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    mitumints

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    オリジナルをぽちぽち書いてるよ。
    男女モノでループ魔法学園!

    ループするこの世界で、美形の当て馬を救えるのはモブである自分だけですか!? 太陽が地平線に落ちて、夜の帳が下りるその瞬間。
     沈む瞬間の光が校舎裏の庭園を鮮やかな橙に染める。
     庭園には初々しい若葉が茂り、春の花が咲いていた。
     どこからか甘やかな花の香りがして、チャスカの花をくすぐる。
     見渡す限り人の気配は見えなかった。
     ここには自分を呼び出した張本人であるユスラがいるはずなのに。
    (……まさか、冗談だった、とか)
     もしくは呼び出しておいて約束をすっぽかす、とか。
    (そんな人には見えなかったけど……)
     先程自分の手首を掴んだ時のユスラの表情を思い出した。
     不安や期待、どちらにしても抱えるには重い類の感情がこもっていた。
     あれは冗談でできるものではない。
    (……もっと奥にいるって考えるのが、妥当か)
     わざわざこんなところに呼び出すのだ。
     聞かれたくない話をされると読んで間違いないだろう。
    (……私に?
     彼のような有名人が何の用なんだろう……)
     腰の高さまである生垣で作られた通路を抜け、薔薇のアーチをくぐる。
     木々の間から白い石造りのガゼボが見え、その中に男性の後ろ姿が見えた。
     着ているのは白いローブに布量の多い白い服、聖星魔法科の制服だ。
     その時点で対象者は絞られるのに、黒く長い髪の毛を緩く一つに結んでいる。
    (……ユスラ先輩だ!)
     力を抜いて柱にもたれかかっている、そんな何気ない仕草でも絵になっていた。
     その容姿といい、家柄といい、成績の良さといいどれをとっても有名になる素養があった。
     精霊魔法科にいた時から聞き及んでいたのだからよっぽどだ。
     そんな人が直々に自分を指名するとは。
    (……何言われるんだろ……)
     ガゼボに近づくため踏んだ庭石が音を立てた。
     その音でユスラは顔を上げ、チャスカの方を見る。
     目にかかりそうなほど長い前髪とその間から覗く緑色の瞳。
     顔の角度を変えた時、頬の横で編まれている細い三つ編みが揺れた。
     吊り目がちな瞳に通った鼻筋と薄い唇。
     暖かな印象を受けない顔立ちだったが、目を離すことができない。
     この学園には他にも美形がいるのは確かだが、その中でも毛色が違うのは確かだろう。
     彼には黄昏が似合った。
    「……本当に来たんだ」
     揶揄うような口調に少し腹が立った。
     こちらは引越しの荷解きもほどほどにここに来たというのに。
    「先輩が来いって言ったんじゃないですか」
    「それはそうなんだけど。
     本当に来るって思わないじゃん」
    「……来ない方が良かったんですか?」
     手招きされるままガゼボに足を踏み入れると、手を引かれ中に引っ張り込まれる。
    (うぇ…ッ!?
     近いッ!!)
     ユスラのすぐそばに立たされ、表情を覗き込まれる。
     こちらからは逆光でその表情はよく見えなかったが。
     その代わり強い力をこめてこちらを見つめる目の輝きだけが、より鮮明になる。
    「……来なかったら、こっちから迎えに行ってた。
     素直なのは、助かる」
    (近いッ!!
     至近距離の美形なんて犯罪でしょ!?)
     自分がこんなにも美形に弱かったことを初めて知った。
     視覚情報の処理に忙しくて、思考が全然まとまらない。
    (……なんでッ!?
     私がこんな感心持たれてるんだ!?)
     確かに入学式で目立ちはしたはずだけど、それだけが理由とは思えない。
     何せ取り立て目立つ容姿でもなければ、遠方からの入学のため家柄を知られているとも思えなかった。
     だから、こうまでして関心を持たれていることが怖い。
     困惑するチャスカをその深い緑色の瞳がじっと見据えた。
    「……なにを知ってる?」
    (……えっ)
     短くそう言ったユスラの声は冷えていて、息を呑んだ。
     でも、逆にそれで冷静になった。
    「……違うか、何を覚えてる?」
     その言葉に顔を挙げ目を丸くしたのはチャスカの方だった。
    (……もしかして……この人も……ッ?!)
     チャスカから問いかけるより早くユスラは3度目の質問を投げかけた。
    「……これでループ、何回目だ?
     聖星魔法科は2回目だろ?違うか?」
     その質問でチャスカの疑惑は確信に変わった。
    (……同じだ)
     確信は急に安心と希望に変わった。
     一人じゃない。
    (この人も私と同じようにループしているんだ。
     この学園生活を何度も、何度もッ!!)

