■if:ケーキバース×遠征艇帰還な話…食欲だから仕方ない---
「今回の遠征の成果です。お納めください、城戸司令」
上層部会議室の机上に数本の未知のトリガーが静かに並ぶ。
いつもの口上。
いつもの成果。
「……続けて、今回の一連の報告を」
疲れが滲む声音で、A級2位冬島隊隊長、冬島は続ける。冬島の左右に並ぶのは、太刀川隊出水と風間隊歌川。どちらも神妙な表情を浮かべている。
(どうして一体こうなった?)
冬島は今回の災難に心中で大きく息をはく。出水歌川も同様の心中だろう。
常ならば此処に立つのは冬島ではない。遠征艇着艇後のこの時間、冬島は毎回船酔いダウンの権利を得ていた。ーーーそう、常ならば。
いつもの遠征帰還報告の場に、いつものメンバーである、太刀川風間当真が不在のままに。
空中にディスプレイが表示された。
近界軌道図と共に報告内容に付随する記録、データが次々とパネル展開されていく。
「今回の一連の報告を、冬島より行います」
---[冬島隊長からの口上報告、開始]
まずは現状。
遠征艇着艇後、感染症対応規定B21に伴い、3名、太刀川風間当真を医療室へ直送。
風間が発症後、補給困難状態のため、優先的に本部内適合者検索を開始。
太刀川当真については今回の主症状を除けば、いったん健康状態は良好。……むしろ元気すぎるぐらい、つーか、まぁ元気です。
次に経緯報告。
4日前、××国外れで放置された施設を発見。研究施設跡と見られ微量な残存物反応があったため、探索パターンE4を実施。トリガー2本と他、入手。
その帰路で現地飛行型小動物の群れに遭遇、コウモリの亜種みたいなもんをイメージして貰えば。各隊長判断で回避し遠征艇帰還。この時点では異常なし。
同日夜間哨戒、担当冬島隊。
他二隊は就寝、艦内トリオン備蓄実施。
翌朝、あ〜……、遠征長航帰路の確認を隊長3名で実施時に太刀川より味覚異常の申告あり。換装体味覚制御箇所の異常コード発生を確認、全隊員データ確認実施、併せて生身状態を確認。
3名、太刀川風間当真を艇内一時隔離判断、本部一報。
本部往信クローニン班長(チーフ)の見解に従い、近界風土病、えっと発音がちょっと癖ある名称の、まぁこっちで言う所のケーキバース状態と仮認定し、暫定対応を開始。
こっからが、症状報告で。
主な症状としては、味覚消失、摂食障害。過食、食欲不振の双方併用。
通常飲食物は無味無臭。
砂や紙を食(は)む感じで、食べる気にならないってやつですね。
概ね1〜3ヶ月継続、自然治癒、人から人への感染例はほぼ無い、ときいちゃあいます。
……あ、そうです、そうです。コウモリからでしょうよ。たぶん、おそらく。ここいらは医療室側からのデータ待ちって所で。
発症期間内の対処療法としては、以下3点。
①トリオン生成による擬似食への代替
②その他手法での補給代替
③トリオン臨時接続
③のトリオン臨時接続が一番簡単っちゃ簡単ですが脳内の食欲制御の刺激がイマイチらしく、摂食障害が後遺症となるリスクが高まるそうで。可能な限りは平時の食生活サイクルに近い形での過ごし方となる①②が推奨、がクローニン班長からの往信でしたんで
①の対応として、アステロイド(改)を艇内開発。ミニトリオンキューブの擬似食生成、グミのような食感にいったんしときました。ここいらのデータは着艇後、開発室に連携、追加開発依頼済み。
で、まぁ。味覚の話なんで、かなり個人差というか、個人の嗜好がでるもんらしく。おそらく個々人が持つトリオン波長の型やその他の要素による相性等もありそうですが
当真は、偏食。
試作の俺のトリオン生成食は食べますが、他は本人曰く無理。
太刀川は、量重視。
好き嫌いはないが、腹が減るのがやたら早く、出水生成ので対応、にいったん落ち着きました。
で、風間は、拒食、ってんですかね? 偏食?
