再会 己を呼ぶ声が聞こえる。遠くから、後ろから、足元から呼ばれている。声は手足の先からゆるゆると登り、耳の奥でこだまする。
嗚呼、そんな声で呼ぶなよ。すぐに行くから、大人しく待ってろよ――
「――大聖、」
薄っすらと目を開けた先に見慣れない青年僧がこちらを覗き込んでいた。
「大聖、久しぶりだね。僕のことわかる?」
ここ最近で坊主の知り合いは二人しかいない。一人は爺さんだ。となれば残りは一人。
「お前、リュウアーか? 随分大きくなったな」
「そう? あんまり変わらないと思うんだけど」と腕を広げてくるりと回ってみせる。
「大聖は変わらないね。まぁ当たり前か、不老不死だものね」
ふふ、と笑う様に懐かしさが込み上げる。
ちょっと見違えたぞ、と言うと照れくさそうに頬を掻いた。
リュウアーの話は、長安に戻ってから修行に勤しんだこと、街では斉天大聖の劇に新作ができて人気を博していること、寺で学んだ経文のこと、今は旅をしていること、とあちらこちらに及んだ。その合間に俺の顔についた土埃やら絡んだ蔦やらを払っていく。
よく喋るところも、他人を気にかけるところもあの頃と変わらない。大きくなった手からは乳臭いような子ども特有の匂いはすっかりなくなっていて、抹香の臭いが染み付いていた。
「そういえばお前一人か? 何しに来たのか知らねぇが気を付けろよ、この辺は虎も妖怪も出るぞ」
「そうだね、さっき虎が出たよ。付いてきてくれた人はいたんだけど」
案の定、早々に死にかけたらしい。
「馬鹿野郎、早く猟師でもなんでも見つけて付いてきてもらえ! ……俺は一緒に行ってやれねぇ」
「どうして? 僕と行くのは嫌?」
見上げてくる瞳が揺れている。いきなり断られるとは思っていなかったのだろう。縋るリュウアーから目を逸らす。
「まだ封印が残ってるんだよ。それにもうそろそろ俺のお師匠さまが来る頃だ。観世音との約束なんだ、その人と旅に出なきゃならん」
リュウアーに付いて行ってやりたいが、まだ見ぬお師匠さまは俺をこの罰から救ってくれる人だ。その恩には報いたい。
「……大聖のお師匠さまって西天にお経を取りに行く人?」
「ああそうだ。何だ、知り合いか?」
リュウアーの眼が丸くなる。頬を紅潮させて何やらじたばたした後、満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ大聖、僕、得度して法名をいただいたんだ」
「そうだろうな」
「法名は玄奘、号を三蔵。僕は今、帝の命で菩薩さまが教えてくだすったお経を天竺国大雷音寺に求めに行くところなんだ」
今度は俺が目を丸くする番だった。洟垂らしてピーピー泣いてたあのリュウアーが、俺のお師匠さま? 思わず嘘だろ、と呟く。
耳を疑ったが、かつて中途半端に封印が解けたことを思えば納得せざるを得ない。もっともリュウアーが俺のお師匠さまになるからだとは予想だにしなかったが。
「一緒に来てくれるでしょう、大聖」
何をおいても必ず守ろうと決めた人がお前なら迷いはない。
「もちろんだ、お師匠さま」