「口実(仮)」波の音を遠くに聞きながら夜空の月を見上げる。
この島に来てから、いつの間にかそんな習慣が出来上がっていた。
寄せる波は今日も穏やかで、あの日の嵐の跡を見つけることは難しい。船の修復を理由に、この島に滞在するようになってどのくらいの時間が経ったのか。漂着した当初こそ混乱と焦りに加え慣れない環境に疲弊したものだが、今では思いがけない休日のように日々を楽しんでいた。
無論、事態は楽観視できるようなことばかりではない。
自分たちがこうして流れついたように、同じ船に乗船し、あまつさえ今は自分の手元にある魔剣を取り返そうと躍起になっている帝国の部隊の存在は、決して無視できるものではない。
いや、帝国の部隊というだけならここまでの煩わしさは感じなかったはずだ。隊を束ねる指揮官が彼女でさえなければもっと容易く退けられるのではないかと、ありもしないことを考えて嘆息する。
知らずについたため息の大きさに驚いて苦笑してしまう。
昼間は子供たちの手前おくびにも出さない心配事も、この月夜の下では簡単に晒してしまうらしい。
空は晴れ渡り、月の光は眩しいほど。
煌煌と照らされた光景は都では考えられないことだが、これがこの世界本来の夜なのだろう。そして、こんな夜には彼の世界の住人たちもさぞかし活発な姿を見せているに違いない。
不意に、微かな花の香りが運ばれてきた。心地よく気分を落ち着かせてくれるそれは、マルルゥご自慢の妖精の花園から飛ばされてきたものだろうか。
それとも。
そんなことを考えていると、静かに風が巻き起こった。続いて音も無くふわりと降り立つ人影に、彼はゆっくりと振り向いて声をかけた。
「やあ。今日もいい月夜だね、ファリエル」