    —-

    (……あ、あれ……っ?)
     目に見えるものが突然変わった。
     目が覚めるというよりも、絵本のページが風に煽られ乱雑に開いた感覚に似ている。
     見えていたはずのものがなくなり、突然別の空間が広がる。
    (待って、いまどこ!?
     ここは?!)
     急いで状況を確認する。
     予想が外れてなければ、いまは一分一秒を争うタイミングのはずだ。
     自分はいま椅子に座っていて、目の前には同じような黒いショートローブをまとった学生がたくさんいる。
     白いドーム状の高い天井に青いタイルで彩られ、金色のラインで装飾された天井。
     見覚えがあった。
    (大講堂だ!
     っていうことは、また入学式って!?)
     厳粛な雰囲気で規則正しく同じ色の生徒が座わり、彼らは一様に黒いとんがり帽子をかぶりお揃いの色合いの黒いショートローブを身につけていた。
     私も同じ色のローブを身につけていたけれど、頭上には帽子はない。
    「精霊魔法学専攻 一年 チャスカさん」
    「はいッ!!」
     名前を呼ばれ勢いよく立ち上がり壇上に向かった。
    (どうしよう!?
     このまま進む!?でも、絶対またやりなおしになる気がするッ!
     時間が巻き戻るんだもん。
     鍵は聖星魔法科にあるに決まってる!!)
     目まぐるしく考えを巡らせ、答えはでないのに壇上はどんどん近づいてきた。
     もう時間がない。
     名前を呼んだ老齢の魔女は黒い帽子を片手に私を待っている。
     あの帽子を被るということは一種の契約で、そして魔法の始まりの一歩でもあった。
    (……また、これなの……?!
     いつも考える時間をくれないッ!!
     このまま進む?
     いや……ッ、ダメッ。
     きっとそれじゃ同じになるッ!!)
     すでに6度目ともなると茶番のように感じてしまうこの入学式を今度こそ最後にしたい。
     もうループするのは飽き飽きだった。
    「……精霊魔法科への入学を認め、その証としてこの帽子を……」
     大きなステンドグラスから漏れる光が輝きと権威をこの場に与えていた。
     あとは、頭を垂れ、その頭上に入学の証である黒帽子をかぶるだけという状況で、チャスカは顔を上げると大きく宣言をした。
    「……先生!」
    (……決めたのなら、ここははっきりキッパリ!!)
    「私、聖星魔法科に転科しますッ!!」
     目を丸くする先生を前に、私はそのまま踵を返した。
    (急げばッ!
     まだ間に合う、はずッ!!)
     いまならまだ間に合うはずだ。
     前に間に合ったんだから、間違いない。
    「チャスカさん!
     どこに行くんですか!!」
    「すみませんッ!!
     ティアーニさまのお導きなんです!!」
     自分の意思ではなく導かれるように不可抗力で進む事柄を、運命を司る月の女神、ティアーニの導きと例えるのは、この世界の常套句だった。
    (……人生をループするだなんて、神の身技とでも思わないとやってらんないッ!!)
     急ぎ足で廊下を進むチャスカの後ろを精霊魔法科の先生が追いかけてくる。
     それに追いつかれないようにただひたすらにもう一つの聖堂を目指した。
    (……私が動くことで変わるのかなんて、分かんないけど……)
