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    akirot2

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    akirot2

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    タケバジ
    いかにして武道が場地に告白し、振られるに至ったかの話。

    「世界一幸福な男に訪れた不運」 雷雨の激しい日だった。
     ペラ、ペラと紙が次の頁を撫でて捲られる音を聞きながら、武道は正座の姿勢でまんじりともせず畳の床を見つめていた。彼の前には襖が取り去られた押し入れがあり、そこに男が腰掛けている。この部屋の主である、場地圭介だ。機械的に漫画を開いたままぼうっと座り続けている武道をよそに、彼は悠々と愛読書であるという動物図鑑を読んでいた。
     どうしたものか、と彼は心の中だけでため息をついた。


     花垣武道は、つい先日世界一幸福な男になった。
     幸福という言葉は、人によって意味を変える。ある人にとってそれは莫大な富であったり、名声であったり。武道にとっての幸福とは、愛する者たちの生存と幸福だった。それは単純に富や名声を求めるよりもよっぽど貪欲な望みだったので、彼がそれを手に入れるためには、何度も人生をリベンジし続ける必要があった。けれども諦めないこと、折れないことを誓った彼は、ついにそれをやり遂げたのだった。
     そんな達成と勝利を掴み取った彼に天が与えたのは、凄まじい雷雨と自宅の停電なのだから、人生とは理不尽だ。
     停電で真っ暗になった自室で、武道は電気の復旧を待っていた。充電が切れそうなゲーム機を手慰みにしていると、携帯電話がメールの到着を告げる。差出人は、武道の相棒である千冬だった。そういえば、停電直後に、落雷の愚痴をメールで送っていた。色々とマメな千冬は、彼が場地と一緒にいなければ、すぐさま返事を送ってくる。彼の返信の早さから考えて、暇なのだとも分かった。返信の内容に想定がついたが、確認のために携帯を開く。果たして、千冬から届いたメッセージは、武道が思い描いた回答と同じだった。
    『じゃあオレんとこ遊びにこいよ。こっちは電気落ちてねーし』
     少し逡巡した。14歳の花垣なら躊躇いなく出ていただろうが、26歳の武道には面倒に感じる雷雨である。しかし暇なことも事実で。5分ほどベッドで転がった末に、武道は千冬にメールを返した。リビングに置いてあったお菓子をつかみ、上着をひっかけて家を出る。

     遊びに来い。千冬は確かにそう言ったはずだ。
     しかし、家に着いたら当の千冬はいなかった。チャイムを押せども誰も出ず、ドアノブは鍵がかかっていて回らない。部屋を間違えたかとも思ったが、貼られている名前は彼の良く知る「松野」の文字。恐る恐る電話をかけると、2コールで電話がつながる。電話口から聞こえる声は、何とものんびりとしていた。
    「あ、ごめん着いた?」
    「ごめんって何だよ。お前今どこいんの?」
    「コンビニ。お前待つ間に場地さんとこ行ってたら、肉まん食いたいって話になってさ。で、ジャンケン負けたからオレ今買い出し行ってんだよ」
    「はあ?」
    「ゴメンて。肉まんお前の分も買ってくるから、暫く場地さんとこいてくんね?」
     オレがお前を待ってるって知っているから、多分フツーに入れてくれると思う、多分。2回も多分を繰り返す不安な構文を最後に、千冬は通話を切った。
     電話という繋がりが消え、また武道は一人になった。11月も半ばの冬の東京に。

     場地に追い返される、最悪殴られる恐怖は、結局、寒さから逃れたいという武道の生理的欲求には勝てなかった。震える手で、場地の家のチャイムを鳴らす。
    ここでももし場地が居なかったら凍死してしまう、と武道は思ったが、部屋の奥からトントントン、と軽快な足音が響いて、安堵する自分がいた。扉を1枚挟んだ先で、場地の低いトーンながらも喜ばしげな歓声が聞こえる。そこでふと思い至る。場地は、ここに武道が来ることを想定していない。彼が待っているのは千冬、それも肉まんを持った千冬だ。武道の焦りをよそに、勢いよく扉があく。直後、明らかにテンションが下がる気配に、冬ながら背中に汗がにじんだ。
    「ア……?ンだよ、タケミッチじゃん。言っとくけど千冬ならいねーぞ」
    「ッス……。あの、千冬んとこ行くつもりだったんスけど、買い出し行ってるって聞いて」
    「ああ。そういうことか。千冬出てるからお前行く場所無いんだな」
    「その通りで……」
    「じゃ、オレんとこで待ってろよ。ここコンビニ遠くてさ、暫く戻んねえと思うから、漫画でも読めば」


