マウスウォッシュ飲んだやん 水の流れる音がする。玄関扉を開けば自分を迎え入れてくれる、おかえりといういつもの声は、どうやら洗面所から聞こえるようだった。
そのまま声のするほうへ、荷物も下ろさないままに向かう。いつのまにか水音は止まっていてしばし静寂に包まれた。薄暗い廊下をその先の明かりを目指して歩いていく。リビングよりも眩いLEDの光にまで辿り着けば、鏡の前で歯を磨く狂児と目が合った。
「ほはえり」
「ただいま」
さっきはお互いに顔を見て言えなかったやりとりをもう一度繰り返す。鏡越しではなく、律儀にこちらを振り返って挨拶をしてくれたことに口角がゆるくあがるのが分かった。
手洗いとうがいのため、狂児の隣に肩を並べれば彼は大人しく右に半歩ずれて洗面台の所有権を半分こちらに明け渡してくれる。蛇口を回せば再び水の流れる音が室内に響き渡り、そこに加えて狂児が歯を磨く音もやけにリズミカルに聞こえる。
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