相棒自慢行きつけの居酒屋でカウンターに1人。
明日は非番だからとご飯と少しの酒を嗜んでいた。
目の前のだし巻きを箸で小さく切り取り口に放り込んだところで、威勢のいい店員の声が店内に響く。
「いらっしゃいませェ〜!開いてるお席へどうぞ〜」
賑わう店内にまた客が来店したようだ。
優しい甘みが口の中にじんわりと広がる。
酒の隣に控えさせていた烏龍茶で喉を潤していると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あれ、佐山先輩?お疲れ様です」
同じ捜査一課の花崎夕間巡査部長だ。
「お疲れ様。1人かな?」
「はい、そうなんです」
彼は、ちらっと周囲を見渡したのち言葉を続ける。
「あの…もしご迷惑でなければご一緒しませんか?」
「いいのか?花崎がいいなら」
後輩とサシで飲むというのもたまにはいいだろう。
「もちろんです!お隣失礼しますね」
彼が座るついでに頼んだビールを待って、グラスを軽く合わせる。
「暁先輩、今日は?」
よく一緒にいる彼のバディの暁明星警部補の居所を聞いてみる。
「残業するって言われて俺だけ帰されちゃいました。また無理してないといいんですけど」
少し膨れた顔だ。
「そうか。あの人いつも無理してるイメージがあるからね。僕も気をつけて見ておくよ」
本当に、と困ったように笑っていた。
酒が進み、共通の話題である上司の話になる。
「霧嶋先輩に最初にお会いしたときに、確保しようとしたことがありまして」
僕のバディの霧嶋海月警部のことだ。
「それは災難だったね」と苦笑する。
花崎が配属されて直ぐに、霧嶋さんを誤って投げ飛ばした、という話を聞いたのを思い出した。
マル暴出身でかなりの強面であるとはいえ、本当にあの人は話題に事欠かないのだから。
「こっぴどく叱られてしまいました…」
「仕方ないよね、っていうのを僕が言ってたっていうの、霧嶋さんには内緒でよろしく」
気まずそうな彼に慰めるついでに冗談めかして言う。
「それに、あの人からよく、りんごのQooとかをいただくんですけど物申したくて!俺、子どもじゃないんですよ!?」
「はは、本当に申し訳ないね。ただ、あの人も悪気があるわけじゃないからさ」
「もう…」
怒るのももっともだ。宥めるのも兼ねて話題を変える。
「じゃあ、君は何が好きなんだい?」
「コーヒーとか飲みますね。ブラックはちょっと苦くて進んでは飲みませんが」
「そうか、ちょっと分かるな。僕も無糖はちょっと苦手かな」
わぁ、と意外だとばかりに隣の彼は声を上げる。
「じゃあ、そういう佐山先輩は何がお好きなんですか?」
「似合わないかもしれないけど、抹茶ラテとか甘いものが好きだね」
「似合わないなんてことないですよ!俺もカフェでラテとかフラペチーノとかよく飲むんで分かります」
ふふ、と笑みをこぼしながら、彼は賛同してくれる。
グラスを傾けながら、ついつい話し過ぎてしまう。
「霧嶋さんは、あの見た目だから、迎えに行ったり、事情説明したりしないといけないことがちょっと多くて困るんだよね」
見た目が近寄りがたいのもあって、職質されることも一度や二度ではないのだ。
あまりの頻度への愚痴のようで、その言葉とは裏腹につい口元を綻ばせる。慣れもあるが、そうやって霧嶋さんに困らされるのも愉快なものだ。
昔ながらの刑事といった感じで、無茶を言われることもあるが、自分とは考え方が違って勉強になることばかり。食らいついていくので必死だ。
その様子を見た花崎は、仲良しなんですね、と言う。そう言われると少々照れるけれど。
「暁先輩はどうかな?あの人も、こう言うと失礼だけど、そこそこ目立つよね」
「メイさん――暁さんは流石にそこまではないですけど、聞き込みのときに怖がられてしまうことはありますね。とっても素敵で優しい方なのに。」
至極真面目に話してくれる。
「うん、上司として素晴らしい人だと思う。それと、あの人は君には特に優しいかもしれないな……」
暁先輩と花崎のバディの仲がすこぶる良好なのは、少なくとも捜一では有名な話だ。花崎巡査部長は、暁警部補にとびっきり気に入られている、と。
「そう、です?流石にそこまではないと思いますけど」
心底分からないと言わんばかりに首を傾げている様子を見て、静かに息を吐く。鈍感が過ぎるから、暁先輩に同情を禁じ得ない。
バディを大切に思う気持ちは共感できるけど。
随分と飲んだはずだが、隣の青年はいつもとちっとも変わらない。どうやら想像していたよりも彼はたんと酒に強いらしい。それとは対照的に酒に弱い僕はというと、後輩から差し出されたお冷やを受け取り、飲みながら、彼のくるくると変わる表情を眺めている。
なんとなく影がある雰囲気を認めることもあったので気になってはいたが、どうやらうまくやっているようでよかった。
夜も深まっていき、ほどよく酔って気分がいい。
シメにと僕はわらび餅を花崎はシャーベットを頼んで、熱いお茶をすする。
「今日は話に付き合ってくれてありがとう。楽しくて少し飲み過ぎてしまったかな」
「いえ、こちらこそお話ありがとうございました!あの、失礼かもしれないですが帰れそうです??」
顔が酔いから火照ってるのを感じて、心配をかけているのは明白だ。
「明日は非番だからなんとか…」と苦笑を漏らす。
「お気をつけて。またの機会にもぜひご一緒しましょうね!」
せめてもの礼として、彼が財布を出そうとするのをやんわり断って、会計を済ませる。
心配そうに、それでいて元気いっぱいに手を振る彼に見送られて終電に滑り込む。
彼の言うとおり、また今度は誘い合わせて飲みに行くのもいいかもしれない、と思いながら少し目を閉じる。
最寄りの駅に着くまで後少し。
――――――
きょとんとしちゃう花崎と、困らされてるのがどこか嬉しそうな佐山がかきたかった。