     そして今に至る。千冬と分けるはずだったポテトチップスを場地に献上すると、場地はそれに手をつけるつもりはないと返した。
    「それ、千冬と食う予定のだろ、アイツにやれよ。食うにしてもアイツ来てからな」
     宙ぶらりんになったポテトチップスが、所作なさげに武道の隣に身を寄せた。

     武道にとっての場地は、初対面で顔面を殴られたことと、最初に聞いたマイキーの対場地の評価が凄まじかったせいで、「めちゃくちゃな奴」というイメージが離れない。だから、こういう一面にいつまでも慣れることができない。そして、場地を取り巻く環境もまた、武道の中の彼のイメージを変えるキッカケを失わせた。以前の世界――場地が死んだ世界――では、場地とは任命式や抗争など非日常の場でしか接点がなかった。そして、あの時の場地は、敵を欺くために、本質的には味方であるはずの千冬や万次郎たちに、全力で牙をむいていた。そして彼が自身の牙を収め、仲間への情を見せる頃には、彼はすでに千冬の腕の中で虫の息になっていた。最悪の形で表層した彼の優しさは、武道の中で鮮烈な記憶としてこびりついている。だからこそ、こうやって穏やかな口調で、誰かへの気遣いの言葉をかける姿に驚いてしまうのだった。
    しかし、彼はおそらく本来優しい人間なのだ、ということは、この平和な世界に辿り着き、日常をともにすることで、徐々に武道にもわかりかけてきた。そして、それが分かることがうれしかった。
     だからこそ――武道は今日という契機に、もう一度世界を変える必要があった。


     過去に戻り、未来を変えてきた武道が分かったことは、場地の死は多くの人に影響を与えてしまうということだ。そしてそれが、特に万次郎にとってよくない影響であることを、武道はその身をもって知っている。
    彼は、多くの人の精神の支柱たる人間だ。仲間みんなを救いたい武道にとって、場地は死んではならない人である。

     しかし、そんなことはあくまで細事だ。

    ハロウィンのあの日、生を駆け抜けた場地を、武道だけが覚えている。その場地を見たからこそ思う。
     武道はただ単純に、場地に生きていてほしかった。
     不器用で、乱暴で、少し独りよがりだけれど、優しくて、そして誰よりも万次郎たちを愛している場地圭介という14歳の少年。この大人びている風貌を持ちながらも、まだ年若いこどもに、生きていてほしい。
     武道は、場地が命を燃やす様を一人覚えている。彼が、死の恐怖よりも、自身の決定を優先する人間であるということを、武道ただ一人が身をもって知っているのだ。
     武道は近いうちに、未来に戻るだろう。その前に、場地が今後自分の命を大切にしてくれるように、何か言葉を残すべきだと思った。そして、場地とたった二人きりの今がチャンスだとも。

     武道は漫画を閉じる。もともと全く読んでいなかった少女漫画が、ポテトチップスと自分の間に挟まった。コチ、コチ、と秒針が、刻一刻と場地と二人でいる時間を削り取っていた。
     どうしたら、彼は生を望むのだろう。
     死なないで、では駄目だった。それでも彼は死んでしまった。命を大切にする為にかける言葉としては、一番強いはずの言葉ですら、彼には届かない。より強い言葉、より強い影響を、彼に与える必要があった。

     何とかして、彼に跡をのこす必要があった。


     突如、一つのひらめきが武道の脳裏によぎる。それは荒唐無稽で、馬鹿みたいな作戦だった。しかしそれゆえ、全く新しい手法だ。
     未来を変えるために試行錯誤を繰り返してきた武道にとって、思いついた作戦を試さない、という選択肢はなかった。
     場地くん。武道の呼び声に、場地は目線を図鑑から離さず、気だるげに返答だけをよこした。相手の聞く姿勢は最悪だが、時間もないのでこのまま作戦を決行する。


