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    Hyiot_kbuch

    @Hyiot_kbuch

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    Hyiot_kbuch

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    門の見舞いに行く南のお話。
    カプではないです。

    青い春の残り滓 南方恭次にとって門倉雄大とはいっとう特別な人間であった。自身と似た思考、行動。だが自身と異なる信念、強さ。初めて対峙する前からその存在は時に鼓舞させ、時に苛んだ。
     そうして遂に対峙することとなった日は柄にもなく高揚したことは覚えている。一度勝利を手にしたもののすぐに辛酸を舐めることとなったあの日、初めて味わった敗北の味は悔しさだけでなく、別のなにかを芽吹かせたことに南方はすぐには気付かなかった。
     そうしてゆっくりと根付いた感情は、二十年近くの時を経て擦り切れはしたが消えることなく心の隅に引っかかっていたようだ。当時はよく分からなかったこの感情も年老いてその感情を見直した今、憧憬だったと断言出来る。
     一度は憧憬を抱いた相手、門倉とラビリンスでの思わぬ再会の後、その背を追うように同じ組織へと身を置いた。ハンカチを託されたからだけでなく、南方がそうしたいと思ったからだ。
     再びあの門倉と並び立つ。今度は相対するのではなく肩を並べるともなれば、あの頃の淡い憧憬が報われる気がした。ただこの賭郎という組織は憧憬だけで乗り切れるほど甘い場所ではなかった。

    「はぁ……」
     今日もまた受けた叱責に南方は思わずため息をつく。この組織では新人とはいえ四十も近くなったこの歳での叱責は胸に来るものがある。表の立場である警察で確固たる地位を築いているだけに余計に、だ。
     しかし、ここは倶楽部賭郎、完璧なお屋形様の傍に常に沿う立会人。その一人として最近ハンカチを貰ったばかりの身ではあるが完璧にはまだほど遠いのは南方自身が一番分かっている。
     そんなやるせない気持ちの時、南方が必ず訪れるのは未だ意識が戻らぬ門倉の元であった。
    「……門倉」
     機械音だけが響く部屋の中、ガラス越しに見つめる門倉は自慢のトサカも崩され真っ白な包帯で彩られている。最早再会した時の真っ黒な姿よりも見慣れてしまった白ずくめのその姿に、届かないと分かっていてもついつい声をかけてしまうのは南方が訪れる際の習慣だ。
     今日もまた返事がないことをいいことに、備え付けの椅子に座ると一方的に門倉へ言葉を投げかける。
    「また今日も怒られてしまった。完璧の傍に立つのはなかなか難しいもんだな」
     門倉は凄かったんだなぁと南方は自嘲するように笑った。賭郎へ所属し、立会人としての立ち居振る舞いを学べば学ぶほど分かるこの組織の難儀さ、そんな組織で立会人としての門倉のすごさを思い知る。高架下にて対峙した時には既に賭郎へとスカウトされたといっていたと言っていたのだった。あの時から自分と門倉との間には既に大きな差があったのだなと身につまされる。
     そういった思いや弱音をぽつりぽつりと言語化し整理していく、そんな誰にも知られない時間が南方にとっては大事な一時であった。
     四半刻をすぎたであろう頃には、来た時よりもだいぶスッキリとした表情で南方は立ち上がる。
    「新人だからまだいろいろ言われているが、お前が俺にハンカチ預けたのは間違いじゃないって証明してやる」
     来る度に言うせいでもう何度目かも分からない決意の言葉。南方にとってかつて憧憬を抱いた門倉は、誰よりも立会人としての自分を見届けて欲しく、認めて欲しい相手なだけに聞こえてないと分かりながらもついつい口に出してしまう。そうして自己満足とも取れる言葉を残すと南方はガラスへと背を向け病室を後にした。

