた証明のためにね。」
だから司くん。良ければ僕と付き合ってください。その言葉と共にオレへの愛を綴った原稿用紙を渡された。これがオレたちの始まりだ。
ちなみに反省文の原稿用紙についてメチャクチャに怒られた。祝福もしてもらった。ありがとう生徒指導担当の先生。
話を戻そう。
そう、オレたちは恋人同士になったのだ。何か大きく変わったことができたわけではないが満足もしている。だが恋人らしいことはしても損は全くないだろうし、してみたい。正直役を演じる上でも参考になる。
それで思い付いたのがランチの件だ。恋人にランチ用の弁当を作るのはドもつく定番だろう。食べるものに困るなら作ってやればいいし忘れるのならオレが面倒をみればいい。類は得だし、話し合いも集まりやすい。一石二鳥だ。流石だなオレ。
そしてオレは弁当を作った。中身はオレのと一緒に作りやすくて食べれる生姜焼きだ。ちなみに類のは野菜は抜いてある。食べてもらうのが目的なのでいれてこなかった。嫌いなものを無理に食べさせるよりもちゃんと飯を食べさせる方があいつにとってはいいだろう。
ホワイトデーの時にも思ったが、こうして誰かのため料理をするのが楽しい。味見もしたが美味く出来ていたと思う。きっとあいつも大喜びだ。「美味しいよ司くん。」なんて笑う類の顔が浮かんでこちらも笑顔になってしまう。
…あーん、なんてしてやるのもいいかもしれん。いや、さすがに子供扱いしすぎだろうかこれは。けどちょっとしてみたいな。それこそ喜んで食べる姿が可愛いだろうな。うん、これも経験だ。そうしてみよう。
昼休みに類をいつものように屋上に呼び出す。弁当を作ることは事前に話してあったからあいつは食べるものについては手ぶらだ。いつもの場所に二人で座って早速弁当をだした。
これから類にオレの作った生姜焼きを食べさせる。正直とてもドキドキしている。この自信作をあーんして食べさせるのだ。いかん、頬が緩んでだらしなくなってしまう。シャキッとせんか天馬司よ!これから類をうんと感動させてやるのだから!
「うんごめん、生姜辛くて無理だ。」
「な、なんだと……!」
しおしおとした顔の類はそう言った。あれだけオレの生姜焼き弁当を狙っておきながら、まさか生姜が駄目だなんて。想定外すぎる。偏食が過ぎないか?
美味しいと笑っているはずだったのに現実はどんよりとした類が目の前にいる。ショックで箸を落としそうになった。
あーんまでは完璧だったのに。したときの類の顔といったら少し恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうに頬張ろうとしていて正直クセになりそうだった。僕は赤ん坊じゃないんだよ。なんて煽られたが。
「お、おまえ。生姜焼き、食べられるよな……?」
「そうだけれど、生姜は普通に駄目かな。食感は生姜焼きには関係ないから置いておくけれど、においや味は正直ね。」
「だが、前にオレの生姜焼きをわけてやった時は食べていた、よな?」
そうだ。前にわけてやった時はしっかりと食べていた。まさか、あまりにも偏食を極めすぎてあれから駄目になってしまったのか?いや、それならばこの生姜焼きを口に含もうとしないだろう。
「量の関係だと思うけれど、司くんの家の生姜焼きは甘いだろう?だから食べられたんだよ。それに弁当用のものは調理方の都合で甘くなりがちのようだから食べやすいんだよね。玉ねぎと作るなら余計に甘味がでるし」
「そ、そうなのか…………。」
確かにうちの生姜焼きは甘い方だろう。今回は調べたレシピが悪かったか。食べたときにオレは美味しかったから気が回らなかった。料理、なんて難しいんだ。
「……まあ、僕は食べれるものが少ないからね。気をおとさないでおくれ。気持ちは嬉しいよ。」
ありがとう。と気を遣うように類がオレに微笑む。その事に絶望感を覚えた。違う、オレはお前にそんな態度と顔をさせたかったわけではない。なんということだ、この天馬司が神代類を本当の意味で笑顔にさせられなかっただと。