     ループを繰り返すうちに覚えた間取りで、チャスカが迷うことはなかった。
     焦る足取りと同じように、頭の中でも高速で考えが巡らされていく。
    (……でも、このままなんて絶対にいやだッ。
     今度こそ、このループを終わらせて……、私は私の夢を叶えるんだから!!)
     美しいレリーフが彫られた大きな木製の扉の前についた。
     モチーフは世界創造の際の神々だ。
     そして、聖星魔法科にふさわしくその中央にはペンと書物を持つティアーニの姿がある。
     扉は黒い大理石の柱に支えられている。
     先ほどまでいた講堂とくらべるとこじんまりとしていたが、神秘的で近寄りがたい雰囲気はこちらの方がずっと上で、硬く閉ざされた扉を前に少しだけここを開けることを躊躇った。
    「チャスカさん!」
     後ろから名前を呼ぶ声が聞こえ、それに背中を押されるようにチャスカは扉に手をかけた。
    (どうにでもなれ!)
     先生が私の肩を掴むよりも早く私は扉を開ける。
    (……わぁ……)
     規律正しく並ぶ白い帽子と白いローブ。
     室内は黒い大理石で作られた聖堂の天井には先ほどと同じように青いタイルが敷き詰められていた。
     空を彩る星の模様とその中央には月を表す丸い明かり取りの窓が開けられていた。
     いまはそこから日の光が差し込み、室内を厳かに照らしている。
     聖星魔法科が一番大切にしている場所。
     空にいる神様と繋がることができると信じられている聖域だ。
     何度見ても不思議で、そして美しい空間だと思う。
     中央にある祭壇に向かって入り口から真っ赤な毛氈が引かれている。
     その両端には長机と長椅子が対象に並び、在校生と新入生が座っていた。
     先程と比べると人数はずっと少なく、在校生を含めても20人足らずだ。
     その反応はそれぞれで、突然開いた扉に振り向く人もいれば、動じない人もいた。
     たったいま帽子を受け取った少女は動じない方の一人で、こちらに視線も向けずにしずしずと自分の席に戻ろうとしている。
     薄紫色の長い髪をボリュームのある三つ編みにして肩から前に垂らしている。
     独特の眠そうな色気のある表情を、チャスカはよく知っていた。
    (チュチュだ!)
     前々回のループの際に友達になってくれた同級生。
     彼女のことは何度やり直しても、また友達になりたいと思っていたからよく覚えていた。
     そして、彼女が今年度の唯一の新入生であるということも。
    (よかったぁ……間に合った!
    壇上にまだヴィヴィ先生がいる!)
     聖星魔法科の総長であるヴィヴィが壇上にいる以上、式が完全に終わったわけでなさそうだ。
     ローズピンクの短めの髪にふわりとウェーブがかかり、白いローブによく映えている。
     深い緑色の瞳。
     蠱惑的な口元の美女なのだが、実際の年齢は見た目とは釣り合わないという噂だった。
     チャスカは急いで壇上に進むと、相手の目を見て口を開いた。
    「お騒がせして申し訳ありません。
     今年度の入学生、チャスカと申します」
     前例があるとわかっていても、受け入れられるのか緊張する。
     声の震えを悟られないように、チャスカは一度に話し切った。
    「聖星魔法を学ぶ機会をいただきたく、こうして来た次第です。
     どうか転科をお許しください」
