夜が怖い。眠らなきゃいけないのに眠るのが怖い。
隊長に首を絞められた事、隊の奴らに虐められた事、知らないオス達に襲われた事…嫌な事が鮮明に夢に出て眠れない。
眠れば悪夢を見る。怖い怖い夢を見て目が覚める……だから眠るのが怖い……。
夢の中にすらボクの居場所はないんだ。
必死に眠気に抗って、目を瞑っているだけの時間がながく感じる。
怖い、嫌だ、怖いよ……。
意識が遠のきそうになると、また悪夢を見るんじゃないかって怖くなる。
結局眠れなくて、ベッドの中で自分の身体を抱きしめる様に膝を抱えて震える。
でもそのうちに気絶する様に眠りに落ちてしまった──
暗い、体が動かない、夢の中なのか現実なのかわからない。辺りは真っ暗で何も見えない。
誰かが乱暴に、乱暴にボクの体を暴いている。
声が出ない、体も動かない、声を上げる事すら出来ない……。
「ぁ……ぅ……っ……」
口の中は乾ききって、喉が引き攣る。
抵抗しても、もがいて暴れても、やめてと言っても誰も聞いてくれない。
身体を這い回る手が気持ち悪い。舐め回す様な視線が気持ち悪い。ボクの身体を使って行われる行為が気持ち悪くてたまらない。
「嫌……だ……っ! やだっ! 痛いっ……痛い痛い!! いやぁっ!!」
悲痛な叫びと共にボクは飛び起きた。
嫌な汗が噴き出し、心臓が激しく鼓動する。
先程までの出来事が夢である事に安堵しつつ、それ以上に恐怖心が芽生えて体が震える。
怖い、怖くて仕方がない……。
「ううっ……!」
涙が溢れてくる。涙が止まらない。
ボクは声を殺して泣いた── ふと時計を見るとまだ夜中の三時だった。
時計の秒針の音がやけにうるさく感じる……。
──眠れない……。
布団の中に潜り込んでギュッと目を瞑る。
胸騒ぎがして眠れない……悪夢が再びボクを苦しめるんじゃないかという不安で心が押し潰されそうになる。
(お願いだから、もうあんな夢見ませんように……!)
ボクは心の中で祈った──でもその祈りは届かなかったみたいだ。
悪夢が再びボクの身体を蝕んでいく。
誰かに首を強く絞められて、呼吸が出来なくなる。
苦しい……息ができない……。
必死に酸素を取り込もうと口を開けるけれど、入ってくるのは冷たい空気だけ。
『居場所なんか無いって自分自身が一番わかってるくせに』
頭の中で誰かの声が響く。
「違、う……ボクの居場所は…きっとある……」
『ははっ、何処に?』
嘲る様な笑い声と共に投げかけられた質問にボクは答える事が出来なかった。
だって居場所なんて無いから。ボクはずっと独りぼっちで生きてきたから……。
『ほら、やっぱり無いじゃないか』
頭の中で反響する声に追い討ちをかけるように言葉を続ける。
『いつまでのうのうと生きてるんだよ、ボクみたいなグズが!」
首を絞めているのは間違いなくボク自身だった。
ボクは力を緩める事なく首を絞め続けている。
「……っ……ぁ……ぐ……!」
段々と抵抗する力が弱まり、手にかかる抵抗感も減っていく。
ああ、そうか。ボクはボク自身に殺されてるんだ……。
──ふと意識が浮上した。どうやら眠っていたみたいだ。
また悪夢を見てしまった。
頭が痛い、吐き気もする、喉が渇いた……。
窓の外を見るともうとっくに日は登っていた。起きなきゃいけない時間だ。
寝床から降りようとした瞬間、強烈な目眩がボクを襲った。
(あっ……これダメだ──)
身体が倒れそうになるのを何とか堪えたものの、眩暈は収まらないどころか酷くなっていく一方だ。視界がぐにゃりと歪み、平衡感覚がおかしくなっている気がする。手足の力が抜けて立ち上がれない。頭もぼーっとしていて上手く思考が纏まらない。
こんな所で倒れていても誰も助けになんか来やしない。ここではボクはひとりぼっちなんだ。自分の事は自分で何とかしなきゃ…。
そう自分に言い聞かせて壁に手をつきながら、よろよろと立ち上がる。
あぁ…今日もまた地獄の日々が始まるんだ……。
隊長に怒られて、仲間から罵られて、虐められて……。
そんなことを考えつつ重い足取りでボクは部屋の外へと出た。