可愛い犬にも牙はある「初恋が実らないというのは迷信だったな」
それは、鯉登からの何十回という交際の申込みを月島が断りに断り続け、どう断っても諦めようとしない鯉登の態度に音を上げた末、仕方なく形の上では受け入れることになってから数日経った日のことだった。兵の訓練を指導して戻る途中である。
何故か得意げに発された、その聞き捨てならぬ言葉は月島の軍帽の下の眉間に深い皺を形成した。
「まるで私が初恋の相手のように聞こえるのですが……」
「そうだが?」
何を当然のことを、と言いたげに鯉登の目が軽く見開かれる。
――いや、なにが「そうだが?」なのだ。
大体、既に何度も玉砕しておいて、今更これを「実った」と言ってよいのか。月島としては、どうにか鯉登には目を覚ましてもらって、当人にふさわしい、本当に好いた人を見つけてもらうまでの繋ぎの相手のつもりでしかないのであるが。さも当たり前のような顔が妙に苛立たしく、月島は胸の当たりがもやもやした。
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