あらゆる意味でプライドが傷つく。だからこそ気持ちが燃え上がって、オレは決意した。類好みの完璧な生姜焼きを作ってみせると。
「類。今回は失敗してしまったが、またオレの作った生姜焼きを食べてくれないか。」
「もちろん構わないよ。けれどどうしてだい?」
「そんなもの決まっている。お前をオレの、この腕で!!とびきりの笑顔にしてみせるためだ!!!」
こうしてオレの神代類へ捧げる完璧なる生姜焼きへの道のりを歩む戦いが始まった。
僕たちは付き合っている。交際中と表現した方が正しく伝わるだろう。
告白は司くんからだった。実験が成功して喜んでいた最中の出来事だった。
ああ、告白された。彼の表情を見てすぐそう思い至った。僕を好きだと言ったその顔は、ショーで喝采を受けて満ちた気持ちで高揚している顔。楽しそうなことにワクワクした純粋な夢をみている顔。特に咲希くんのような身内に向ける優しい顔。そのどれでもなくて、全てを内包している表情にそれ以外に形容のしようがなかった。
そんなたくさんの熱を混ぜて映したような感情で声にあげた彼に、僕はたくさん自分の気持ちを考えた。そうして出した答えを伝えて、僕たちは結ばれた。
そんな彼が最近お弁当を作って持ってきてくれる。
僕はかなりの偏食で料理の味付けには神経を使うタイプだ。外食だって決まった場所にしかいかない。そもそも食事にあまり頓着がなくて、動ければいいと思う時だってある。司くんはそれが不健康的に映って心配だったらしい。
初めて作ってきてくれた生姜焼きは生姜特有の味付けに口が和解を拒否した。朝早く起きて手間をかけて作ってきてくれた司くんにはさすがに申し訳なかった。実際に彼は自信作だったらしかった生姜焼きへの感想にショックだったようで悔しそうにしていた。
しかしここで終わらないのが司くんだ。必ずお前を笑顔にしてみせる!!そう宣言してから毎日とまではいかないが、生姜焼き弁当を作って持ってきてくれた。
日に日に僕好みへと変わる生姜焼きの味付け。司くんが僕に感想を訊いて、一生懸命味付けを考えてまた作ってくる。その姿になんだか食欲が満たされたのとはまた違う、別の満腹感を覚え始めていた。
今日も屋上に呼ばれていつもの場所に座ってる。
「今日は自信作なんだ。今回こそお前の口に合ってくれれば良いが。」彼はそう言いながら恋する乙女にも劣らない表情をして楽しそうにつつみを開いている。ここ最近よく見るようになった姿だ。
はじめのころは闘志に燃えている!といったショーの練習でもよく見る表情だった。それが時間がたつにつれて試行錯誤して僕に料理を作ることで感情の変化が起こったらしい。まさに恋愛モノでみる恋人のことが好きでたまらないといった感情が仕草にも表情にもにじみ出るようになったのだ。それを僕とのやりとりで変化したものだと思うと愛おしかった。
「十分美味しいものを食べさせてもらっているさ。」
そうだ。彼の真面目で一途な努力によってすでに生姜焼きは僕の好みの味付けによっていてかなりの美味しさを誇っていた。それでも何事にも全力のな司くんによって未だに改良が行われている。そういうところが僕にとっては好ましいとは思っている。
「いいや、まだ駄目だ。お前がなんの憂いもなく、一番美味しいと思う味を。寸分狂わず提供できるようになるまでオレは作り続ける。」
「まあ僕は構わないよ。満足するまで付き合おうじゃないか。」
それに君とこうしてご飯を食べる時間が楽しみだからね。
開かれた弁当箱から生姜焼きを摘まむ司くんの動作をじっと見つめる。しっかりと摘ままれた生姜焼きの下側に手が添えられる。そろそろかな。そう思うと類。と呼ばれたので身体を彼の方にしっかりと向けた。口にかかってこないように左側の髪の毛を耳にかけて、合図を待つ。
「ほら、あーん。」
その言葉とともに目の前に生姜焼きを差し出された。食べこぼしてしまわないようにしっかりと肉を口内に納めて口を閉じる。それをしっかりと見た司くんが眼の奥に暖かな色を宿しながら笑みを深めた。