    「場地くん。好きです」
    「……は?」


     場地はようやく、愛読書から顔を上げた。何を考えているかわからない。そう言われている男のその目には、明らかな困惑の色を湛えている。困らせている。聊かに沸いた罪悪感を無視して、言葉を継いだ。
    「好きだから、オレが生きているうちは、元気で健康でいてください!」
     2回目の「好き」に、場地は気味悪がる表情を隠さなくなっていた。ここまで引かれていれば、もうどうだっていい。半ばヤケクソになって武道は少し上ずった声で、思いの丈を言い切った。沈黙が二人を包む。

     コチ、コチ、と静かに秒針だけが音を出す静かな世界。不思議と雨音すら聞き取れない。二人は無言で向かい合い、目を合わせていた。告白という言葉に反して、二人の間には、一切の甘い色恋の気配は無かった。どちらかというとその空気は、タイマンを張るときの緊張感に似ていた。事実、場地という人間の傍若無人さを思えば、「気色悪いから」という理由で一発入れられる可能性はある。その可能性に思い至り手のひらに汗がにじんだが、強く握りしめて震えをこらえた。
     なぜなら、これは武道にとって、未来を変えるための試みの一つだからだ。自分の幸福を実現させるための努力を、武道は誰よりも行ってきた。一発殴られるくらい、今更なんてこともない。無いはずだ。――しかし殴られたくはないので、言葉を付け足すことはせず、じっと場地を見つめるに留める。

     場地のほうもじっと武道を見つめていた。いつの間にか、困惑や嫌悪の感情は瞳から消え去り、代わりにまるで凪いだ水辺のような静謐さが瞳を満たしている。それは様々なことを思料しているようにも、一周回って何も考えていないようにも見える。
     突然、その瞳に、ある感情が沸き上がる。そして静かな空間に、耐え切れなくなったような場地の笑い声が弾けた。
    「っ、はははっ!なんだよそれ!元気で健康って……ケーローの日かよ!意味わかんねえな、タケミッチ」
     場地は、以前の世界では呼ばなかったマイキー譲りの愛称で武道を呼ぶ。その声には、武道に対する、確実なやさしさがにじみ始めていた。まるでずっと自分を警戒していた猫が、ある日突然、ゆっくりと自分の足に体を摺り寄せるような、静かながらも明確な歩み寄りの姿勢だった。彼の心に近づいた気配に、思わず武道の心臓が鳴る。

     場地は押し入れを降りて、武道に向かいあうように胡坐をかいた。さっきよりも距離が近づく。それは身体的な距離だけでないはずだ、と、武道は期待している。
     場地は、武道が横に退かした少女漫画を手に取った。
    「こういう漫画、千冬が貸してくれっから時々読むんだけど、まどろっこしいよな。告白までずっと悩んだり、諦めようとしたり。そーゆーカットーがいいって千冬は言うけど、オレは良く分かんねえわ」
     それにしたってお前は唐突だけどな、と場地は破顔した。
    「……なんで急に告白ってなる訳?理由くらいは聞いてやるよ」
     理由。例え事実であったとしても、自分が死んだ世界の話をすることは躊躇われ、武道は固まった。通常考えて告白した理由を言えないのはおかしな話だが、今回はあえて質問の答えを避ける。
    「理由らしい理由は……。それに、場地くんが好きなのは、オレだけじゃない。千冬や一虎君はもちろん、マイキー君も、みんな場地君が好きですよ」
    「ライバルが多いなア、あの唯我独尊の総長もか?」
     少し声に呆れをにじませながら、場地は首をポキポキと鳴らした。そんな訳がない、と態度がそう告げていた。即座に武道は場地の疑問に答えを出す。
    「もちろんです!」
    「どっちかってーと、マイキーのオキニはお前だろ、「タケミッチ」」
    「場地君には負けますよ」
    「そおかあ?」
     場地は相変わらず眉唾ものの話を聞いているときの表情だが、対して武道は確信をもって場地の言葉に頷いた。これは、以前、場地と自分で天秤にかけられ、天秤が即座に場地側に傾いたことで、万次郎に本気で殴られた者の確信である。場地が大切に持っていたお守りが無ければ、結局彼の凶行を止めることはできなかっただろう。
    「だから、多分皆が、場地くんが元気で健康でいてほしいって、思ってる筈です」

