おかえり 一人暮らしを始めた時、一番初めに思ったことは「気楽だな」ということだった。
扉をあけても『いってきます』も『ただいま』も言わなくていいことに安堵した。
俺が出ていく場所はいつもがらんどうで(とは言え無数の本には溢れていたけれど)、生気の薄い空洞だった。
一人分の皿に茶碗にマグカップ。生活用品は最低限で、余計なものは置かないように。
そんな風に暮らしていたのに。
「なんだよ。お前んち、なんにもないのな」
初めて俺の部屋に踏み込んできた生き物は、遠慮の欠片もなくそんなことをのたまった。
「何だよ、皿も箸も一つしかないじゃん」
「……皿は一枚だし、箸は一膳だよ」
思わずぽつんと口から零せば「誰が数え方の話をしてるんだよ……」と呆れられた。
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