     白い帽子を乗せやすいように頭を下げるチャスカをみて、ヴィヴィは一度だけ驚き瞬きをする。
     そして、目を細め微笑んだ。
     その余裕のある笑みをみるものは、全てを理解したのかと錯覚を起こしてしまうような仕草である。
    「許可しましょう」
     白いとんがり帽子を手に取り、私の頭の上に載せた。
     頭上に僅かな重みを感じる。
    (……間に合ったぁ)
     こうすることが本当に解決に繋がるのかは分からなかったが、それでも動き出してしまったのだから、後悔はしたくない。
     本来の制服である黒いショートローブに、白い帽子は真っ白で統一されている室内に違和感しか与えなかったが、いまさら仕方がない。
     神妙な面持ちでチャスカは帽子の被りを深くした。
    「ありがとうございます」
     頭をあげ一礼する。
     そして、その後どうするべきか迷うチャスカをを見たヴィヴィは指先で一つの席を指す。
    「そうですねぇ。
     では、チャスカさんはチュチュさんのお隣にお座りください」
     ちょうど一人分の空席がある。
     チャスカは一礼すると祭壇に背を向け、自席へと歩を進めた。
     周りからの視線が痛い。
    (……こんな形で乱入した時点で、浮くに決まってるんだから)
     わかっているからこそ、平気な顔をするしかなく、チャスカは誰とも視線を合わせないようにしてただ自分の席だけを見て歩いた。
     着席して周りに埋もれてしまえば、この気恥ずかしさも少しはマシになるはずだ。
     チャスカ自身は一度この聖星魔法科を体験したことがあったため、面識はあるのだがループして最初に戻っている以上、他からの認識はないはずだ。
     それが少し寂しく感じるも、6回目ともなればやり過ごすことを覚えた。
     何事もなく席に着くはずだった。
    (……んッ!?)
     服に違和感を感じて横を向く。
     そして私の服を故意に引っ張った人と目があった。
    (……あッ、この人……知ってる……)
     黒い髪に緑色の瞳。
     長い髪を一部三つ編みにして、大部分を後ろで緩くまとめている。
     切れ長の目と長いまつ毛が涼やかで、遠目だったがよく笑っているところを見かけた。
     いままでのループの中で関わったことはなかったけれど、目立つ人物だったから憧れる人はどの科にも多く、それにまつわる噂話はよく耳にしていた。
    (有名人だ。
     確か……名前はユスラ……)
     付属情報を思い出そうとしている時に、手首を掴まれる。
     思ったよりも強く握られたことに動転しているチャスカの顔をじっと見る。
    「……なぁ」
     気安い感じでそう声をかけ、ユスラは形よく微笑んだ。
    「……お前、夕方、校舎裏来いよ」
     目が笑っていない。
    「な、なんで……?」
     チャスカの質問に答えることなく、ユスラは一方的に続けた。
    「5時な。
     待ってるから」
     言いたいことだけ言ってしまうと手首は解放される。
     手を解かれても握られたところがじんと熱く、そこから無言の圧を感じた。
     無礼な新入生に対しての忠告としては行きすぎている。
     だからこそ意味がわからなくて、チャスカは速る心臓をそのままにようやく席に着いた。
    (……な、なんなんだよぉ……)
     入学式は筒がなく執り行われた。