     相変わらず門倉の元へ向かう南方の表情はなんとも言えないものだった。ただ表の稼業も忙しくなったせいで暫く足が遠のいていたこともあり久しぶりの来訪となる。
     いつものように病院にて面会の受付を行うと、いつもと違う部屋の番号が告げられる。どうやら自分が来ていないうちに移動があったらしい。既に顔見知りとなっている看護師はなにやら訳知り顔で部屋の方向をわざわざ指さして教えてくる。
     その態度を不思議に思いながらも教えられた通りの方向へと足を進めれば、どう見ても一般病棟の部屋が並んでいる。
     まさかと思い部屋へと向かう足が速くなる。周りに迷惑にならない程度のスピードで言われた番号の部屋を目指す。ナースステーションから離れた奥まった場所にある個室のひとつに門倉の名前が記されていた。
     この扉を開けばこれまでガラス越しでしか見ることの出来なかった門倉がいる。そう思うと南方はなかなか開ける踏ん切りがつかない。しかし、南方がまごついている間に中にいる人物が扉の窓に映る影に気づいたのか鋭い声が飛んできた。
    「誰だ。用があるなら早く入れ」
     高架下で初めて聞き、あの迷宮以来聞くことのなかった声。紛うことなき門倉の声に南方の手が一瞬止まる。意を決して恐る恐ると扉を開くと、相変わらず白く染まった姿でありながらも、これまでは開かれることのなかった黒い瞳が真っ直ぐ南方を捉えていた。
    「……南方か」
    「その……意識戻ったんだな」
     何度も姿を見てはいていたものの、門倉の意識のある状態での対面はこれが三度目だ。一方的に感じていた親しみよりも気まずさの方が勝ってしまい当たり障りのない言葉に逃げる。
    「ああ。つい一週間ほど前にな」
     答える間も入口から動かない南方に対して、門倉は座れとばかりにベッドの横にある椅子を顎で示す。ゆっくりと歩いてくる南方を上から下まで眺め、南方が座ったことを確認すると今度は門倉が問いかけてきた。
    「その姿。賭郎に入ったのか」
    「ああ。今は拾陸號としてやらせてもらっている」
    「……拾陸號」
     南方の答えを聞いて門倉が小さく繰り返す。門倉にとってその数字に思うところがないわけがない。
    「そうか。その数字を継いだか」
     噛み締めるようにいう門倉にどことなく気まずく、南方は思わず目を反らした。そんな南方の行動に門倉の視線が咎めるようなものへと変わる。
    「なんだ、不満でもあるのか」
    「いや……號数に対して力不足を痛感することもあってな」
     言葉を濁そうにも門倉の隻眼に見透かされるような気がしてつい弱音を漏らす。意識がなかった時にさんざん門倉へ懺悔するように話していたせいもあってか、思ったよりその言葉はすんなりと出てきた。
    「おどれかてそういうこというんじゃな……」
     傲慢不遜な南方の一面しか知らなかった門倉はその言葉に驚いたのか郷里の言葉が出ている。そんな門倉に南方は苦笑とも自嘲とも取れるような笑みを浮かべた。
    「俺だってたまにはこういうこというさ」
    「……そうか」
     互いに話すこともなくなり沈黙が流れる。会話の糸口を探りながら、改めてこれまで門倉とそんなに会話をしていなかった事実を突きつけられる。
    「そろそろ帰る」
     その沈黙に先に根を上げたのは南方の方だった。椅子から立ち上がると病室の扉に手をかける。そんな南方の背中に門倉が言葉を投げかけた。
    「次はなにか美味いもん持って来い」
     続いた病院食が不味くて堪らんとの言葉に思わず笑ってしまい頷く。閉める扉の隙間から笑われたことに不満げな門倉を見て、南方は歓迎されてなかったわけではなかったのかと安心したように息を吐くと帰路へ着いた。

    「意識のない間も見舞いに来ていたらしいな」
     そう門倉が言ってきたのは意識が戻って二度目の見舞いの時だった。あのあと訳知り顔をしていた看護師が門倉に話したのであろう。
    「ああ……何度か」
     別に隠す事でもないかと肯定を返した。聞いておきながら興味がないのか門倉はつまらなそうに見舞いの品のバナナを齧っている。美味いものを持って来いとの約束通りベタに高級フルーツの盛り合わせなど持ってきてみたのだが、表情を見る限りあまりお気に召さなかったらしい。
    「意識のないやつの見舞いに来ても面白くないだろ」
    「まぁそうだな」
     否定しない南方に門倉はならどうして来てたのかといった視線を向けてくるもあえて目を逸らし気付かない振りをする。こればかりは聞かれたところで答えたくはない。南方が答える気がないということをすぐに察した様子の門倉は、これ以上深くは追及してこなかった。

