男子高校生審神者SS 堀川国広の自室に行くと、彼も布団に横たわっていた。
「堀川、具合はどう?」
寝ているかの確認も込めて小声で話しかけると、ゆっくりと瞼が開く。
「ああ、主さん、すみませんこんな体勢で」
起き上がろうとする堀川の肩にそっと触れて首を横に振る。俺が枕元に正座をすれば、堀川は大人しく布団に横になってくれた。
「いいよ、痛いでしょ?」
「ちょっとだけ。主さん、勝てなくてすみませんでした」
「謝らないでよ、悪いのは俺なんだ。強くなりたくて焦ったせいで。もっと慎重に戦場を選んでいれば……本当にごめん」
俺が頭を下げると、堀川国広は眉を八の字にして苦笑いをする。
「主さんの気持ち、分かるなぁ」
「え?」
「僕も同じなんです。早く強くなりたくて焦っちゃって。和泉守兼定って知ってますか?」
「確か堀川と同じ、土方歳三の刀だよね?」
「はい、僕の相棒なんです。きっといつかこの本丸にも来ると思います。兼さんが来た時、背中を任せてもらえるくらい強くなりたかったんです。胸を張って兼さんの相棒を名乗れるくらいに強く。それで焦って強くなろうとして、このザマです。だから悪いのは主さんだけじゃ無いんですよ」
「だけど……」
「ほら、重傷にはなっちゃったけど、みんな本丸に戻って来られたんですから、褒めてくださいよ、ね?」
堀川の笑顔に、胸が苦しくなる。自分が情けなくて目頭が熱くなったけれど、泣くわけにはいかないと思った。だって、戦ったのは俺じゃない。本当に歴史を守ってくれているのは刀剣男士たちで、俺は何もしていないんだ。
それなのに強くなるだなんて言って、こんなの口だけじゃないか。
「ありがとう、堀川、皆んな……折れずに戻ってきてくれて、ありがとう」
それから、全員の手当てには丸一日かかった。待っている間にまた歌仙兼定と一緒にご飯を作り、傷が塞がった者から食べる事になったけれど、その頃には食事は冷めてしまっていた。食べる時間も皆バラバラになって、俺も食欲が湧かなくて、手をつけないまま戸棚にしまった。
最後に手当てをした陸奥守が直る頃にはとっくに深夜になっていて、俺は呑気に寝るのが申し訳なくて、手当て部屋の前で陸奥守が出てくるのをただただ待っていた。
「うわっ!」
襖に寄りかかりながら膝を抱えて座っているとガラリと戸が開けられ、体重をかけていたせいで後ろに転ぶ。
「いてて……あ、む、陸奥守」
床にぶつけた頭をさすりながら目を開ければ、陸奥守は転んで床に寝そべっている俺をキョトンと見下ろしていた。
「なんじゃ主、こがんな時間まで何しゆう?」
「えっと、眠れなくて……」
その時、俺の腹の虫が切なそうに鳴いた。
「ははっ! 主も腹が空いてるなら、一緒に飯を食うかのう! ほれ、立ちよるか?」
陸奥守が伸ばしてくれた手を掴むと軽々と起き上がらせてくれた。俺と同じくらいの身長なのに、俺よりもずっと体格が良くて力がある。戦わずにずっと本丸にいるだけの俺とは違う。
台所に向かいながら陸奥守と並んで話す。
「陸奥守、もう怪我は大丈夫?」
「おう! おかげさんでひとっつも怪我は無いぜよ」
「本当に?」
「主は心配性じゃのう。触ってみゆうか?」
「い、いや、それはいいや」
「あははっ冗談じゃ」
本当に、帰還した時の怪我なんて最初からなかったみたいに綺麗になっている。まるで夢でも見ていたかのような感覚だ。
コンロの上に置かれたままの鍋の蓋を開ければ歌仙兼定が作ってくれた豚汁が残っていて、戸棚にはタラのみぞれ煮が俺と陸奥守の分が取って置かれていた。その傍に一枚の紙が置かれている。何だろうと手に取ると、達筆すぎて少し読みづらい文字で『主へ、ご飯美味しかったよ、ご馳走様。石切丸』と書かれていた。
思わず手に力がこもり、くしゃりと紙の端が歪む。
「お~美味そうじゃのう! 主が作ってくれたがか? 腹が減って背中とくっつきそうじゃ」
陸奥守は無邪気な風にそう言いながら俺の茶碗にご飯をよそってくれた。自分たちの食事を電子レンジで温めてから居間に運び、向かい合って食卓につく。
いただきますと言って手を合わせて、タラのみぞれ煮を一口運んだ。さわやかな大根おろしと口当たり柔らかくほぐれるタラに醤油がしみていて食欲がそそられる。陸奥守は、ん~っと幸せそうに唸り、白米を口いっぱいに掻き込んで豚汁を啜った。
「たまるか、まっことえいもんじゃ!」
「え? 何、何て言ったの?」
「えいもんじゃ言うたがやき」
「えいもんて、美味しいって言ってくれてるの?」
「えいえい!」
「そっか。なら良かった。ほとんど歌仙に教わりながら作ったんだけどね。俺、本当に一人じゃ何も出来ないから。歴史を守るのだって、戦うのだって、皆がいてくれないと出来ないのに……」
「それはわしらも同じぜよ。主がおらんと戦うことも出来んちや」
「そんな事ないじゃん。だって、五虎退みたいな俺より小さい刀だって戦いに出てるのに、俺はただ本丸で待つ以外、何もできないんだよ。情けなくなる」
「そうじゃ、主が本丸で待っていてくれるきに、わしらは戦場で怪我を負っても戦えるんじゃ。そんで、帰ったら主が手当てをしてくれて、直ったらこじゃんとえいもんを食える。刀剣男士として、こんなに幸せなこと、他に無いぜよ!」
そう言った陸奥守の笑顔は、まるで縁側から見える昼の太陽のようだった。暖かくて、甘えたくなってしまう。ぽかぽかと心地よい日向ぼっこのような笑顔だ。
震える唇をかみしめてから、俺もご飯を口に掻き込む。美味い。本当に本当に美味い。だけど、あまりにも口いっぱいに頬張ったものだから上手く呑み込めず喉につっかえる。
唸りながら胸を叩いて無理やり呑み込めば、陸奥守が愉快そうに笑う。
「主、そうひせらんでえい、ゆっくりじゃ。少しずつ食えばええんじゃ」
咽て涙が滲んだ目で陸奥守をジトっと睨み、お茶を啜る。
「何じゃ、主、言いたい事があるならハッキリ言うたらどうじゃ?」
「……じゃあ言うけど、陸奥守、方言が強くて時々何言ってるのか分かんないんだけど」
「そうかぁ?」
「そうだよ! 方言使うの禁止したいくらい」
「ん? ん~? じゃあ……えっと、ひせ、じゃのうて、焦らんで、ゆっくり食べれば……いいんじゃないでしょうか」
陸奥守の突然の敬語に、口に含んだお茶を噴出した。
「なぁっ! 主、大丈夫かが」
「だ、だって、何それ、敬語って、似合わない!」
我慢できずに一度笑ってしまうと自分でも何がそんなにツボに入ったのか分からないけれど、笑いが止まらなくなった。そんな俺を見て不服そうにする陸奥守が可笑しくて、もっともっと笑ってしまった。