マリッジ・リグレット(次五) 五ェ門、お前はいつだって我儘な男だ。スパゲッティを作ってやったというのに、今日は蕎麦の気分だったと皿を前に吐きやがる。気を利かせて褌を洗濯機に食わせてやった日も、「何故手洗いにしなかった」と憤る。そういうなら、最初から洗濯板のひとつでも用意しておけばわかるってのに。
五ェ門、お前はいつだって適当な男だ。俺のブランデーを(勝手に)拝借したかと思えば、日本酒の入っていたお猪口にぶち込む。お手製カクテルのつもりなのだろうが知らないが、味の混ざったブランデーはブランデーじゃァないんだ。そいつを指摘しても、お前は空返事で酒を煽るのみ。くそ、旨そうに笑いやがって。
五ェ門、お前はいつだって馬鹿な男だ。降り注ぐ弾丸の雨を駆けて、守りたいものを守る。自分の命なんて二の次だ。大抵の窮地もお前なら大丈夫だろう、と思っている節があるのは事実だが、それでもお前の身を案じていないわけじゃない。晒を赤く染めてアジトに帰ってきた日に感じた、あの心臓の冷たさは忘れられない。お前は無茶して格好つけるから、そんな所がたまにいやになる。
それでも五ェ門、お前はいつだっていい男だ。決して人を裏切ることをしない、芯を持った心が眩しくて堪らない野郎なんだ。澄んだ瞳は常に目の前の人間を真っ直ぐに捉える。時々、体を貫かれてしまうような錯覚をおぼえるくらいの視線。淀みを抱えた身でお前の前に立つのは、少し怖かった。
だから五ェ門、最後に笑ってくれ。いつもはつり上がった目尻をやわく緩ませて、こちらに微笑みかけて。そして、名前を呼んでくれ。
「次元」
纏った紋付袴を広げてみせる五ェ門が振り返る。
「似合っているか」
「ああ」
締め付けられる胸から、ぎゅっと声を絞り出す。
「よく似合ってるよ」
今日、石川五ェ門は村の娘と結婚する。
【ALT】
次元、お主は何も分かっていない。
某の何もかもを知っているような顔をして、涼しいツラをぶら下げているのが気に食わない。
だって、この声の震えのひとつ気付けない男に、某の一体なにが分かるというんだ。
次元。似合っているだなんて、言わないでくれ。