今日も行方不明になった伴生獣を探し、南離印館の中を歩く豆沙糕。
庭に出て探索していると、一匹の銀白の狼が彼に近づいてくる。
その口元に雪丸をくわえている姿を見て豆沙糕は思わず叫び、「食べないで!!」と駆け寄って懇願する。
狼はゆっくりと雪丸を地面に下ろすと、雪丸は元気いっぱいに豆沙糕の元へ戻る。
雪丸を抱っこし安堵する豆沙糕を見て、狼はその場を去る。
もしかして、雪丸を連れてきてくれたのか?と思った時には、狼は姿を消していた。
しばらくして、豆沙糕はある人物の元を訪れた。
狼の世話をしている、ヤンシェズの元へ。
突然の来訪者の目的を探ろうとしているのか、ただ見つめているだけなのか、静かに彼を迎えるヤンシェズ。
豆沙糕は今朝の出来事を話し狼にお礼が言いたいと伝えると、「……少し待っていて」と言い残しヤンシェズは何処かへ消えた。
やがて美しき銀白の毛並みを持つ狼を3匹連れ、ヤンシェズが戻ってきた。
「……どの子かわかる?」
ヤンシェズの問いかけに、えっと……と豆沙糕は3匹を見比べ、「この子です」と1匹の狼の側へ近づく。
じっ……と見つめてくる狼に、豆沙糕は雪丸を連れてきてくれた事の感謝を伝えると、狼は小さく鳴きすりすりと頬ずりをしてきた。
「……小さい子から、目を離したらダメだよって言っている」
「ううっ……すみません」
反省しますとしょげる豆沙糕。
「ヤンシェズさんは、狼さんの言葉がわかるのですか?」
「……うん」
「すごいですね、僕も雪丸とお話が出来たらな……」
豆沙糕は抱き抱えている雪丸を見つめる。
ぷぅぷうと寝息を立てて寝ているその姿は、ただの兎そのものである。
「……怖くないの?」
「え?」
「狼」
「あ……えっと、最初はちょっと怖かったです。
でも、わざわざ雪丸を連れてきてくれたし、何かしたという話も聞きませんし……
きっと、優しい子なんだろうなって思ったら、怖くなくなりました」
「……そう」
いつの間にか残りの2匹にも囲まれながらニコッと笑う豆沙糕を見て、ヤンシェズは無意識にマスクの下の口元が上がる。
だが目元も少し緩んでいたので、豆沙糕は彼が微笑んでいる事に気がついた。
(この人、こんな風に笑うんだ)
無表情、無口、何を考えているのかわからない。
ある時、明四喜様が連れてきた謎の食霊。
その見た目と多くを語らない様子に、彼を遠巻きに見ている者も多い。
自分も普段は関わりを持たないから、どんな人物なのかわかりかねていたが……
「あの」
「……何?」
「狼さんとお話させてくれて、ありがとうございます」
「………………彼らが、良いって言ったから」
「でも、取り次いでくれたのはヤンシェズさんですから」
そう笑う豆沙糕を、ヤンシェズはただじっと見つめ返すだけ。
彼の事をもっと知りたい。
「もしよかったら、またここに来ても良いですか?」
気がつくと豆沙糕はそう尋ねていた。
「………………騒がしくしないなら」
「はい、約束します」
ヤンシェズの許可を得られた豆沙糕は、改めて礼を言い建物へと戻っていった。
彼を見送った後、ヤンシェズは3匹の狼を撫でながら、何故あんな返事をしたのだろうかと自問自答する。
誰かと交流を持つのは未だに苦手な彼は、出来る事なら明四喜以外と関わりを持ちたくないのだ。
すぐに探している狼を見分けたから?
動物を大切にしているから?
それだけで、彼に興味を持った?
「………………」
豆沙糕は南離印館の中で大切にされている。
悪い噂は全く聞かず、皆の役に立とうと努力している姿をヤンシェズは遠目で見たことがある。
(彼なら、この子達に何かしたりしないから)
だから。とヤンシェズは結論づけ、深く考えない事にした。