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    snuc_kieru

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    #草芹
    grassCelery

    七草粥と草芹とんとん、と、とんとんとん
    ざく、ざくざくざく

    よく切れる包丁が、小気味好い音を立てて材料を刻んでいく。春の七草と呼ばれるそれらは、正直、すずなとすずしろ、いわゆる蕪と大根以外ただの雑草に見えてしまう。芹澤自身、今切っているものは何だ、と突然聞かれてもすぐに答えることはできないだろう。まぁ、そんなことを聞いてくるような奴はここにはいないのだが。
    いるのは、腹に腕を回し、ぴたりと背後から抱きついている草太だけだ。何が面白いのか、芹澤が台所に立ち、調理を始めると、必ずと言っていいほどこうして後ろから抱きついてきて、あれこれと動く手元をじっと見つめている。邪魔でないと言えば嘘になるが、支障のない範囲において、芹澤はそれを黙認していた。
    刻んで、端に寄せ、ザルに移す。それを7回繰り返し、火にかけておいた土鍋の蓋を開ける。途端、湯気と共にぶわりと米の甘い匂いが立ち込めて、芹澤の視界を物理的に白く染めあげた。空いている方の手で眼鏡を外し、ぼやける視界の中、すずなとすずしろであろうものが入ったザルを土鍋の上でひっくり返す。白っぽかったからきっと合っているはずだ、多分。軽く中身をかき混ぜて、火加減を調整し、再び蓋をする。

    「これが煮えたら残り入れてもうちょい煮る。そしたら食えるから、先風呂入れよ」
    「…ん、わかった」

    曇りの取れた眼鏡を掛けつつ振り返って声をかければ、了の返事とともに、ちゅ、と唇が触れる。それはごく自然な動作で、腕を外した草太はのそのそと風呂場へ向かう。ぴたりと張り付いていた温もりが消え、芹澤はふるりと身震いをした。
    換気扇を回しているのをいいことに、胸ポケットから煙草の箱を取り出す。軽く指で叩いて出てきた一本をそのまま口に咥え、ライターで火をつける。肺を満たし、一拍おいて、煙を吐き出した。煙はかたかたと鳴る換気扇に吸い込まれていく。水を入れたビールの空き缶を寄せ、そこに灰を落とす。この時微かに鳴る、じゅ、という音を、芹澤は好いていた。火が通るまでの間、シャワーの音をBGMに煙を燻らせるのもいいだろう。
    鍋の蓋を、今度は湯気が反対側から逃げるように誘導しながら上げる。ふつふつと煮えるそれは白く、先程投入したものが間違っていなかったことを示している。箸で摘めば柔らかく潰れ、火が通っていることが確認できた。風呂場の方からはドライヤーをかける音が聞こえていて、保険として消さないでいた煙草を完全に消し、缶の中に捨てた。残りの葉物類をどさどさと鍋に入れ、お玉で全体に行き渡るようにかき混ぜる。緑がぱっと鮮やかに変化するのが面白い。

    「芹澤、上がった」
    「ん。そんじゃ、机と茶碗の準備宜しく」
    「ああ」

    髪の毛、は、完全とは言えないが、それなりに乾いているので良しとする。ほかほかと湯気を纏った草太がちゃぶ台の脚を伸ばしているのを確認して、芹澤は鍋に向き直った。くつくつと煮える粥、緑が少しくたりとしたのを確認して、塩を入れ味を整える。お玉で小指の先くらいを掬い、口に入れた。まあ、こんなもんだろう。
    コンロを切り、手拭き用のタオルをミトンの代わりにして土鍋を持ち上げる。食器を取りに行く草太とすれ違うようにちゃぶ台まで運び、置こうとしたところで、あ、と気付いた。

    「そーたぁ、鍋敷きも」
    「鍋敷き…」

    数秒、探すような音がして、草太が鍋敷きと茶碗、大きめのスプーンを持ってくる。はい、と最初に置かれた鍋敷きに、さんきゅ、と言って今度こそ鍋を置く。芹澤は再び台所へと足を向け、タオルを戻すついでに、棚からほうじ茶のパックを取り出して急須に入れた。ポットから直接湯を注げば、ふわりと芳ばしい匂いが広がる。今日は胃腸を休める日でもあるため、酒は飲まないと決めていた。急須とマグカップ二つを手に、草太の待つ部屋へ戻る。対面に座り、マグカップにほうじ茶を注いで手渡した。

    「ありがとう」
    「どーいたしまして。粥、適当につぐけどいいよな」
    「うん、任せるよ」

    自分のお茶も入れてから、お玉二回分程を茶碗によそい、これも先に草太へ渡す。二人分をついでも鍋の中身は半分以上残っているのだ、最初で足りなければ後は自分で好きなだけおかわりすればいい。
    お玉を置き、姿勢を正す。手を合わせて、二人、いただきますと声を揃えた。
    茶碗を持ち、改めて七草粥の優しい香りを嗅ぐ。年に一度しか食べないのに、妙に落ち着くのは何故だろう。スプーンを差し入れ、一口分を掬う。とろみを纏った表面がつやりと光を反射する。口に入れれば、米の甘みと七草の香り、食感、それから仄かな塩気がいい具合に感じられ、美味いな、と自画自賛する。一口、二口と口に運び、ふと、前に座る草太が茶碗を持ったまま動いていないことに気付く。

    「…なに、もしかして嫌いだった?」
    「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ、ただ…」

    嫌いだった、と言われたらこの量を一人で片すことになるため、取り敢えずは否定されたことに安心する。ただ、の先を待って、草太をじっと見つめた。心做しか、悲しそうな、辛そうな、険しそうな表情をしているように見える。やはり、実は嫌いなのだろうか。

    「……その、俺はこれから芹澤を食べるのか、と思って」
    「ぐふっ…!」

    予想の斜め上をいく理由に、何口目かを食していた芹澤は思わず噎せた。噎せて、咳込めば大丈夫かと声がかけられる。誰のせいだと思っているんだ、誰の。変なところに入らなかったことだけが幸いで、ずず、とほうじ茶を啜って落ち着く。思い返せば、芹澤が七草を刻んでいる際、ある草の時だけ抱きつく腕の力が強くなった気がしていたが、あれはもしかして。

    「だって、セリだから、芹澤だろ」
    「イコールじゃねーんだわ、セリと俺は。つか、そんなこと言ったら草太なんて草全般お前になるだろ」
    「…確かに」

    そこではっとした表情をしないでほしい。ため息をひとつ、冷めないうちに食えと言い渡す。やっと手を動かしはじめた、と思ったら、少し掬った状態で、今度はスプーンに乗ったそれをじっと見つめて止まった。まさか、刻んだ七草の中からセリを見分けられるとか、そういうことじゃないだろうな。

    「………せりざわ、」
    「いや、だから違うって!いいから食えよ!」

    そういうことだった。どこかしゅんとした表情で口に入れられ、咀嚼され、飲み込まれる。それから、美味い、と呟いた声が聞こえたので、まあいいかと許してしまう。芹澤は草太に甘かった。自覚はある。
    その後は七草粥が胃腸に沁み渡るのを感じながら、二人で黙々と食べ進めていき、鍋は綺麗に空になった。



























    「草全般が俺だとすると、芹澤は俺の一部…?」
    「あー、うん、ソウカモネ」
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