    —-

     この世界にはごく稀に魔力を持って生まれてくる人間がいる。
     魔力をもつ人間のみが、魔法を使うことができ、魔法が使えるというだけで将来に有利に働く。
     魔法使いは憧れのスキルだった。
     そのため、魔力がある子供の多くは15歳になるとこの学園に入学することになる。
     そうしなければ、真の魔法使いにはなれないからだ。

     魔法とは魔力を供物に神の力を借りること。
     そのためにも神と契約をする必要があり、そのための祭事はこの聖地の中に建つ、学園ソルナでのみ執り行うことができた。
     そのための一歩がこの入学式の拝帽だった。
     
     親元を離れ寮生活を送りながら、魔力、魔法についての知識を学び、実技を通して使いこなしていく。
     そして一人前の魔法使いになる。
     チャスカもそのためにこの学園にやってきたのだった。

     寮の部屋に自分の荷物を運び込むとチャスカは疲労から大きなため息を吐いた。
     聖星魔法科の寮は、精霊魔法科の寮と離れており、そこに届いていた荷物を運ぶだけでも結構な重労働だった。
     聖星魔法科の寮は、年季の入った木造の洋館で壁には蔦が絡まり、周りの緑に溶け込みひっそりとそこに建っていた。
     館内に入ってもその雰囲気は変わらなかった。
     人が多く騒がしい精霊魔法科の寮に比べて、そもそものの生徒数が少ないこの寮は静寂に包まれていた。
     自分以外にも生徒はいるはずなのに、物音一つ聞こえない。
     チャスカ自身が騒がしい方だから、こうも静かなのはどうも落ち着かなかった。
     同室はチュチュのはずだが、まだ辿り着いていないようで、余計に寂しい。
    (……なんか、やっぱり場違いだって実感しちゃうな)
     二人用の部屋はこぢんまりとしていて、二つのベッドと二つの机、二つのチェストが収まれば余分なスペースなんて無いようなものだった。
     それでも一つだけ置かれた姿見に自分の姿を映して、そのチゲハグな見た目をまじまじとみた。
     肩の上で切った赤い髪は好き勝手に跳ねてまとまりがなかったが、自分に似合うと思い気に入っている。
     この青い目も笑うと八重歯がのぞくところも、小さい頃から見知った自分の顔だった。
    (……本当に……これでよかったのかなぁ)
     頭上にある白い帽子は、支給されていた黒いケープとは対照的でチグハグだ。
     色だけではなく醸し出す雰囲気もそれぞれが異なっている。
     体を動かすことが多い精霊魔法科の制服は丈も短く動きやすさを重視されていたが、座学の多い聖星魔法科は布の量も多くゆったりとしたデザインで全体的なコンセプトからして異なっていた。
     取り扱う魔法の種類が全く違うのだ。
     そして、その後の進路も。
     聖星魔法科を志望する者は、関連のある家に生まれたかよほどの物好きだけで、大多数は精霊魔法を志す。
     チャスカも元々は精霊魔法科への入学を希望していた。
     こんなループに巻き込まれることがなければ、転科を考えることもなかっただろう。
     帽子を持っている手が震えていた。
     ループを終わらせるためならなんでもするという決心は変わらなかったが、それでも出口の見えない不安は消えなかった。
    (……時間が関係しているんだから、絶対聖星魔法が関係していると思うんだよね。
     だから、きっとこっちに手がかりがあるはず!)
     不安をかき消すためにチャスカは何度も考えたことを咀嚼した。

     精霊魔法は父神ソールの力を借りて、万物に宿る精霊を操り使役する。
     火を起こす、風を操る、またそれを組み合わせたり、精霊自身を召喚し知恵を借りるような使い方もできる。
     それに対して、聖星魔法は母神ティアーニの力を借り、時と運命を操る魔法だ。
     人の……時としては国家の運命すら覗き見ることができ、また些細な変更も行うこともできる。
     過去には運命を巻き戻すとった大魔法を使える者もいたという。
     チャスカでなくても、ループに気づいた瞬間に関連を疑っただろう。
     しかし、気軽に転科しなかったのには、理由があった。

