夏祭り(巻桐) ふと、足を止めたのは遠く祭囃子が耳に届いたからだ。ペンペンヒョロリと和楽器の奏でる軽快な音に、ああどこかで祭りでもやっているのかとそれまで向かっていた方向から音の発生源へと足を向ける。
待ち人がいるのはわかっていたし約束の時間だってとっくに過ぎている。それでも、足が向いたのはもしかしたら会いたくないと思っていたからなのかもしれない。
このまま祭りの喧騒に巻き込まれたなんて言って、約束をうやむやに出来ないだろうか。
「遅いで、巻田クン」
聞こえてきた声に自然と下がっていた目線を上げれば、目の前にはここにいるはずのない待ち人が立っている。そうだ、たった半年で忘れたわけでは無かったが巻田に絶望を運ぶのはいつだってこの人だった。いつだって、巻田が逃げることを許さないし、逃げたって追いかけてくるのだ。
「何で居るんやとでも言いたそうやな」
飼い主なんやから、ペットの行方は把握しとかんとあかんやろ。なんていつもの調子で言う桐島に巻田は唇を噛み締めた。悔しさと悲しさと苛立ちと嬉しさがぐちゃぐちゃに入り混じって瞳から溢れ出してしまいそうだったからだ。
あんな大見得を切ったのに不完全燃焼なまま終わってしまったことが悔しくて、目標を達成出来なかったことが悲しくて、ここにいる桐島に苛立って、けれど桐島がここにいることが嬉しくて。
「デート、しようや」
こちらに差し出されたその手を、どうして取らないでいられるだろう。手を繋いで初めて自分の手のひらが汗で湿っていることに気付いて気まずく思うが桐島は何も言わなかった。