悪い子になったら-----------------------------------
妻と離婚した。
原因は相手の浮気。
そう聞いたのは奥さんが家から出て行き全てが終わり、家に呼ばれた時だった。
兎月美烏が結婚し、これから彼は伴侶の為に生きていくのだと結婚式で理解したのが数年前。
なんとなくそれから『近所の仲の良い子供』に過ぎない自分が忙しい彼の時間を割くのも気が引け、段々と疎遠になっていた。
久しぶりに家に呼ばれ、部活帰りに遊びにきたらこの離婚報告である。
「……それで、やけ酒に付き合って欲しくて未成年をわざわざ呼びつけたわけ?」
「いいだろう〜〜こんな時くらい……、僕は寂しいんだ!一人は寂しい……」
「はぁ……」
当の本人はテーブルの向かいで缶ビールを開けて項垂れている。
こういうのは一緒に酒が飲める人とやるものではないのか……と思いながら、机の上に置かれた菓子などを食べつつ話を聞いていた。
「信じていた人に裏切られるのって辛いね……僕なりにいっぱい愛してたつもりだったんだけどなぁ……、何が悪かったんだろうなぁ……」
「自分がどんな風に振る舞ってても、浮気する人はするだろうし、そんなに責めなくてもいいんじゃない?」
「そうかなぁ……」
二人の結婚式を見て思った、これから彼らは幸せになるのだろうという幻想を崩され残念に思う気持ちはある。
だがそれ以上に、自分の大好きだった玩具が帰ってきたような喜びが胸にあった。
また昔みたいにどうでもいい用事で遊びに行って、笑い合えるような生活に戻れるならそれがいい。
今までは奥さんが1番近い居場所にいたが、その場所は返してもらえる。小さい頃からの俺が1番大好きな居場所。
別れて愚痴る相手がいまだに自分なのがその証拠だろう。そう、確信めいた感情。
でも、その気持ちは彼の次の発言で消え去ることになる。
「昔っからさぁ……こういうこと多いんだよね…、今まで付き合った彼女も向こうから愛想尽かされて別れるパターンが殆どだし。みんな離れて行っちゃう」
「僕が貧弱だからかなぁ……顔くらいしか誇れるようなのないもんなぁ……」
「──……やっぱり、僕のこと好きでいてくれる人なんて、だーれもいないんだ」
「、……。」
思わず、息が詰まった。
兎月美烏にとっては自分は側にいる人間ではない
兎月美烏にとって自分は大切な人物にはなり得ないのだと。
そう、言われたような気がしてしまったから。
特にそういう意図があって言ったものではないであろうことはわかる。
でも、自分は彼にとって『可愛くて愛でる対象の歳の離れた弟分』でしかない。
歳上として手を引き庇護してあげる対象であり、護られる対象としては見られていない。対等では、ない。期待をされていない、そう思った。
現に兎月美烏は1番大切な眼差しを向ける相手を失い、今、新たな相手を求めている。
目の前の自分では、ない。
ああ、もうあの居場所が自分に戻ってこないことにどうしてさっきまで気がつかなかったのだろう。
「……俺はみおにいちゃんのこと好きだけど?」
「うっ……本当に君はいい子だねぇ!!そう言ってくれるのは君だけだよっ!!」
喜びで酒を飲みながら泣く目の前の彼。
本心を茶化したような言い方でしか言えない俺。
そんな言い方で自分の本心が伝わる筈もなく、彼は今まで通り俺のことを『可愛い弟分』へと向ける眼差しで見る。
……昔はその眼差しでも自分が1番だった。でも、結婚してからは変わってしまった。彼女に向ける視線が、自分に向ける『それ』より愛おしいものであることに気づいてしまったから。
結局別れたところでその最上級の眼差しが自分に向けられるわけではないのだ。
「(……ねぇ、みおにいちゃん)」
──良い子でダメなら、悪い子になったらちゃんと見てくれますか?