     聖星魔法を使う者は、聖地から外に出ることができなくなるのだ。
     その力の大きさ故に、俗世との関わりを断たれ、また個人の意志で魔法を使うこともできない。
     とても制約の多い魔法として知られていた。
     そのため聖星魔法を学ぶものは元から聖地に住んでおり家の仕事を引き継ぐ者が大半だった。
     今でも転科してしまった以上、気軽に家に帰ることもできなくなることを考えると決意が揺らぎそうになる。
    (……でも、このまま……ずっと同じ時間の中を過ごす方がもっと嫌だ……。
     私には夢があるんだから。
     きっと……ループの先で、どうにかなるはず!)
     揺らぎそうになるたびに、未来の先を信じ決意を新たにした。
     その方が自分らしい。
     白い帽子を被る自分も悪くないと思えるのだから、この時間を楽しむしかない。
     そう思い直した時だった。
    「……あれぇ、誰かいる」
     部屋のドアがゆっくりと開き、のんびりした声が聞こえた。
     気だるげな雰囲気の女の子が引越しの荷物を抱えて、チャスカを見ていた。
     入学式で会った、チャスカにとっては二回目のはじめましての相手だった。
    「はじめまして!
     えっと……今日から聖星魔法科に入学することになって……寮も急遽変わることになったんだ!
    チャスカです!よろしくね」
     前回と同じようにまた仲良くなれるはずと信じていても、初めましての緊張は変わらない。
     強張ったチャスカの表示に、チュチュはゆるく微笑んだ。
    「そうなんだぁ。
     チュチュだよ。
     あなたとは仲良くなれそう」
    「私も!
     私もそう思う!!」
     チュチュの方に駆け寄ると以前のように飛びつきたいのを必死に抑えた。
     前回と地続きにあるチャスカにとって初めましての距離感がどうであったか、すでにわからなくなっていた。
     それでも。
    「仲良くしてくれると嬉しいな!」
     もう一度前のように仲良くなりたかったから、チュチュにそう言うと微笑み返した。


    (……チュチュと話してたら、あっという間に時間が経っちゃった……。
     でも、また仲良くなれそうで、嬉しいな)
     気づけば話し込んでいて、呼び出された時間が迫っていた。
     チュチュに断りを入れて部屋を出ると、校舎裏にある庭園に向かった。
     途中、あまり人には出会わなかった。
     寮からの外出が制限されているわけではなかったから新学期の準備に忙しいのだろう。
     チャスカだって呼び出されてなければ、あのまま自室で過ごしていたはずだ。
    (……なんで、呼び出されたんだろ……怖い先輩って聞いた記憶はなかったんだけどなぁ)
     ユスラ先輩。
     この聖地を治める有力家門(⬛︎⬛︎⬛︎苗字考える)の長男だ。
     学園内の生徒は等しく平等にと言う精神の元、身分や苗字を明かすことなく名前のみで呼び合うことが決まりとなっていたが、それなのに皆が出自を知る数少ない人物の一人だ。
     聖地は神を中心として動く宗教都市としての側面もあったが、その管理運営をする場所が場所ならば王家と呼ばれるような家門があり、ユスラの家はその側近として名高い家だった。
     実質的に聖地の中でナンバー2の家系であり、年を同じくする⬛︎⬛︎⬛︎家の次期当主と共に歩く姿は嫌でも目を引いた。
     チャスカが精霊魔法科にいたループ1度目の時から知っているのだから、なかなかの知名度を誇る。
     悪い噂は聞かず、羨望を集める話しか聞かなかった。
     明るい雰囲気なのに、人を寄せ付けない空気も纏っていて、ヴィンセント以外と親しくしている姿も見たことがない。
     だからこそ、呼び出された理由が分からなかった。

