黒のパーカーを被った男がふらふらと人ごみを歩いている。不思議と誰ともぶつかることなく雑踏を抜けると、男はふらりと路地に入り込んだ。どこかに行くあてもなさそうに、ふらり、ふらり、と歩きながら時折、立ち止まってはぼんやりと上を見上げる。ビルの隙間からは真っ青な空がのぞいていた。そうして、また、ふらりと歩き出す。あっちへ曲がり、こっちへ曲がり、どれくらい歩いたのか、ぽっかりと開けた空間に出た男の目の前には何かの店舗だと思えるガラス張りの飾り棚。今時珍しくもないヒューマノイドが一体、椅子に座っていた。柔らかそうな黒髪に白い肌、まろい頬につやつやしたピンクの唇。少年型ヒューマノイドの瞳は閉じられているが薄っすらと微笑んで見えた。まるで吸い寄せられるようにその少年の前へすすむと、男は静かにそれを見つめた。
――カラン
店の扉を開けて店内に入れば、アンティークなのかガラクタなのか、ずいぶんと色々なものが並んでいた。くるりと店内を見回すと、その奥のカウンターにこの店の店主であろう年老いた男がうつらうつらと舟をこぎながら座っていた。ぎしりと床が軋む音に目を覚ましたらしい店主は、いらっしゃいと男に声をかけた。
「なぁ……表のあれ……」
「表……あぁ、ヒューマノイドのことですかな?」
男の言葉に店主がそう返せば、男は頷いて答えた。
「あの子は少し古い型でしてな。何でもこなす万能型でもないし、売り物ではないんですよ」
店主は穏やかな声音でそう告げて微笑んだ。
「……あの子を欲しているのですかな?」
店主の問いに男は答えない。ただ、黙ってじっと店主を見つめた。
「あなたのようなお方なら、もっとすぐれたものを手に入れる事ができるでしょう?」
店主はそう言って、暗い暗い闇を閉じ込めたような漆黒を見返した。
「……俺は、あれが欲しい」
まるで子供のようなその言葉に、店主は苦笑を漏らして、よいせと立ち上がる。そうして、飾り棚の扉を開けると男を振り返った。
「ここから下ろすのを手伝っていただけませんかの?」
男がヒューマノイドを抱えると、店主は椅子を用意してそこに下ろすようにと示した。そうして、首の後ろ辺りを開けると起動スイッチを入れる。ぴくりと指先が動いて、ゆっくりと瞼が持ち上がる。そうして、あらわれたのは澄み切った晴天の青だった。
「はじめまして、マスター」
ガラス玉のようなキラキラした大きな瞳で、少年らしい、少し高いアルトの声が弾んだように男を呼んだ。