     武道が思いついた策。それは、場地の好きな仲間を利用することだった。
     彼は、創設メンバーや、千冬のことを心から大切にしている。それこそ創設メンバーの人々に対しては、命をかけられるほどに。そんな人たちが、場地が生にしがみ付くことを望んでいる、ということにすれば、場地はその望みを守ってくれるのではないかと思ったのだ。
     武道の言葉に嘘はない。場地が死んだ世界で、万次郎は勿論、彼の仲間全員が彼の死を心から悼んでいた。生きていて欲しかったと、あの場にいた皆が思っていた。
    「だから、ずっと元気でいてください」

     過去を変えて、ハロウィンの日に場地の死を回避した世界の中で、ただ一人、武道だけが、前の世界の仲間の無念、場地に対する切なる願いを伝えることができる。そして、それを伝えることが、今の自分の義務であるようにも、武道には思えた。――しかし皆も、まさかそれを告白という形で表現されるとは思っていなかっただろうが。

     なるべく印象に残るように、武道はなるべく強烈な、告白という手段を用いた。しかしそれは同時に、話を茶化される要素も含まれている。最後はなるべく真剣に伝えたつもりだが、正直ちゃんと受け止めて貰えるかは五分五分だ。
     ほんの少しでも伝われ、という念を込めて場地を眺めていると、目の前の少年は目を一瞬伏せたかと思うと小さく笑った。黒く短く揃えられた髪が、彼の首の動きに合わせて、軽く揺れる。
     真一郎の死がなくなったことで、伸ばされなかった髪。あの世界の場地が、あの髪に乗せていた気持ちを武道はあまり良く知らない。しかしきっと、真一郎も、創設メンバーと同じくらい、場地にとって命をかけられる程大事な存在なのだ。
     彼も他の人々にとって、そのような存在なのだと、武道は場地に少しでも分かって欲しかった。

     武道を改めて見つめた場地は、まるで重い荷物を下ろしたような軽やかな表情をしていた。
    「マ、お断りだけどな」
    「えっ!」
     場地の言葉に、焦りの声が出る。何も伝わらなかったのだろうか、と不安がる武道に場地が言葉を重ねた。
    「だってお前、嫁いるじゃん。ウワキは御免だワ」
     そう言って、場地は武道の頭を撫でた。その言葉と仕草に、へ、と情けない声が出る。場地が、卍會で恋人にしたい一番の男に選ばれていたことを思い出した。

     そして場地は柔らかく笑う。普段の喧嘩直前の殺気の溢れた笑顔でも、死の間際千冬に感謝したときのような穏やかな諦観でもない、いたって普通の、幼さが口の端に残る笑顔だった。きっとこれが、殺人や裏切り、贖罪から離れた彼の表情なのだ。武道の中で、こびりついていた鮮烈な記憶が塗りつぶされる感覚があった。夥しい量の血に塗れた笑顔から、幼い少年の笑顔に。

    「ありがとな。ケンコーでゲンキだっけ?やってみるわ」
     そう言って、場地は口の端を釣りあげて笑う。
    場地は、武道が本当に恋愛的な意味で彼に告白した訳でないと理解している。それはつまり、武道が場地に告白をした理由に、少しでも気付いたということだ。それは、武道が、そしてほかの人々が場地に対して望んでいる願いについて、本人が受け止めたことと同じだろう。口より先に手が出るといわれる彼が、その実、柔らかい眼差しで、自分を取り巻く世界を見つめていることを、武道は知っている。
     前回は涙で曇って、うまく写せなかったその優しい姿を、今度はクリアな視界で見つめた。今回も、端が少し水にぬれているのはご愛敬だ。
    「約束っすよ。せっかく振られたんだから、我儘聞いてください」
    「はあ?煩せえなあ」
     場地の言葉に、武道は笑った。まるで会話が終わるのを待っていたかのようにチャイムが鳴る。場地は「次こそ千冬か?」と茶化すように笑んで、千冬を迎えに行った。外は気付かぬうちに小雨になっている。きっとここで肉まんを食べて喋り、家路に着く頃には空は晴れているだろう。使命を果たした自分に、天が労ってくれたのではないか、と、根拠のない自信が、武道を笑顔にさせた。


     そうして武道は数日後未来に帰り、自分が世界一幸福な男であり続けていることを知った。それはとても喜ばしく、誇らしい出来事だった。
    だから、未来の世界で、かつて武道が場地に告白したことを場地本人から日向の前で暴露され、日向から冷え切った目で見られる不幸が起きたことなど、彼にとってはほんの細事であった。
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