司くんは何故か僕に弁当箱の中身に限って手渡ししたがった。はじめて弁当を持ってきてくれたときはその場の雰囲気に呑まれただけの行為かと思っていたし、その行動に内心嬉しく思っていたけれど。違っていた。それからも毎回あーんをしたがるのだ。
僕から甘えてみて恥ずかしがる可愛い彼を見るためにする分には羞恥はなくてよかったが、まさか司くんから堂々と毎回求められるとは。僕の方が恥ずかしくて言い訳してみたりして逃げようとすることになってしまった。絶対に箸を下ろしてくれなかったので毎回食べることになったのだけれど。
けどそれも最近では慣れてきてこうして食べさてもらうと嬉しくなっている自分がいた。彼からの愛情をもらっている。そう思うと想いを手渡しで貰って食べてる気分になってきてソワソワするんだ。
きっと司くんも似た感情を抱いている。だから執拗に僕好みに拘った生姜焼きを作ってきて食べさせようとする。僕に自分の想いを食べさせたいんじゃないだろうか。それに試行錯誤する過程も好きなのかもしれない。だって僕たちが最高のショーを作ろうとする、あの行為に似ているから。
含んだ生姜焼きをゆっくりと味わうように咀嚼をする。そんな僕の口を熱っぽい視線がじっと観察している。
「美味いか?」
司くんが色々な意味を含めて期待を隠さない声色で訊いてくる。
僕は噛みおえたら肉をゆっくりと大切に飲み込んだ。肉が通って動いた喉に司くんが瞳孔を開いて見つめていた。その行動と飲み込んだ生姜焼きにやっぱりお腹じゃないどこかが満たされて体内が温かくなったのを感じた。
「……うん。タレのおかげで生姜特有の風味が舌に引っかかってこない。だからといってタレの味はしつこくない。今まで食べたなかで一番美味しいよ。」
「!そうか、そうだろう!!」
りんごの量を変えたのは正解だったな!そういって司くんは自分の方の弁当箱の生姜焼きを一切れ摘まんで嬉しそうに口に含む。行儀のよい彼らしくゆっくりと咀嚼をして味わっている彼は笑顔を咲かせた。
「うまい!!なあ、何か気になるところはあったか!?雑味があるとか!!」
「いいや、感じなかったよ。おめでとう司くん。君が追い求めていた念願の僕好みの生姜焼きさ。」
ついに、ついにやったぞオレ…!!!!司くんが目標を達成した歓喜で自分の弁当箱を掴んで震えている。その様子に僕も嬉しさを覚えつつ、良いことを思いついたので横から自分の分の生姜焼き弁当をとろうとした。けれどそれに案外すぐ気づいた司くんに素早く取り返されてしまう。
早く食べたいなあ。司くんよりわざと下にかがんで上目使いで催促をすれば気づいてくれた彼がハッとして、箸を握り直して僕の分のまた生姜焼きを摘まむ。
それに合わせて今度は僕から口を開いた。少し上の方向から生姜焼きをゆっくりと舌にのせられる。箸が引き抜かれたと感じる距離で唇を閉じて見せつけるようにゆっくりと咀嚼してみせた。
「美味いか?」と知ってる筈なのに訪ねられる。さっきよりも分かりやすく恍惚としていてよっぽど嬉しいんだなと伝わってきて胸がドキドキとする。飲み込まずに返事をすると行儀が悪いと怒られてしまうから、この想いの結晶大切に飲み込んで気持ちを満たしてから「うん。」と返事を返した。
彼は一枚目のときとは違って、満ち足りたように蕩けるような綺麗な笑みを浮かべた。
ああ、君にこうして手料理を食べさせてもらうことが楽しくて幸せでクセになってしまう。
「ねえ、司くんさえ良ければなんだけど……他にもこうして作ってきて、食べさせてくれないかな?もちろん、必要なものは用意するから……」
「!ああ、ああ!!いいとも!!!」
オレとお前の仲だものな?
僕に所謂餌付けのようなことをする行為にすっかりと味をしめてしまったらしい彼は、本人が鏡で見たら他人に見せられないと絶対に言いそうなしまりのない表情をしていた。
それに対して幸福と期待からの飢餓感を早速覚えた自分も相当やられてしまっていた。次は何を頑張って作ってきてくれるのだろう。期待に胸が大きく高鳴った。