最年長組がオムライスを食べるだけのお話ベレン・クライアンが目覚めてから数日後の昼。
彼はベリアンと共に食堂へと足を運ぶと、ロノから出来たてのお昼ご飯を受け取り、隣り合うように席に座った。
トレーの上には、黄金色の卵に包まれたオムライスと、わかめスープ。
バターと卵の優しい香りとケチャップの甘い香りが食欲をそそらせるように鼻をくすぶった。
「オムライスなんていつぶりだろう?すごくおいしそう。」
「幼い頃にお父様が作ってくれましたよね。お父様のオムライスも絶品でしたが、ロノくんのオムライスもとても美味しいですよ。」
彼らの育ての親。
ゴエティア・クライアンがまだ元気だった頃。特別な日には必ずオムライスを作ってくれた。
ゴエティアの死後はその役目をベレンとベリアンが引き受けていたが…卵で巻くひと手間かかる料理故、わざわざ自分達の分は作らなかった。
目の前に置かれたオムライスに心躍らせながら、食事の挨拶を済ませ、黄金色のベールにスプーンを入れた途端ベレンの顔色が曇った。
「…あっ」
小さく溢れたその一言に、ベリアンは何かを察した様子だった。
「ベリアン。ベレンくん。2人とも今からお昼かい?」
背後からの声に2人が振り向くと、そこにはお昼が乗ったトレーを持ったルカスとミヤジが居た。
「ルカスさん。ミヤジさん。お疲れ様です。お2人も今からですか?」
「あぁ。思ったより会議が長引いてしまってね。」
「予定より30分ほど押して終わったんだ。どの貴族も同じ会話の繰り返しばかりで、進展はなし。はぁ…毎度のことながら困っちゃうよね。」
「それは大変でしたね。攻めてお互いが歩み寄れれば1番いいのですが…」
3人の気苦労がヒシヒシと感じる会話に、ベレンは苦笑いを浮かべた。
「まぁ、この話は後で詳しくするとして今はお昼にしよう♪前の席に座ってもいいかな?」
「勿論です。」
「ベレンくんもいいかな?」
「はい。お2人とご一緒できるなんて、むしろ大歓迎ですよ。」
2人の返事にルカスは嬉しそうに席についた。ミヤジもルカスの隣に座るのかと思いきや…何故かひと席開けて腰を下ろした。
「ちょっとミヤジ。わざわざ1席空けなくてもいいじゃないか。」
「隣に座ったら絶対椅子を近づけるだろ。」
「それはそうだけど…空けられても私が近づくだけだし、わざわざ離れる必要はないと思わない?」
2人の言い争いにベレンは困惑するが、ベリアンは微笑ましそうにそれを見守っていた。
「ふふっ。相変わらずお2人は仲が良いですね♪」
(仲が良いで済ませていいのか…?)
その時のベレンはそう思ったが、これが2人の関係なのだろうとのちに納得することになった。
程よくして、2人の言い争いが終わり、ミヤジも渋渋ではあったがルカスの隣に座った。
4人で再び食事の挨拶を済ませ、再度スプーンをオムライスに入れたベレンは先ほどのことを思い出し静止した。
チキンライスに紛れた色とりどりの野菜。
緑色のグリンピースや細切れにされたニンジンに、ベレンは顔色を曇らせていた。
「ベレンくん?どうかしたのかい?」
目の前で見ていたミヤジは不思議そうに視線を送った。
「その…」
「もしかして、食べれない物でもあったのかい?これからは一緒に過ごすんだから、食べれないものがあったら遠慮なく話したほうがいい。勿論ベレンくんが話したくないなら別だが…」
ベレンは、どこか恥ずかしそうに目線を泳がすと小さな声で言った。
「実は俺、野菜が苦手なんです。」
「「え?」」
2人から驚きの声が上がる。
苦手な物なんてなさそうな彼の口から、野菜が苦手と言われるなどと想像もしていなかったのだ。
「我ながら子供っぽいですよね。この年になっても野菜が駄目なんです。もう2000年も立ってるし克服しないといけないとは分かっているんですけど…どうしても」
恥ずかしそうに弁明を続ける彼に、ミヤジは微笑みながら言った。
「人間苦手な物の1つや2つあって当然だ。克服しようとすることは良いことだけれど、無理に頑張る必要はないんだよ。」
「ミヤジさん…ありがとうございます。でも、せっかくロノくんが作ってくれたんだし…食べられそうなところまで頑張ります。」
「そうかい。なら、応援してるよ。」
ベレンはスプーンに色とりどりの野菜を掬うと、少し躊躇しながらそのまま口へと運ぶ。
目をギュッとつむり、咀嚼する様はまるで小さな子供のようにも見え、正面に座っていた2人は思わずクスリと笑った。
「ベレンくん。口直しに水を飲むといいよ。」
「ミヤジさん、ありがとうございます。」
「それにしても意外だね♪まさかベレンくんにも好き嫌いがあるだなんて」
「ふふっ。そうですね。私も初めて知ったときは驚きましたよ。」
「ははっ…でもトマトとバジルは食べれるんです。」
「おや?そうなのかい?」
「ベレンくんはピッツァが好きだったよね?それでかい?」
「はい。トマトもバジルもピッツァには欠かせませんから」
まだ知らない彼の素顔の話に花を咲かせながら、彼らはオムライスを味わった。
幼い頃味にした自分の好きだけが詰まったオムライスとは違う、ちょっぴり大人なオムライス。
黄金色の卵がケチャップライスを優しく包み込むように、温かな雰囲気が彼らのことを包みこんでくれた。