とにかくどれもこれも合わないようで。初っ端からして、吐き出しやがりましたね、試作の俺のトリ生成食を。
……そこ、東、その視線ヤメロ。俺は別に傷付いてない。
ーーーオペも含めて遠征隊員全員のトリオンで風間用のを生成、試しましたが駄目でした。菊地原が、あ、いやコレはいいか、割愛します。
風間本人は、無味無臭の通常飲食のままで自分は構わない、との姿勢ですが、無意識下でのストレス蓄積があるようでトリオン波形の乱れが既に出ています。空腹感も閾値を超えてんじゃねぇかな、ありゃ。
この後の直近対応としては。
当真はいったん今のまま俺対応で。
太刀川は本部備蓄トリオンでもいけるのか、太刀川にも味の好みが今後出てきたりもするのかの確認。
風間はとにかく、食える相性のトリオン波長のヤツを探してあてる、でしょうが、まぁなんてーか当真太刀川を見るに、食生成者と捕食者の関係性等で味の感じ方が多少変わってもいるような気配があるんで
風間には同年組、……諏訪あたりがヒットするんじゃないの、って所ですかね。
東、その笑い、ヤメロ。てかなんでお前さんがここに普通に同席してんだよ、いやまぁこの後の現場仕切りはそりゃお前に頼むけどよ。俺はもうとにかく疲れた。
……まぁなんですかね。世の育児してる人達を尊敬しましたね。腹減った腹減ったとまとわりついてくるのもいれば、食わせようにも食いもしないのもいて、ぺっ、しやがって。食わせた所でしばらくしたらまた腹減っただの、足りないだの、もっとだの。食欲だから仕方ないってのはありますが、繰り返しエンドレスってわけでしょ、コレ。
室長や両親を改めて俺は尊敬しましたよ。
ーーーいったん、以上です。
---[冬島隊長からの口上報告、終了]
冬島の報告が終わり、場が一時静まる。
東が穏やかに手を挙げた。
「冬島さん、質問が」
「なんだよ。余計なことは言い出すなよ」
「報告の中で2点飛ばされた箇所があるように見受けられました。1点目、②その他手法での補給代替、も艇内で既に行なってますよね?」
「嫌な訊き方するな」
「行いました?」
「結果としては、まぁ……あった」
微笑みを深め、東は問いを続ける。
「今回の件がこちらの世界のケーキバースとほぼ同等、と考えますと、②の"その他手法"とは、涙汗唾液その他の体液等でも代用可、捕食側の嗜好に合えば、美味しそう、と見られる、と言う認識で合ってますか?」
「……合ってるな。認識相違ない」
「2点目です。"同日夜間哨戒、担当冬島隊"の後に、何がありました?」
「…………」
「訊き方を変えます。冬島さん、当真と何がありました?」
「………あ〜……」
冬島が視線を僅かに泳がせる。
東は、逃しはしないとばかりにゆるやかな声音で追撃に出た。
「感染起点が探索帰路であれば、その後も起きたまま活動し続けていた当真の方が就寝組より発症が早かったはずですよね?
そしてあの子は直感と衝動で動く。自分にとって魅力ある"美味しそうなもの"が手に届く箇所にあり、夜勤明けの空腹感、そして歳下弟枠からの欲求には甘い傾向がある冬島さん。
カードとしてはなかなかな状況だったのではないかと推察されますし、翌朝の太刀川からの発言だけでそんなすぐに味覚異常の発生に気付けるとは思わないんですよね。戦闘関連ならさておき、太刀川の日常会話における言語能力って大体アレでしょう?
その前にすでに"何か"があったから、太刀川の言葉から前後紐付けて異常に気付けた、と考えます」
東は瞳を細め、口元に弧を描く。
「冬島さん、当真と何がありました?」
僅かな沈黙。
「……なんでそこ追求すんのよ、東」
「師匠として弟子のことは把握しておきたく」
「だからって」
「此処で今きいておかないと、あんたならこの後にログ隠蔽も完璧な形でできるでしょう。申し訳ありませんが、今、押さえさせていただきます。この時間は事前に本部長に交渉済でいただきました」
「どこまで先読みしてんだよ、怖いな、お前」
「ーーー食われましたか?」
「…………後日別途報告、で勘弁してくれ。正直この今の現状を俺がまだ処理できてない」
「東、了解」
冬島が白旗をあげ、東が下がる。
事前の段取通りに、場にいる上層部達は何にも関与せず見て見ぬ振りを、皆、貫いた。組織の会議とは概ね事前ネゴでできている。
司令席の城戸が何事もなかったかのように、いつもの言葉を繋げた。
「御苦労。今回イレギュラーな事態はありつつも、無事の帰還、なによりだ」
冬島、出水、歌川は、姿勢を正し、その言葉を受ける。
「流石、我がボーダー最精鋭部隊よ」
三門の空を背に、
城戸の賛辞が広がる。
この後、数ヶ月に渡るボーダー本部でのケーキバース騒動は。高く澄みわたる晴空の、この日に始まった。
諏訪の
「ざっけんな! クソ……、あ〜〜ッ! 食欲かよ……ッ!」
と言う葛藤の声が医療室に響き渡るまで、あと30分。
---
END. 『食欲だから仕方ない』