旅の思い出。「雨、ですね。」
静かにそう言えば
「予報通りだな。」
と淡々とした返事があった。
二泊三日のお伊勢参り、数ヵ月前に予定をたてて楽しみにしていた。
昨日はリュウジさんが少しだけ仕事をしてから二人でお昼にきしめんを食べて、リュウジさんが運転する車で鳥羽水族館へ行った。
この車内のダッシュボードにはドクターイエローのぬいぐるみがふたつ置いてある。
置いてあるのはそれだけ。
僕はこのぬいぐるみたちが気に入っている。
ふたつ置いてあるのは「ひとつでは心細いだろうから」らしい。
ドクターイエローは僕とリュウジさんの数少ない共通点。
ずっと僕たちの心の中で定刻通りに走り続けてくれている気がする。
伊勢へ来て二日目の朝、旅館の大きな窓のカーテンを少し開けて空を見る。
雨がただ静かに降り続いていた。
そこで、ぽつりとつぶやくように先程の言葉が漏れた。
大雨ではない、でも地面を静かに濡らし続ける雨は、止みそうもない。
今日は伊勢神宮やおかげ横丁へ行く予定だった。
数日前から天気予報は徐々に怪しくなっていったが、予報だから外れることもあるだろうし、深く考えてもしょうがないと思っていた。
雨でも伊勢神宮は参拝できるけれど、でもやっぱりせっかくなら晴れが良かったと思うのも正直な気持ちで、少しだけしゅんとなる。
「シマカゼ」
名前を呼ばれて振り向くと、敷き布団の上に座って天気予報を見ていたリュウジさんがポンポンと膝を叩く。
「ここへ」
その言葉と、見慣れない旅館の浴衣姿にドキドキしてしまう。
膝の上に座ると、普段とは違うシャンプーの匂いがする。
僕だけの場所。
思わずすり寄って甘えてしまう。
自分がこんなに甘えん坊だったなんて知らなかった。リュウジさんだけにしか知られたくない。
そんな僕をリュウジさんが優しく抱きしめてくれた。
いつも甘えてばっかりだなぁ、と思う。
「今日は一日雨予報だ。だから、旅館内でゆっくりしよう。
露天風呂は屋根がついていた。雨の日もきっと風流だぞ。
昼もこの中か近場で済ませば良いし、明日は晴れるみたいだから、伊勢神宮は明日早めに出発して参拝してから帰ればいい。」
「…そうですね。」
決めていた予定と全然違う提案だけど、それも良いなと思って微笑む。
だってリュウジさんと一緒ならどこでも嬉しいから。
「さて、朝食を食べに行こう。」
そう言われて、二人で簡単に身支度を始める。
ふと何か思い付いたようで、リュウジさんの動きが止まる。
つられたようにリュウジさんを見て僕も動きが止まる。
「布団は敷いたままにしておくように言わないとな。」
リュウジさんがこちらを見て、少し笑みを浮かべながら言うので、思わず朝食後の事を想像して真っ赤になってしまった。
朝食会場に着くまでに落ち着くだろうか。
雨の空を見てしゅんとしていた僕の心の中の天気は、いつの間にかキレイに晴れていた。
おしまい。
***
この夏は旅館の妄想がどんどん湧いてきてました。もったいない精神で出力しました🙇
漫画にするとなかなか進まないので今回は文字にしてみました。
🔰なのと、夜作業になるから(、あといつも自信が底辺)です。
🏝️くんは晴れ男な印象もあるけど、たまにはこんな旅行もあるかなって。
文字でお話書くのは初めてかもしれません。ただの甘えん坊🏝️くんになってしまいました。
読んでくださってありがとうございました!
2024年9月
ユーナ