    「しょっぱいもんがええ」
     前回より穏やかにいくらか話した後、帰り際の南方の背中に投げかけられた言葉は次に来るときに持ってくる見舞いの品のリクエストだろう。
    「わかった。しょっぱいのもってくるわ」
     少し砕けた口調であえて郷里の訛り混じりに返せばわずかに門倉の隻眼が開かれる。すぐにくつくつと喉を鳴らすと口元をにまりと歪ませ、突然笑い出した門倉に戸惑う南方へと言い放つ。
    「そっちのがええ。おどれの標準語とか気味悪いわ」
    「じゃかしい」
     笑われた理由を聞いて南方はどこか気恥ずかしくなり視線をそらす。しかし、長らく話していなかった故郷の言葉は相手が門倉ということもあって不思議とブランクは感じなかった。

     門倉の意識が戻って三度目の見舞い。南方が訪れた時にはまだ夕方だというのに門倉は眠りについていた。看護師が言うには脳にまでいたる怪我がまだ回復しきれてないのか時折ああして眠ることがあるとの談だ。
     閉じられている目は同じだが、機械に繋がれてた時とは違い触れることの出来るほどの距離。南方は手を伸ばし、門倉の口元へと手をかざす。手のひらに感じる安らかな寝息にちゃんと生きていることを確認すれば、ようやく肩の力が抜けた。どうやら無意識に門倉のことを心配していたらしい。
    「せっかく見舞いの品もってきたのにな」
     しょっぱいのがいいとのリクエストに応えて持ってきたおかきの詰め合わせをサイドボードの上へ置く。これでよかったのか反応が見れないのは残念だが文句を言われずに済んだと考えれば悪くはないだろう。
     眠る門倉を見ていると意識がない相手に弱音を吐きに来ていたことを思い出す。今思えばああも通っていたことが懐かしく感じる。
    「お前が俺にハンカチ預けたのは間違いじゃないって証明してやる……か」
     いつも約束するように言っていた言葉を口に出してみるとなかなか恥ずかしいことを言っていたなと思わず苦笑する。しかし、憧憬から始まったその想いは立会人としての振る舞いに慣れてきた今も変わることはなく南方の根底に息づいている。それを確かめることができただけでも見舞いに来た価値はあったなと小さくうなずく。
     さすがに寝ているところを長時間見られるのは門倉とて気分はよくないだろうと、来てさほど時間が立っていないが南方は帰ることにする。病室を出る南方は戸を閉める寸前に己が背中を見つめる黒い瞳に気づくことはなかった。

    「おどれはようやっとるよ。南方立会人」
     客がいなくなった病室の中、門倉の声だけが響く。南方が来る直前までは眠りについていたのだが、人の気配に意識を浮上させれば南方の声がしてなにやら面白そうだからたぬき寝入りを決めていたのだ。
     一人で話す南方に適当なところで起きてからかってやるかと思い目を閉じていると、聞こえて来たのは思いもしなかった決意の言葉。門倉が起きるタイミングを見失っているうちに南方は帰ってしまった。
     実際南方の働きは一度目の見舞いの後、自分が倒れたことにより南方の元についた黒服から聞いていた。入ってさほど立っていないにもかかわらずそれを感じさせない立会いを行っていると世間話に混ぜて教えてくれたのだ。それを聞いた門倉はやはり骨のある相手だとどこか満足を覚えたのも記憶に新しい。
    「やっぱり張り合いのある相手がおるちゅうのもええもんじゃの」
     そう呟く門倉の顔はどこか寂しそうでもあった。南方と再会するまで長年張り合ってきた亡くした友人のことを思い出してしまい、らしくもない感傷にほんの少しだけ浸る。
    「ワシがわざわざハンカチ預けたんに早々に死なれたらたまらんけぇ復帰したらしごいたるか」
     なんとなく言葉に出してみたことだが、そう考えるとなかなか悪くない気がしてくる。万全じゃない身体に以前と違う視界はまだままならないが、うまく使いこなせばより強くはなれるだろう。

     退院し復帰した門倉が南方をしごく間もなく、ゲームの世界を再現した島へと送られ、今度は南方が入院することとなる未来をまだ門倉は知らない。
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