もうすぐ死んでしまう私と君のお話 8 言の葉※死ネタを含むオリジナルです。
自己責任でご覧下さい。
何でも許せる方向け。
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口の中で血の味がする。
ズキズキと喉が痛んだ。よくあるこの感覚、少し喉が切れたらしい。
ぐったりと倒れ込む彼女を抱き止めた。
唯の頬は涙で濡れている。抱き寄せた華奢な身体の、線の細さに少し驚く。その小さな身体は熱を放って熱く、肩が上下する程に息遣いは荒い。顔色は真っ青だった。
「狗巻先輩、聞いてますか?」
強めに言われて顔を上げれば、小さく息を吐く恵がいた。
「…しゃ、け…」
「聞いてませんでしたね」
問われて目を逸らす。
「…すじこ」
すぐに唯を連れて高専に戻り、彼女は大人たちによって医務室へと運ばれて行った。
高専に戻る頃には夕方を過ぎた時間だった。今はもう、辺りも暗い。
野薔薇も腕に傷があるようで、とりあえず医務室の中にいる。棘と恵は一旦職員室に寄って事情を説明し、報告を終えてから、医務室の前にあるベンチ椅子に座っていた。
「俺は、釘崎が出て来たら一旦寮に戻ります」
「しゃけ」
「先輩はどうしますか?」
小さくおかかとだけ返した。
「…このまま此処にいても、茗荷先輩に会えるとは限らないですよ」
恵は少し遠慮しながらも、淡々と現状を告げる。棘にもそれは分かっていた。
何も出来ずただ待つだけの自分が歯痒い。
ただ一瞬でも彼女の顔を見る事が出来ればと思った。
「こんぶ」
恵が再び息を吐く。
わずかに逡巡して、棘に向き直り口を開いた。
「茗荷先輩の術式、初めて見ました」
急に言われて、棘は目を瞬く。
「狗巻先輩の呪言に似てますね」
「ツナ?」
「はい。文字か音かが違うだけで、同じ『言葉』を使う。組み合わせ次第ではかなりの使い道がある術式だと思います。流石、茗荷家相伝だと納得しました」
確かに、言われてみれば似ているかもしれない。
唯は普段、あらかじめ用意されたお札を使う事が多い。そのイメージの方が強いが、お札は便利アイテムなのだと本人から聞いていた。呪霊は待ってはくれないから、使うのにタイムロスが大きいのは問題だから、と。
「茗荷先輩、OBとか3、4年生に人気なの知ってますか?」
「…た、たかな…?!」
「いえ、そう言う意味ではなくて。サポート役としてです」
目を見開いて驚く棘に、冷静な恵。
心臓が一気に跳ね上がった。
「俺はあまり任務で組んだ事はないんですけど。茗荷先輩のサポートは確かに的確です。慣れかもしれませんが、安定していて安心して背中を任せられる。指示も上手いし、指示される側になっても問題なくこなしてくれます」
恵は少し考え込むよう目を伏せた。
「それでいて、いざとなれば今回のように結界を破るくらいの事はやって退ける」
そこで言葉が途切れた。
少し言いにくそうに恵が言葉を選んでいく。その手が口元に持って行かれるのは、そう言う心情からなのだろう。
「…でも実際、自分からそれをしようとはしない…。良く言えば、相手に花を持たせるように指示するし、悪く言えば…、自分で何かを成さないようにしている…違うな。何かを…しないように、制限している…?」
違和感があるのだろう。
棘にもその違和感に思い当たる節は、ある。
「ツナ」
唯は1年生の夏頃に昇級の話があった。二級か、準一級のかなりの飛び級だった気がする。
でも、次第に体調を崩すようになって、体調からか任務も軽いサポートに回る事が増えていった。そんな中でいつの間にか昇級の話も無くなっていた。
いつの頃からか、任務の翌日は学校を休みがちになっていった。その翌日は、頑張って登校していたが、顔色が冴えない日もあって、無理をしているようにも見えて。
放って置けなくて、目で追っていた。
「ありがとうございます」
野薔薇の声が聞こえる。
続いてすぐに、医務室のドアが開いた。
「あれ?狗巻先輩と伏黒?」
何でいるのと言いたげな野薔薇。
「大丈夫なのか?」
「うん。もうバッチリ」
問われて野薔薇は腕を動かして恵に見せる。
続いて、野薔薇は棘を見た。
「唯さん、治療は終わってますよ。ぐっすり眠ってます」
