こんぽた「わー。寒いっ」
陽は落ちて辺りは暗い。
談話室でしばらく休憩して出会った棘に、ジュースを買いに行くと告げると、一緒に行くと着いて来てくれた。
自販機は戸外にある。
建物を一歩出ると予想以上に寒くて、ジュースが欲しかったけど、急にコンポタの気分になった。はぁーっと息を吐けば、それは白くなって消えていく。
元々外に出るつもりはなかったからパーカーしか羽織ってないけど、自販機まで距離がある訳でもない。走ればいいか、と隣を見ると、ちゃっかり棘は上着を着ている。
そこで気付いたけれど。
「最初から自販機かコンビニでも行くつもりだったの?」
「しゃけ」
笑って棘が頷き、自販機の方角を指差した。
たまたま通りかかった談話室で唯を見つけた、と言う事だろう。
「じゃあ、自販機まで競争」
寒い。早く行こう。
棘がこちらを見て一瞬何か言いかけた気がしたが、唯は気にせず走り出す。
「よーい、どんっ」
言うのが早いか、走り出すのが早いか。
距離はさほどないから、このくらいズルすれば棘に勝てそうだ。
唯は思い切りスタートダッシュを決める。
「おかか?!」
少し戸惑ったような声が後ろから聞こえた。
でも、すぐに棘の動く気配があって。
「明太子っ」
気合いが入って、走り出す。
それは一瞬。気がつけば、棘はすぐに唯の背中を捕らえていた。そして、そのまま追い抜く。
簡単に追い抜いて。
どんどんと距離を離されて行く。
はぁはぁと息を切らす唯に、割と平気そうな棘。
「ズルい…」
「すじこ〜」
我ながら訳の分からない言葉を投げるが、棘は笑ってピースを見せつけて来た。
「早いなぁ。やっぱ叶わないや」
唯は小さく独言て、自販機に向き直る。
一瞬走ってみたけれど、やっぱり吐く息は白くて寒い。
…やっぱりジュースは辞めよう。部屋にはまだお茶もあったはず。
財布を出してお金を入れた。
温かいコーンポタージュを押す。
横に居た棘は何かペットボトルを買って取り出していた。
唯は座って自販機から缶を取り出し、冷えた指先を温めるように握りしめる。
「やっぱり寒いね。早くもどろう」
と、立ち上がると。
ふわりと、何かが唯の肩にかかる。
温かいぬくもりと。
何度も感じた事のある、棘の匂いと。
あ、棘の上着だ。
「こんぶ?」
覗き込むように後ろから棘が首を傾げる。
「いいよ。私は大丈夫だから」
唯が上着に手をかけると、その手を棘がぎゅっと握る。
「おかか」
「棘が寒いよ」
棘は長袖のラフなTシャツを着ていたけれど、薄手のパーカーを羽織る唯よりはるかに寒そうに見える。
棘は首を振った。
「ツナマヨ」
缶を持たない方の冷たい唯の手をそのまま握り、行くよと引っ張る。
包み込むように繋がれた棘の手は、やっぱり今日も温かい。
End***