     夕日に染まる庭園を抜け、不安な気持ちでガゼボに辿り着く。
     そこにいた人物の後ろ姿で、それがユスラだと確信した。
     チャスカが近づくとユスラは顔を上げる。
    「……本当に来たんだ」
    「先輩が来いって言ったんじゃないですか」
     荷解きも終わっていなかったし、友人との団欒を切り上げてきた事実が、チャスカの声色を荒らげた。
    「それはそうなんだけど。
     本当に来るって思わないじゃん」
    「……来ない方が良かったんですか?」
     何を言われるのか悩んでいたのが急に馬鹿らしくなってきた。
     悪い冗談だったのならもう帰りたいという表情を隠くさないチャスカにユスラは手招きし、近寄ったらそれを引き寄せた。
    (うぇ…ッ!?
     近いッ!!)
     ユスラのすぐそばに立たされ、表情を覗き込まれる。
     こちらからは逆光でその表情はよく見えず余計に強い力をこめてこちらを見つめる目の輝きだけが、より鮮明になった。
    「……来なかったら、こっちから迎えに行ってた。
     素直なのは、助かる」
     ユスラはチャスカの目をじっと覗き込んだ。
     その顔の近さに言葉の内容よりも先に視覚情報の処理に忙しくて、思考が全然まとまらない。
     それでも摂るに足らない新入生の一人であるはずの自分にこんなにも興味を持たれる理由を必死で考えていた時だった。
    「……なにを知ってる?」
     短くそう言ったユスラの声は冷えていて、息を呑む。
     浮ついていた心が一気に冷めた。
    「……違うか、何を覚えてる?」
     ユスラはどこまで核心に触れていいものか迷いながらもそう言葉を紡いだ。
     それを受けたチャスカの表情を見て、遠回りを止め、直球で尋ねた。
     ユスラの緑色の目が揺れて、その表面にチャスカが映る。
     ユスラは話し始める前にゆっくりと瞬きをした。
    「……これでループ、何回目だ?
     聖星魔法科は2回目だろ?違うか?」
     目を逸らさず、じっとチャスカを見つめた。
     その目はどこか冷めているのに、わずかに不安を覗かせていた。
     チャスカがループしていると確信していても、本人からの告白がなければ自信が持てないのだろう。
     こんなあり得ない話、当事者じゃなければ信じられない。
     それが当たり前だということを、チャスカ自身も何度も経験してきた。
    「……そう質問するということは、ユスラ先輩も……?」
     チャスカがそう尋ねるとユスラはゆっくり頷いた。
     白い帽子の先についた飾りが、重みで揺れる。
     青い宝石の飾りが夕日の光を反射していた。
    (……私だけじゃなかったんだ……)
     張り詰めていた糸が緩むように、少しだけ気が楽になった。
     ずっとこの状況を知る人は自分だけで、頼る人なんていないと思っていたからだ。
    「私は……これで6回目です。
     先輩は?」
     ユスラの目に一瞬だけ動揺の色が浮かんだ。
     しかし、それもすぐに消えて、関心がないようにチャスカから視線を逸らす。
    「さぁ……?もう覚えてない」
     これ以上、この質問には答えないという意志を感じる。
    (……もしかしなくても、先輩は私なんかよりもずっと……)
     その孤独を想像して、言葉に詰まった。
     その孤独はどれほどのものだろうか。
     6回しただけで、もううんざりしているというのに。
     なんと声をかけていいのか戸惑うのに、この沈黙にも耐えられないチャスカは、纏まらない頭で思いついたことを口にした。
    「……えっと……大変でしたね……」
    「……もう少しマシなセリフないの?」
    「……私もそう思います……」
     恥ずかしくなって俯くチャスカを見たユスラは初めて口元を緩めた。
    「まぁ、いいけど。
     お前も大変なんだろうし」
     揶揄うような口調には、共感と同情が含まれていた。
     それを聞いてチャスカは顔を上げると改めてユスラをまっすぐに見上げた。
    「……先輩は、なんで私に声をかけたんですか?」
     自分のことを話すわけでもなく、これ以上チャスカに踏み込んでくるわけでもない。
     ふと、そのことが気になった。
    「……なんでって……なんでだろう」
     思っても見なかった質問に戸惑うユスラに、チャスカは不安気に尋ねた。
    「寂しかった、とか?」
    「別にそういうのじゃない」
     間をおかずにそう否定された。
    「えっ、違うんですか!?
     じゃあ、一緒にこのループを終わらせよう!って話とか……?」
