ボツコツコツ、と自然な動作でヒールの音をさせながら会議室に入ってきた女性に視線が集まるのは当然のことだった。
ノースリーブミドル丈の黒のワンピースは柔らかい素材でできており、細めのリボンでウエストを絞られている。
髪は艶やかな黒のロングヘア、前髪はセンター分けにしており、緩く外巻き。
白い肌に生える青に紫を落とし込んだ様な瞳は、長いまつ毛に彩られていた。誰が見ても振り返るだろう美人は、捜査会議が終わり人が散り散りになった会議室で、迷いなく歩みを進める。
会議が終わった後、椅子に座ったまま難しい顔でスマホを操作していた金髪に褐色の肌を持つ公安警察、降谷零のもとへ向かった江戸川コナンは降谷の向かい側に椅子を引っ張ってきて、机に広げられた捜査資料を見て話込んでいたのだが、降谷の後方、会議室の入り口から降谷の元へ一直線へ向かってくる女性に気づく。
5メートル、4メートル…
どんどん縮まる距離にコナンは内心焦り始める。なぜか降谷が全く反応しない。彼は気配に敏感なのに、だ。
「コナン君、聞いてる?」
気もそぞろになっていたコナンに気づいたのか降谷が資料から顔を上げる。
残り1メートル!あっと思った時には、女性は降谷に背中からゆっくりと腕を回していた。
一瞬の出来事だった。ツヤツヤしたピンクに彩られた唇は降谷の耳元に寄せられ、女性は何かを囁いた。
美男美女のドラマのワンシーンのような光景を目の当たりにしてコナンは言葉を失った。まだ会議室に残っていた公安と捜査会議にも参加をしていたFBIのメンバーや警察関係者も唖然として降谷をみている。
降谷の向かいにいるコナンにも聞こえない声で、女性に何か囁かれてピクリとだけ反応をした降谷は、用は済んだとばかりに離れていこうとした女性の腰を強引に引き寄せた。
きゃっ、と短い悲鳴をあげてバランスを崩した女性が降谷に倒れ込む。
予想外だったのは、降谷が発した声が、彼本来が持つ甘やかなな声ではなく。明らかに怒りを含んだ低い声だったことだ。
「……オイ、」
一瞬の内に男女間の修羅場のシーンへ変わったかの様に思えた。
綺麗な顔に青筋を立てた降谷は明らかに怒っており、それを見た女性は降谷の肩に手を置いて体制を整えた後に何故かにっこりと笑みを浮かべた。
一触即発に思える降谷と女性の様子に会議室は静まり返っていた。数秒見つめあったかと思うと大きなため息を吐いたのは降谷だった。
「風見、パソコンを持ってきてくれ」
「はっ、はい!」
降谷の声に急いで会議室端の机に置かれていたノートパソコンを持ってきた風見は女性の前に、女性は降谷にもたれかかっているので正確には降谷の前に置いた。
降谷はスーツの胸ポケットから真っ白のUSBを取り出して差し込み、女性を見上げる。
「パスワード」
「解いてくれないの?」
「厄介なパスワードに毎回設定してるのはキミだろう。時間の無駄だ」
「ひっど〜い!解いて欲しいから設定してるのに!」
大人びた表情とは打って変わって今度は子供の様に泣いているかのような仕草をする。降谷はそれを冷めた様な視線で見つめ、女性は降谷の様子に諦めたのか白い腕を伸ばしてパソコンのキーボードを素早く叩いた。
画面が開いたのか降谷の視線が画面をなぞる。
しばらくタッチパッドで画面を進めていた降谷の動きが止まる。そしてまた青筋を立てながら女性を見た。発せられた声は変わらず地を這う様な低い声だった。
「……どこで手に入れた?」
「企業秘密」
「怪我してないだろうな」
「怪我したらあなたが怒るじゃない」
「…………」
「…………」
「……コナンくん、これを見てくれるかい?」
「えっ、う、うん」
(この2人仲良いのか、悪いのか…?)
2人の様子を見ながら関係性を考えていたコナンは降谷にいきなり話題を振られて、ぱちぱちと大きな目を瞬かせる。ノートパソコンをコナンの方向に向けてくる。
そして、そこに写っていたのは、コナンが追い求めていた赤と白のカプセルの薬のデータだった。
続きはない