チョコレートが溶けるまでプリムとプーカが人間として生活を送るようになってから初めての2月が訪れた。バレンタインというイベントがあると連絡を取り合うプリキュア達から教えてもらい、さらにそれはこの国では主に女性から男性に対してチョコレートを贈る行事であることを2人は知った。他のプリキュア達同様、2人も女子中学生として学校に通い、日常を送っている。つまりチョコレートを贈りたい男性がいない限りはこのイベントには無関係、そういう認識でいた。…のだが。
「プリム、これ…」
「ああ、女子達から囲まれて渡された。なんでだろう…」
「…ぷか〜…」
玄関で大きな紙袋を両手に抱え、質問に小首を傾げるプリムを出迎えたプーカは嫌な予感が的中した、と顔を顰めた。紙袋から除く大量のチョコレート達。手作りであろうカラフルなチョコレートを可愛くラッピングしたものもあれば、明らかに高級そうな箱入りのもの、それに手紙がついてるものもチラッと見えた。
プーカは知っている。中性的で容姿端麗、運動神経が抜群で、クールでそっけない態度をとったかと思えばたまに見せるふわっとした笑顔。そんなプリムに一部の女子達が一生懸命黄色い声をあげていることを。
このプーカは大変嫉妬深かった。以前ならプーカは嫉妬に身を焦がしても、自身の意気地なさがそれを邪魔してプリム本人には伝えることなど到底できず、せいぜい布団に包まり拗ねて朝を迎えるだけであった。しかし、しかしだ。プーカとプリムはこの冬に想いを伝え合って交際関係にあったのだ。つまり、恋人に対し嫉妬した事実を直接口に出していい大義名分を得た事になる。
「あのさ、プリム…僕思ったんだけど、その、多分チョコって、好きな相手に渡すんだと思うプカ」
「…?どういう意味の?」
「好き」という言葉にプリムは少し敏感になっていた。交際関係に至るまで、人の感情に疎いプリムに「好き」の感情を理解してもらう事にプーカはかなりの労力を要した。それ故、プリムはプーカにその意味を確認する。
「付き合いたいなって思う意味の好き、プカ」
「え…そんなわけはなくない?そもそもそんな物好きがこんなにいるとは思えないけど」
言葉を発しながらプリムは紙袋の中身をがさっとプーカに見せる。一体何日分のチョコレートなんだこれは。
「全員じゃないかもしれないけど、絶対そういう人も混ざってるプカ!あと、君は自分の魅力をわかってないプカ!」
プーカの言葉がだんだんと勢いのあるものになっていく。プリムはあまりに無防備過ぎる。自分に向けられている好意がこんなに溢れてるっていうのに、それがこのチョコレートという、形あるものになって目の前に迫ってきているというのに。プーカはこれから気が気じゃない学校生活を送るしかないと胸の奥がざわつき、2月の寒い日だっていうのに背中にじわっと汗をかいた。まあそんなプーカにもその癒し系笑顔で隠れファンは多くついているのだが、それはまた別の話。
一旦頭を冷やそう、このままさだと玄関先で痴話喧嘩まっしぐらだ。
踵を返し、プーカはリビングに向かった。後ろから靴を脱いだプリムが追いかけてくる。パタパタとした足音がいつもより何故か上機嫌そうで、プーカはそれにも苛立ちを覚えた。
「待ってよ、プーカ」
「ぷかぁ〜…」
「これ、一緒に食べよう」
「いいプカ、君がもらったものなんだから。それに僕、怒ったりしてないプカ。ちょっとびっくりしただけ。」
明らかに不満げに口を尖らせるプーカのちぐはぐな発言に、プリムはくすっと柔らかい笑みを溢した。プリムの人気に焦る気持ちもあるが、これだけプリムが人間たちと関係を築いて楽しく学校生活を送っている事に嬉しい感情を抱いているのも事実だ。このチョコレートの中にも所謂“友チョコ”というやつもあるはず。自分のせいで学友たちとの友情にヒビが入るのもいけない。そんな閉塞的な関係性をプーカは望んでいるわけではなかった。
「こっち向いてよ、プーカ」
「嫌、今僕の顔見てプリム笑ったプカ」
ぷいっと顔を背けてしまったプーカに、プリムはまた口角を上げる。独占したい、でも束縛はしたくない、恋する中学生の気持ちは複雑なのだ。
「それじゃあ待って、そこに座っててプーカ」
「ぷか?」
「今日は特別寒い日だから僕が温かい飲み物を用意するよ」
ふふん、とやはり上機嫌な様子のプリムはキッチンに消えていった。しばらくしたのち、二つのマグカップをお盆に乗せて戻ってくる。
「僕、お菓子作りとかしたことないから。ましろからこういうのはどうかって教えてもらったんだ」
「ぷか?」
マグカップの中には柔らかい湯気を上げる、ミルク。覗き込んでいると湯気が額に触れ、じんわりあったかくなってくる。上機嫌ににこにこするプリムが、そこに何かをぽとんと入れる。
「ホットミルクにチョコレート入れると、美味しいって」
「確かに美味しそうぷか、とっても甘くなりそう」
「好きな人にチョコレートを渡す日、だろ?」
「…ッ」
「これで機嫌、直してくれる?」
「ぷっ…プカ?!だから僕は別にッ」
ミルクに溶ける甘いチョコレートの香りにプーカの鼻がピクッと反応し、尖らせていた唇が綻びかける。プリムの情緒は少しずつ芽を伸ばしているようで、不機嫌の理由くらいはなんとなく理解できる。まあ相手がプーカに限定してのことだが。
そんなプリムに己の心の狭さを悟られたくない気持ちと、自分は他人から好意を向けられるような存在であることを自覚してほしい気持ちと。プーカの複雑な感情はチョコレートと一緒にホットミルクの中に溶けてしまいそうだった。
でも。
「じゃあ、このチョコレートが溶けるまで、少しだけ…こっち見て、ちゃんと」
プーカが腰掛けるリビングチェアの隣の席に、プリムもゆっくり座る。2人で想いを伝え合って恋人…そう、恋人関係になってからというもの、プリムはプーカに対し、自分から物理的に距離を縮めることが多くなっていた。
プリムが椅子からずいっと上半身を乗り出し、その肩がプーカに触れ、太ももに手が置かれる。ぴくっと反応したプーカをよそに、その手はゆっくりと上半身を辿り、耳元に。プーカにだけ届くような声で囁く。
「溶けるまでに、プーカの機嫌、治してあげるから、僕が」
「…君って本当さ…」
「任せて。僕、勝負では負けないから」
「なんか間違ってるプカ…」
勝負好きのプリムがその気になるなら。プーカは顔を上げて愛しい赤い瞳をキッと見つめた。
溶けゆくチョコレートの甘い甘い香りと、プリムの柔らかい唇の感触にくらっとする。
きっと自分はこの勝負に負けてしまうだろう。
そしたら用意してあるチョコレートを渡して、仲直りをして。それから。
それから…君がどれだけ魅力的かわかってもらおう。方法は…方法は。
甘い刺激に支配されつつある頭でプーカは考える。
チョコレートが溶けるまで