    「別にそういうつもりでもない。
     ただ、少し……」
     言い淀んだ後、ユスラはまじまじとチャスカの方を見た。
     チャスカの緑色の瞳には、未だ生き生きとした輝きがあり、それが少しだけ眩しかった。
    「どんなやつなのか、気になっただけ」
     チャスカはぱちりと、一度瞬きをした。
     色々なことを考えていただけに、急に力が抜けて投げやり気味に問い返す。
    「……で、どうでした?」
    「どうって?」
    「私のことですよ!
     ユスラ先輩のお眼鏡には、叶いましたか?」
     まさかそんなことを聞かれるとは思っても見なかったユスラは、目を瞬かせ少しの間考え、わずかに首を捻りながら回答する。
    「面白い……かな?」
    「よしっ!」
     ユスラの評価にチャスカはガッツポーズをすると、屈託なく微笑んだ。
    「第一印象は悪くないってことですね。
     よかったぁ」
    「そうか?
     関わるつもりはないから、お前に取って良くも悪くもないと思うが」
    「残念ながら、もう関わってるんですよね、ユスラ先輩は!
     こんな情報を共有できる相手、他にいないんだから相談くらいは乗ってくださいよ」
     怪訝な顔をするユスラにチャスカは詰め寄ると、にこっと人好きのする笑みを浮かべた。
     なぜかそれから目が離せなくなる。
     夕日の橙が額に影を作り、前髪の下の新緑の瞳がより鮮明になった。
    「それに、私はユスラ先輩でよかったって思ってるんですよ」
     取り付く島もないような反応が返ってくると思っていたチャスカは、何の反応もせずただ見つめ返すユスラに違和感を持った。
    (……嬉しい?
     困惑?……なんだろ?)
     ふと素のユスラの表情が見えた気がして、その奥を探ろうとするチャスカの視線でユスラは我に返り皮肉っぽい笑みを浮かべた。
    「俺で?
     ヴィンセントの間違いだろ」
     もう先ほどまでのような柔らかいところは見えない。
    「……なんでヴィンセント先輩がでてくるんですか?」
    「ヴィンセントは誰にでも優しいから、困っているお前を放っておかないだろ」
    「そうかも……知れません、けど……?」
     ここにいない人の名前を出され、卑屈に笑うユスラを見てチャスカは頭に浮かんだことをそのまま口にした。
    「ユスラ先輩も放っておけてないじゃないですか」
    「いや、俺は……」
    「見捨てれないですよ、ユスラ先輩は。
     私、こう見えても人を見る目はあるんです」
     自信満々に胸を張るチャスカを見て、ユスラは小さく笑った。
    「その自信、間違いだったって気づかせてやるよ」
     ひらっとあしらうように振った手の指先は長く、こんな動作でも絵になる事実と合わせて腹が立った。
    (そんな捻くれなくてもいいのに!)
     口にしたらもっと抉れそうだから、胸の中にしまっておいた。
     そして、己の欲求を持たすための布石を打つ。
    「とにかく、まずは意見交換からいきましょう!
     交換する気がなくても、聞くだけ聞いて行ってくださいね!」
     用は終わったとばかりに席を外そうとするユスラの袖口を捕まえ、チャスカはそう言った。

    +++

    (……結局、ユスラ先輩、自分のことは全然話してくれなかったな……)
     チャスカの話す仮説や記憶を聞いてはくれたが、興味なさそうにあくびをするだけだった。
     何か尋ねても、さぁ?としか言わないユスラに最終的にチャスカが白旗を上げることになり、昨日の会合は終わった。
     なぜループしてしまうのか、てがかりがチャスカにはない以上何かしら情報が欲しいところだった、が……。
    (なんであんなふうにはぐらかすんだろう)
     何かを掴んでいるふうなのに、その鱗片だけを覗かせて核心に触れさせてくれない。
    (……本当に、本人の言うとおり意地悪な人、なのかな)
     関わる気がなかったら、最初から声なんてかけなかったはずだ。
     声をかけられなければ、チャスカにはきっと気づけなかった。
     それくらいユスラの生活にはループによる違和感がなかった。
    (……絶対、なにかあるはずなのに……。 
     いまわかることで考えよ!
     例えば、私とユスラ先輩の共通点……とか?)
     自席の斜め前に座るユスラの背中を見た。
     チャスカの視線に気づいているのかいないのか、ユスラの視線がこちらをむくことはなかった。
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