もうすぐ死んでしまう私と君のお話 2 君※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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「茗荷家の当主は
呪術師であってはならない」
茗荷家には、隔世遺伝で呪術師が産まれる。
力のある呪術師は、どの時代でも重宝され、茗荷家も呪術師の名家として繁栄して来た過去があった。
術式を持った赤子が産まれると、その子どもは呪術師となり家の繁栄の為、国に仕える事に人命を賭すのを良しとされる。
だから、私もここにいる。
自分に課せられた物を、背負う為に。
そのはずなのに。
**
少し寄り道をした帰り道。
棘は足を止めた。
同級生がうずくまっているのを見つけた。
いつも朗らかに笑う彼女が。
肩を震わせて泣いていた。
どうしよう。
でも、勿論無視は出来ないし、放ってはおけない。
少しだけ躊躇して、唯の後ろまで歩を進めた。
手を伸ばそうと右手を出すが、それよりも先に唯が振り向く。目が合って、思わずその手を隠した。
振り返る彼女の目は真っ赤で。
溢れ落ちた涙で頬は濡れていた。
「ツナマヨ?」
声を掛けて、唯の横に座った。
ハンカチ…は、持っていないので、鞄の中のタオルを差し出す。今日は実技もかなったので使っていない、真っ白なタオルだった。
唯は素直にタオルを受け取る。
辺りには誰もいない。
すっかり暗くなって、電灯も灯り始めた。
落ち着いて、話が出来る場所ーー
「ツナマヨ」
とりあえず、と。
棘は唯の袖を引っ張って、道の端を指差した。
あそこで話そう。
唯は意を汲んでくれたようで、微かに頷いた。
***
陽が落ちると、寒さも増して来た。
唯は道の端の段差に座ってタオルで涙を拭う。
棘は隣に座って、ただ静かに遠くを見ていた。
2年生の中でもトップクラスの狗巻棘。
呪術師として、日に日に差が開いていくのがわかる。
彼だけじゃない。
みんな、成長しているのに。
タオルをぎゅっと顔に当てて、また溢れる涙を棘から隠す。
どの位時間が経ったのだろう。
考えてもキリがなくて。
思考がぐるぐると回る。
唯はようやく顔を上げた。
隣の棘は、それに気付いて一瞬唯を見る。
コンビニの袋から、ココアを取り出して唯に差し出した。
「…くれるの?」
「しゃけ」
優しく笑う棘。
「ありがとう…」
お礼を言って素直に受け取る。
つまみに指を掛けて缶を空け、一口飲んだ。甘い。何だかほっとする。
冷たい缶には、ホットココアと印字されていた。
ちらりと棘を見れば、彼はやっぱり明後日の方向を見ている。
唯はぎゅっと缶を握った。
「ごめんね…」
呟けば、棘もこちらを振り返る。
「こんぶ?」
「うん。もう、大丈夫」
心配してくれている、と思う。
何だか少しくすぐったくて恥ずかしい。
「冷たくなっちゃったね。ココア。あったかいの、買って来たんだよね」
部屋で飲むつもりだったんだろうか。
それが、冷たくなるくらいの時間。
ずっと、何も言わずに。
ただ隣に居てくれたんだ。
「聞かないの?何で泣いてるか…とか」
聞かれたい訳ではないけれど。
だって、この人は落ちこぼれの私とは違うから。
「しゃけ」
同意。聞かない、と棘は呟く。
唯は缶を握った。
「優しいね。棘くん」
少しだけ、彼は驚いたように目を見開く。
でも、すぐに笑って。
「しゃけ〜」
ピースして見せてくれた。
空を見れば、星が綺麗に輝き始める。
棘がその場に立ち上がった。
今日は、真希もパンダもいない。
何となく、ひとりになりたくなくて。
立ち上がる棘の背中を、座ったまま見ていた。
察したように、棘が唯に手を伸ばす。
「こんぶ?…高菜」
手を。
伸ばそうか、少し躊躇する。
唯が迷っていると、棘が襟元に触れた。ズラした襟から口元が見えて、棘がゆっくりと口を開く。
声音のない口元を、注視すると。
“ お い で ”
右手を差し出すと、棘が満足そうにそれをぎゅっと握る。
「何処行くの?」
問い掛ける唯に、棘はただ笑った。
***
泣き止んで。
差し出したココアを受け取って、ぽつりぽつりと呟く同級生が。
何だか、とても寂しそうに見えた。
また、泣き出しそうで。
放っておけなくて。
寮には1年生がいるだけだったはず。
棘は唯を連れて、とりあえず部屋に戻った。
どうかとも思ったけど、唯も何も言わずに着いて来てくれた。
たぶん、友だちだから。
パンダと憂太は勿論、真希も唯も部屋に招いた事はあった。でも、こんなふうに女の子を1人だけ部屋に上げるのは初めてだった。
何だか内緒で女の子を連れ込んだみたいになってしまって、少し気まずい…気もするけど。
「明太子」
座布団を進めて、ローテーブルにはコンビニで買ってきたお菓子を開いた。
ありがとうと呟いて、唯はそこにちょこんと座る。ストックしてあるお菓子も取り出して唯に聞けば、
「そんなに食べれないよ」
「おかか?」
「…おかかです」
両手を振って、困ったように笑う。
お腹は減っていないらしい。
結局3袋空けてみた。
唯の顔を盗み見ると。
腫れて真っ赤になった目が痛々しい。
聞かないとカッコ付けてみたけど。
正直気にはなるし、対応にも困る。
「ツナツナ!」
「え、これ食べるの?棘くんのオススメってこと?」
「しゃけ」
「…え?みかん味のポテチ?なんか不味そう」
「おかか!明太子!」
たわいもない話を振ると、唯は笑った。
いつもの朗らかな優しい笑顔。
とりあえず今は、嫌な事を少しだけ忘れてくれればと、願う。
しばらくしてスマホにメッセージがあり、ほんの少しだけ目を離すと、唯はベッドにもたれ掛かるように眠っていた。
子どもみたいだ。
そう言えば彼女は、今日学校を休んでいた。
任務や実技で席を開ける事が多い学校だけど、任務後に唯が休む事にはなんとなく気付いていた。
それくらいには、棘も彼女を気に掛けていた。
棘は、唯をベッドに運ぶ。
無防備に眠っているけれど、男の部屋だと、彼女は気付いているんだろうか。
薄手の布団を静かに掛ける。
ーーおやすみ。
彼女の髪に触れる。
起こさないように、そっと撫でた。