野薔薇の笑顔に、棘は胸を撫で下ろした。
「家入さんに声を掛けたら、顔くらい覗けるんじゃないですか?」
棘は静かに頷いた。
「唯さん、狗巻先輩を待ってると思います」
仕切られたカーテンの中、唯は医療用のベッドに眠っていた。栄養剤の点滴が付けられている。呼吸は安定しているように見えるが、顔色は熱って赤い。
「まだ熱があるけど、たぶん大丈夫だ。呪力を使い過ぎて疲れたんだろう。今日は此処で一晩預かるから、安心しろ」
家入はそう告げた。
カーテンを閉めて視界を遮る。
医務室のドアが開いて、閉まる音が聞こえた。
唯の顔に触れれば、少し汗ばんだその頬は想像通り熱かった。眉根を顰めて、苦しそうに呻く。
「ツナマヨ、こんぶ」
置いてあるパイプ椅子に座って、唯の髪を撫でる。
何でいつも、彼女はこんなふうに頑張るんだろう。
いつも危うくて、何処か儚い。
消えてしまいそうな。壊れてしまいそうな。
出来る事なら俺が側で、守りたいのに。
「明太子」
何もできない。
ただ、声を掛けることしか出来ないけれど。
また明日来る、と。
伝わっただろうか。
*
ぼんやりと目を見開くと、そこは医務室だった。大部屋の病院みたいだといつも思う。明るい日差しが眩しい。点滴が吊るされていて、カーテンが閉じられている。
「目、覚めたか?」
気付いた家入がカーテンを開けて中に入る。
唯はまだ重い身体を起こそうとしたが、それを家入が止めた。
「ありがとうございます…」
スイッチが入らずに、まだ鈍く痛む頭で唯は昨日の事を思い出す。
「…釘崎さんと、伏黒くん、狗巻くんは…」
「みんな無事。重症なのは茗荷だけだよ」
安堵の息を吐く。微かに笑んだのに気付いたのか、家入も笑った。
時刻は昼の1時を過ぎている。ほぼ一日眠っていたと聞かされた。体温計を渡されて熱を測れば37.2度。微熱だ。家入は平熱に戻るまでここで寝てなさいと告げる。
「術式、使ったんだって?今までもちょこちょこ使ってたんじゃないか?」
言われて目を伏せる。
「別に、茗荷が決めてやった事なら誰も止めやしない。バレてもちょっと怒られるだけだろ」
予想外の言葉に唯は思わず顔を上げた。
「いいんですか…?」
「勿論、医者としてはオススメはしない」
家入は体温計を片付けて、隣のベッドにもたれ掛かるように座る。
「術師としては、呪具を貰ったってすぐに使いこなせる訳じゃない。今まで術式で祓ってきたんなら、今すぐスタイルを変えられるものじゃないのも、皆分かってる」
唯は頷いた。家入は唯に微かに頷いて返してから、窓の外を見る。
「茗荷家について調べたよ。高専の資料を漁ったら手間でもなかった。家系図とか、見たことある?」
唯は首を横に振った。家系図があると聞いた事はあったが、見せてはもらえなかった。
「25歳。茗荷の術師の中で最も長く生きた者の記録だ。昔は数えだから、分かりやすく言えば24歳」
唯は目を見開く。
長生き出来ないとは思っていたけれど、具体的な数字があると急に現実味を帯びる。背中にぞわりとする感覚があった。
24…と、家入の言葉を反復する。
「次いで15〜17歳で命を落とす者が多い。昔なら術師になりたてか、現在なら中学か高校生。この17を乗り越えられるか乗り越えられないかが、ひとつのキーなんだと思う」
17歳。所謂、高校2年生だ。
たぶん、それは医師としての最後通告。
「死んだらもう、誰も怒ってくれないんだ」
真っ直ぐに、こちらを向く家入に。
唯は目が離せなくなる。
「茗荷はなんで、呪術師になりたいの?」
答える事が出来なくて。
唯はただ俯いた。
涙すら出ないのは、何となく分かっていた事をただ言葉にしてもらっただけだから。
「ねぇ、家入さん」
立ち上がろうとした家入に声を掛ける。
「私が死んだら、ちゃんと解剖して下さいね。これからまた産まれてくる、茗荷の子たちの為に」
唯を見て少しだけ考えてから、
「28歳まで生きたら、やってあげる」
と、静かに笑った。
そうそうと、思い出したように家入が唯を振り返る。
「昨日、狗巻が来てた。遅くまでそこ座ってたよ」
唯が目を見開いて顔を真っ赤に染めると、家入はニヤリと笑って、カーテンを閉めて行った。