こんなもの二度と生まれませんように。主人が亡くなったのは、夕日が穏やかに地球を燃やしていた日のことだった。
享年八十八歳、老衰だった。
床に臥せてからは顔も唇もめっきり色を失ってしまったが、主人の寝顔は安らかで、陽の赤がさすと凛々しい瞳がまた瞼から覗くのではないかと錯覚するほどだった。
主人と知り合ったのは縁談の場だった。
主人の家系は三百年続く名家で、対して私の家は父の家業が成功しお金にこそ困らなかったものの人脈に欠けていた。
写真で見た以上に実際に会った主人は美丈夫だった。
無口な主人の代わりに彼の母親が官僚をしているのだと話した。
官僚であれば前線に立つことはまずないだろうし、元よりこの太平の世で明日をも知れぬ身になることはそうそう起こり得なかったが、彼の瞳は常に真剣を構えているような静かで鋭い熱を宿していた。
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