いまそかり 忍者は種をかじる。
サモナーが手渡してきたATKの小種を、ためらいがちに奥歯で噛んでいた。
我らが主は、戦闘慣れしていないらしい。
忍者がそう結論付けたのは、今までのアプリバトルを控えメンバーとして散々観察してのことだ。
何度も敵を打ち漏らしては、参謀であるシロウの範囲攻撃で沈めてもらい、何度も不意打ちされては、振り返る余裕もないのか硬直し、アカオニのチャージスラストに助けられている。
リーダーとして、いささか頼りないと言わざるを得ない。
高校生なのだから仕方ないとはいえ、場数に比べて成長の度合が遅い。
今だって、我らがリーダーは直進するばかりで、脇に意識を向けていないのだ。
ああ、ほら、死角から敵が飛び出してきて……
アカオニの金棒に突き上げられた。
レベルの種を一粒、もぐもぐと咀嚼しているアカオニが、ATKの小種をちびちびと食らっている忍者の隣にやって来る。
その体には細かい傷がいくつもできており、リーダーの注意散漫さがよく見て取れた。本来ならば、気をつけていれば避けられた傷なのだ。
「こちらの持久力を削ろうという作戦のようですな」
忍者はアカオニに目を向けて告げる。
アカオニは一度、軽く頷くと、忍者にちらりと目を向けて返した。
「モウスグ呼バレルゾ。気ヲ引キ締メテイケ」
それは気を引き締めなければならないだろう。なにせ、先程も振り返らず走ったギルドマスターだ。こちらが助けてやらねばならない素人だ。
戦闘に不慣れと言えばいいのだろうか。それにしては不自然だ。
戦闘が苦手と表現すればいいのだろうか。それにしては身のこなしが軽い。
ただ、注意を向けるべき時に無防備なのだ。
致命的な場面でも、平気な顔で無防備を晒すお方なのだ。
我らがギルドマスターは。
サモナーが連れていたスライムが戦線離脱したのを見計らい、忍者はするりと戦場に躍り出た。サモナーはそれに気づいているのかいないのか、ただ真っ直ぐに前を向いて、剣を構えている。
おそらく気づいていないのだろう。なにせ高校生だ。部活感覚でアプリバトルをしているのだろうし、部下……いや、ギルドメンバーの不備を補うなど考えたこともないのだろう。
微笑ましくも、苦々しい。
サモナーが走り出す。目指すは敵将だ。
いつもそうだ。我が主はいつも、最短ルートで敵将の首を狙いに行く。
無駄のない動き。だからこそ読まれやすい。返り討ちにされやすい。
現にサモナーの背後には、ピタリと迫るフェンサーの姿がある。
(邪魔はさせぬぞ)
忍者が射った矢が鋭く、フェンサーの左肩甲骨下を射抜いた。
声もなく倒れゆく敵に、息をついた。
「ありがとう」
不意にかけられた声。
はっとして顔を上げると、サモナーがこちらを一瞥もせずに駆け抜けていくところだった。……聞こえたのは確かに、サモナーの声。気の所為か? 否。
サモナーが背後……物影にひそむ忍者のほうに、確かに親指を立てていた。
そして、そのまま敵将に向かって走っていった。
無防備じゃない。
不注意じゃない。
注意散漫でもない。
素人じゃない。
下手なのではない。
成長していないわけじゃない。
我らがリーダーは、全てわかった上で、我らに任せる選択をなさったのだ。
ゾクリと背筋が粟立つ忍者を、アカオニが笑いながら横目で見ていた。
「殿、三下奴はお任せくだされ」
静かに、誰にも聞こえないような声で忍者は呟く。
懐から取り出したのは、サモナーに渡されたATKの小種だ。
それらを一気にを口の中に放り込む。
思い切り、バリバリと威勢よく噛み砕いて、彼は弓を構えた。
主の背を守る、そのために。