もうすぐ死んでしまう私と君のお話 4 願い※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
***
なくなっていく。
溢れ落ちていく。
見えない何かを掬おうと手を伸ばしても、それは届かずに消えていく。
消えていく。
唯はベッドで目が覚めた。
言いようの無い恐怖があって、布団に疼くまり、目を硬く閉じる。
その瞼に、映るのは。
***
ぽんと投げ渡された竹刀を受け取る。
「お前の番だよ。唯」
真希に言われて立ち上がる。
「私姉妹校の交流戦には出ないよ」
「知ってる」
グラウンドに立って竹刀を構えた。
術式を使う唯は、呪具の扱いにはあまり慣れていない。とは言え、我流に近いが全く心得がない訳でもない。
「お願いします」
礼をとれば、真希は笑って薙刀のような長物を構えた。刃先はただの棒だ。
じりり、と半歩下がって様子を見る。
真希がこちらに向かってくる様子はない。
深呼吸をして意識を整え、唯は一気に間合いを詰める。勢い良く真希の間合いに入り、その胴体を左から狙う。
1、2、3
カンッと竹刀が長物の柄に当たる。
想定内。
唯は直ぐに竹刀を引いて、体制を低くして身を隠す。真希の目線から外れて、右に動いた。その足元をするりとすり抜け、真希の斜め後ろに立つと、
1、2、3、4、…5!
首を狙って得物を振る。
しかし、背に回した長物の柄で唯の竹刀を払った。それと同時に真希が上半身をひねる形で、本来刃先があるべき場所で唯を払うように狙う。
唯は勢いを付けて、身体をくねらせながらそれを片足で飛び越えて、反対側からもう一度、真希の胴体を狙い、突いた。
1、2、3!…イケる。
「………っ!」
入るか、と思ったのも束の間で。
真希は姿勢を低くして唯の竹刀を避けた。そのまま片方の足を伸ばし、唯の足を引っ掛ける。負けじとその足を寸前で避けるが。
勢いで身体ごと真正面に入り、唯を捉えて真希が笑う。長物の刃が唯の首に寸止めされた。
結局今日も真希からは1本も取れなかった。
木陰で休憩をとる。ペットボトルのお茶が一気に半分もなくなってしまった。
季節はもう7月。梅雨も明けて日差しも眩しい。
「唯さんの体術って、なんかエロいですよね」
隣の野薔薇がぽつりと呟く。
「………ぶふっ!えぇ?!」
思わずお茶を吹き出しそうになる。
げほげほと、咳き込みながら野薔薇を見た。
焦って周りを見れば、男子チームは少し離れた場所で何やら話し込んでいる。
真希がニヤリと笑う。
「言い方はアレだが、野薔薇の言い分はわからんでもない」
「真希ちゃんまで…」
もう一度ゆっくりとお茶を飲み込む。
「いや、変な意味ではなくて!似た体型で小柄なのを生かしてる狗巻先輩のスピードとは違って…。唯さんの動きは…もっとゆっくりだけどしなやかで、手が届きそうなのに届かない、と言うか…」
野薔薇は言葉を考えながら話す。
「しなやかに、踊りながら闘う」
真希が言葉にすると、野薔薇はぱっと顔を明るくする。
「そう!そんな感じ!そんな感じです!」
頷く野薔薇を見てから、真希は唯に視線を向ける。
「唯はさ、たぶんかなり身体が柔らかい。あと、わかんないけど、向かってくる時にリズムを取ってる」
「すごい。真希ちゃん当たり!」
だろ?と、真希はそのまま腕を組む。
「あまり得意じゃないって言う割に、唯さん初心者ではないですよね?」
野薔薇が唯を見た。
流石だ。よく見てる。
感心しながら、でも唯は困ったように笑う。
「…昔、本当にちょっと武術をかじってただけ。才能ないから上の級には進めなかったんだけどね。すぐ辞めちゃった」
でも、それはかなり唯の力にはなっている、と思ってはいる。当時は嫌々習っていたけれど、今は習わせてくれた親に感謝しているくらいだ。
「まぁ、唯も練習あるのみ、って感じだろうな。まずは1年と一緒に、私らから1本取る事だな」
真希の言葉に、唯は苦笑いで応える。
「よろしくお願いします、師匠」
「任せとけ〜」
真希は笑って立ち上がった。
伸びをして、身体を軽く動かす。
唯と野薔薇はまだその場に座ったままだった。
もう一度、ペットボトルのお茶を飲み、タオルで汗を拭った。
「野薔薇ちゃん…」
唯は野薔薇に向き直る。
「ごめんね。私は、交流戦出ないんだけど」
言って笑顔を作る。
野薔薇は真っ直ぐに唯を見ていた。
「応援してるね」
言われた野薔薇は、目を見開いて少し驚いた様子だった。唯の不参加は、何となく聞いていただろう。
けれど、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「唯さんの分まで頑張りますから!」
真っ直ぐで、迷いのない、曇りのない野薔薇の瞳は、いつも輝いて見える。
「来年は一緒に出ましょうね。真希さんと私と、唯さんと、3人で無双しましょ」
野薔薇は笑う。
「約束ですよ」
唯は小さく頷いた。
*
夕食後。部屋着でひとりベッドに座り込み、本を読んでいた。パラパラとページを捲るが、文字が頭に入らない。
“約束”
約束、守れるのかな。
来年の今頃、私は…何をしているんだろう。
此処に私の居場所は、あるのだろうか。
こんこんっと、寮の部屋のドアが叩かれた。
唯は読んでいた本を閉じて顔を上げる。
「唯、いるか?」
「真希ちゃん?」
ドアを開くと、ラフなTシャツにジャージの真希がいた。片手にピンクの袋を下げている。見覚えのある袋だった。
「角のケーキ屋さんだっ」
真希が呆れた顔で呟く。
「開口一番それかよ…」
言いながらも、袋を唯に手渡す。
唯はそれを受け取り、真希を部屋に招き入れた。
「邪魔するぞ」
「どうぞどうぞ」
「じゃあ俺もお邪魔します」
「ツナマヨ〜」
「………?!」
パタンとドアを閉める。
寮の部屋は案外広い。
パンダと食器を持って来た棘も入るとやはり少し狭く感じるが、動くにも問題ない広さだ。
部屋の中央辺りにあるローテーブルに皿とフォークと袋から出したケーキを置いた。箱を開けると5種類のケーキ。
「唯は2コな。疲れた時は甘い物だろ」
ニッと笑う真希に。
唯は目を丸くする。
「あんま無理すんなよ。疲れてますって顔に書いてある」
言われて、ケーキの意味を理解した。
「ちなみに、ケーキ買って来たのは棘な」
「しゃけ〜」
グッと親指を立ててポーズをする棘。
賑やかな声に、目頭が熱くなる。
「…ありがとう」
俯いて、涙を耐えた。
呼吸を整えて、顔を上げる。
「ありがとう」
笑う同級生の顔に、唯も自然と笑顔が溢れる。
こんな風に笑うのは、何だか久しぶりな気がした。